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(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
■SE〜拍手と歓声
「やったぁ!」「おめでとうございます!」
スーパーカミオカンデよりもさらに巨大な”ハイパーカミオカンデ”。
2026年に新たに建設されたニュートリノ検出器の中で
私たちは、世紀の大発見をした。
”反ニュートリノ”
今まで物理の理論上は存在が認められながら、誰もとらえられなかった素粒子。
ビッグバン解明の鍵を握る『反物質』である。
このニュースは世界中を駆け巡り、NASAからも共同研究のオファーがきた。
このとき、私はまだ高校生のアルバイト助手だったけど、
反物質の存在に気づいたのは一緒に助手をしていた同級生の彼。
私たちはNASAの研究室へ招かれ、2人で海を渡った。
それから10年。
■SE〜NASAの管制室/ガヤ
人類の進歩は、たった10年で恒星間航行を可能にした。
物質と反物質の衝突エネルギーを利用した反物質エンジンの実用化である。
それはもちろん、
ハイパーカミオカンデの功績によるものが大きい。
これにより宇宙開発のスピードはますます加速、
国家の枠を超えたビッグプロジェクトが立ち上げられた。
その名は、
アルファ計画。
太陽系を飛び出し、50年かけて、
4光年離れたケンタウルス座の恒星=アルファを目指す。
そのクルーに推薦されたのは、私の夫となっている『彼』だった。
探査機『KAMIOKA』に乗り込むクルーは、コールドスリープしながら、星を超えていく。
彼はNASAでカウンセリングを受けながら、私と毎日話し合った。
結局彼の背中を推したのは、この私だ。
『行ってもいいよ』
『でも、君と子どもたちが・・・』
『だって、好星間航行はあなたの夢だったじゃない』
『ああ・・・50年か』
『私は76歳のおばあちゃんね』
『僕は26歳のまま・・・』
『まさにウラシマ効果ね』
全然笑えないのに、口元がゆるむ。
■SE〜NASAの管制室/カウントダウン
そして彼は銀河の彼方へ旅立っていった。
私は、彼の思い出を抱きしめて、子どもたちと残りの人生を過ごす。
楽しみは、ビデオアルバムや、定期的に届く探査機『KAMIOKA』の航行日誌。
幸いにしてNASAから私たち家族に届く給付金は充分だった。
息子2人を有名な大学へ通わせても、私は悠々自適な暮らしを送る。
やがて、息子たちは結婚して家を出ていき、家には私一人になった。
彼が出発してから50年がすぎていた。
22世紀という言葉が世の中で出回り始めた頃。
恒星間航行はもはや当たり前となり、各国が競って探査機を打ち上げていた。
国単位だけでなく、民間の恒星間ロケットもそこに加わる。
もうニュースでも、KAMIOKAのことなどほとんど報道されなくなっていた。
そんなある日、NASAからとんでもない知らせが私の元に届いた。
”KAMIOKAがアルファに到達する直前、未知の天体の引力圏にとらえられた模様。
重力レンズ効果で発見できなかったが、
(たぶん)ブラックホールと思われる”
そんな!
なんのために、彼は探査機に乗り込んだの!?
なんのために、私は彼のいない生活に耐えてきたの!?
私は泣きながら彼のビデオアルバムを再生する。
50年前の幸せな時間。
ほとんどの映像はすりきれるくらい見ているが、見慣れないコンテンツを発見した。
出発前の彼がインタビューに答えている。
『ブラックホール?
一番近いガイアBH1でさえ1600光年先ですからね。アルファ周辺は心配ないでしょう』
『万が一、とらえられたら?そりゃもう、ジ・エンドでしょ』
『あ、そうそうブラックホールには究極のウラシマ効果があるって知ってますか』
『相対性理論でも言われてるでしょ。
巨大な重力を持つブラックホール周辺では、時間が極めてゆっくり流れていく』
『ブラックホールにのみこまれていく物体を遠くから観察すると、
表面に近づくにつれて動きがゆっくりになり、永遠にたどり着かないように見える』
『近づきながら、1分が1年になり、やがて1秒が10年の速度になっていくんだ』
『気が遠くなるような時間をかけて、
僕たちが見つけたニュートリノや反ニュートリノのような素粒子に分解されていく』
なんということ。
不吉な言葉が現実となってしまったのね。
呆然とする私。
そのとき、彼のインタビューを映したタブレットに通知が入る。
病院からの入院勧告だ。
実は私の体の中にもまるで暗黒物質のような悪性の疾病が見つかっている。
私にも、もう時間は残されていないのだ・・・
ああ、もう一度、彼に会いたい。
彼の声を聴きたい。
モニター越しでもいいから、彼の顔が見たい。
気持ちは日に日に高まり、ついに私は決心をした。
ハイパーカミオカンデ時代の古い友人に連絡をとる。
友人は、民間ロケット航行会社を立ち上げた辣腕の実業家。
すでに、NASAの情報を入手していた。
私は自分の思いを正直に伝える。
『彼に会いにいきたい。
ブラックホールの位置はNASAから聞いている。
力を貸してほしい』
友人はすべてを理解していた。
反物質発見の功労者に逆らえるわけないだろ、と笑って
私を一人、自動航行の恒星間ロケットに乗せてくれることになった。
『急いで。
命の灯火が消える前に・・・』
■SE〜ロケットの発射音
出発まで、本当に早かった。
ロケットが点火される前に、私はコールドスリープに入る。
10年。
20年。
そして50年。
彼が出発してからは合計100年だ。
予定通り、私のロケットはブラックホールを目指す。
重力圏=事象の地平線を超えて、ブラックホールにとらえられたとき、
私はコールドスリープから目覚め、計機を確認した。
電波が届く距離まで行くと、彼の乗るKAMIOKAに私の声が送信される。
緊急事態継続中の彼もコールドスリープから目覚めているはずだ。
『あなた・・・、聞こえる?』
『え?』
『私よ』
『まさか・・・』
『やっと会えた』
『きみか?』
『遅くなってごめんね』
『どうして・・・』
『だって、どうしてもあなたに会いたくなっちゃったんだもの』
『そんな・・・』
『これからはもう、ずっと一緒よ』
『・・・ああ』
『素粒子になるまで』
『ありがとう』
(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
■SE〜拍手と歓声
「やったぁ!」「おめでとうございます!」
スーパーカミオカンデよりもさらに巨大な”ハイパーカミオカンデ”。
2026年に新たに建設されたニュートリノ検出器の中で
私たちは、世紀の大発見をした。
”反ニュートリノ”
今まで物理の理論上は存在が認められながら、誰もとらえられなかった素粒子。
ビッグバン解明の鍵を握る『反物質』である。
このニュースは世界中を駆け巡り、NASAからも共同研究のオファーがきた。
このとき、私はまだ高校生のアルバイト助手だったけど、
反物質の存在に気づいたのは一緒に助手をしていた同級生の彼。
私たちはNASAの研究室へ招かれ、2人で海を渡った。
それから10年。
■SE〜NASAの管制室/ガヤ
人類の進歩は、たった10年で恒星間航行を可能にした。
物質と反物質の衝突エネルギーを利用した反物質エンジンの実用化である。
それはもちろん、
ハイパーカミオカンデの功績によるものが大きい。
これにより宇宙開発のスピードはますます加速、
国家の枠を超えたビッグプロジェクトが立ち上げられた。
その名は、
アルファ計画。
太陽系を飛び出し、50年かけて、
4光年離れたケンタウルス座の恒星=アルファを目指す。
そのクルーに推薦されたのは、私の夫となっている『彼』だった。
探査機『KAMIOKA』に乗り込むクルーは、コールドスリープしながら、星を超えていく。
彼はNASAでカウンセリングを受けながら、私と毎日話し合った。
結局彼の背中を推したのは、この私だ。
『行ってもいいよ』
『でも、君と子どもたちが・・・』
『だって、好星間航行はあなたの夢だったじゃない』
『ああ・・・50年か』
『私は76歳のおばあちゃんね』
『僕は26歳のまま・・・』
『まさにウラシマ効果ね』
全然笑えないのに、口元がゆるむ。
■SE〜NASAの管制室/カウントダウン
そして彼は銀河の彼方へ旅立っていった。
私は、彼の思い出を抱きしめて、子どもたちと残りの人生を過ごす。
楽しみは、ビデオアルバムや、定期的に届く探査機『KAMIOKA』の航行日誌。
幸いにしてNASAから私たち家族に届く給付金は充分だった。
息子2人を有名な大学へ通わせても、私は悠々自適な暮らしを送る。
やがて、息子たちは結婚して家を出ていき、家には私一人になった。
彼が出発してから50年がすぎていた。
22世紀という言葉が世の中で出回り始めた頃。
恒星間航行はもはや当たり前となり、各国が競って探査機を打ち上げていた。
国単位だけでなく、民間の恒星間ロケットもそこに加わる。
もうニュースでも、KAMIOKAのことなどほとんど報道されなくなっていた。
そんなある日、NASAからとんでもない知らせが私の元に届いた。
”KAMIOKAがアルファに到達する直前、未知の天体の引力圏にとらえられた模様。
重力レンズ効果で発見できなかったが、
(たぶん)ブラックホールと思われる”
そんな!
なんのために、彼は探査機に乗り込んだの!?
なんのために、私は彼のいない生活に耐えてきたの!?
私は泣きながら彼のビデオアルバムを再生する。
50年前の幸せな時間。
ほとんどの映像はすりきれるくらい見ているが、見慣れないコンテンツを発見した。
出発前の彼がインタビューに答えている。
『ブラックホール?
一番近いガイアBH1でさえ1600光年先ですからね。アルファ周辺は心配ないでしょう』
『万が一、とらえられたら?そりゃもう、ジ・エンドでしょ』
『あ、そうそうブラックホールには究極のウラシマ効果があるって知ってますか』
『相対性理論でも言われてるでしょ。
巨大な重力を持つブラックホール周辺では、時間が極めてゆっくり流れていく』
『ブラックホールにのみこまれていく物体を遠くから観察すると、
表面に近づくにつれて動きがゆっくりになり、永遠にたどり着かないように見える』
『近づきながら、1分が1年になり、やがて1秒が10年の速度になっていくんだ』
『気が遠くなるような時間をかけて、
僕たちが見つけたニュートリノや反ニュートリノのような素粒子に分解されていく』
なんということ。
不吉な言葉が現実となってしまったのね。
呆然とする私。
そのとき、彼のインタビューを映したタブレットに通知が入る。
病院からの入院勧告だ。
実は私の体の中にもまるで暗黒物質のような悪性の疾病が見つかっている。
私にも、もう時間は残されていないのだ・・・
ああ、もう一度、彼に会いたい。
彼の声を聴きたい。
モニター越しでもいいから、彼の顔が見たい。
気持ちは日に日に高まり、ついに私は決心をした。
ハイパーカミオカンデ時代の古い友人に連絡をとる。
友人は、民間ロケット航行会社を立ち上げた辣腕の実業家。
すでに、NASAの情報を入手していた。
私は自分の思いを正直に伝える。
『彼に会いにいきたい。
ブラックホールの位置はNASAから聞いている。
力を貸してほしい』
友人はすべてを理解していた。
反物質発見の功労者に逆らえるわけないだろ、と笑って
私を一人、自動航行の恒星間ロケットに乗せてくれることになった。
『急いで。
命の灯火が消える前に・・・』
■SE〜ロケットの発射音
出発まで、本当に早かった。
ロケットが点火される前に、私はコールドスリープに入る。
10年。
20年。
そして50年。
彼が出発してからは合計100年だ。
予定通り、私のロケットはブラックホールを目指す。
重力圏=事象の地平線を超えて、ブラックホールにとらえられたとき、
私はコールドスリープから目覚め、計機を確認した。
電波が届く距離まで行くと、彼の乗るKAMIOKAに私の声が送信される。
緊急事態継続中の彼もコールドスリープから目覚めているはずだ。
『あなた・・・、聞こえる?』
『え?』
『私よ』
『まさか・・・』
『やっと会えた』
『きみか?』
『遅くなってごめんね』
『どうして・・・』
『だって、どうしてもあなたに会いたくなっちゃったんだもの』
『そんな・・・』
『これからはもう、ずっと一緒よ』
『・・・ああ』
『素粒子になるまで』
『ありがとう』