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祖父とともに早朝の高山駅バスターミナルに降り立った女性。祖父が行きたかったのは古い町並にある、老舗の造り酒屋だった・・・(CV:桑木栄美里)
<ストーリー>
夏立ちぬ。
暦ではそう言われても、高山では遅い春と言った方が近い。
夜明け前のターミナル。
大好きな人がバスのステップを降りてくる。
「おじいちゃん、外はこんなに真っ暗だよ・・・」
祖父は、いつもの優しい笑顔でにっこり微笑み、
少し街を歩きたい、と言った。
沖縄生まれの私が東京で1人暮らしを始めたのは、大学へ入学したとき。
卒業してからも沖縄には帰らず、そのままプログラマーとして働いている。
祖父の顔を見るのは、6年ぶりだ。
大切なともだちが沖縄のイベントを企画してくれたおかげで
私はいまこうして夢のような時間を過ごしている。
住んでいる街を案内したいと言う私に、祖父は
行きたいところがあるから一緒に言ってくれないか、と言った。
もちろん私はうなづく。
私だって、おじいちゃんが行きたいところへ行きたいから。
その日のうちに、私たちは夜行バスに乗った。
新宿発22時55分。
高山のバスセンターへ到着したのは、まだ夜も明けきらない午前4時50分だった。
SE〜バスターミナルの音(バスのエンジン音)
祖父と一緒に、静まり返った高山の街を歩く。
静寂の中、靴音が響き渡る。
SE〜古い街並み(静かな靴音のみ)
「ほら、橋があるよ」
私が指さす方向には赤い欄干が暁に浮かび上がっている。
「わあ、きれい・・・」
橋の上からのぞいた川の中には、
宝石を散りばめたように、色とりどりの錦鯉が泳いでいた。
祖父も目を細めて眺めている。
時間はゆっくりと流れていた・・・
暁、東雲(しののめ)、あけぼの、朝ぼらけ・・・
いつしか、空が朝の顔になった。
川沿いの路地にぽつんぽつんと人が増えていく。
宮川(みやがわ)の朝市・・・?(※看板を読む)
白いテントを広げて漬物や手工芸品の市(いち)が立っていく。
色とりどりの花が開いていくような風景。
それをしばらく眺めてから、私たちは駅と反対方向へ歩いた。
古い街並み?(※看板を読む)
なんて素敵な名前なんだろう。
そう思って小路(こみち)へ入ると、京都の祇園のような風情の街並み。
祖父は、まるで知った道のように躊躇なく歩いていく。
「おじいちゃん、ここ、きたことあるの?」
祖父は笑顔でうなづく。
手をひいていた私が、いつしか祖父にひかれている。
SE〜引き戸を開ける音
焼き板の引き戸を開けて入ったのは、老舗の酒蔵。
こんな朝早くから開(あ)いているんだ・・・。
祖父は酒蔵の女将さんと懐かしそうに会話を始める。
ちょっと待ってね、
と言って女将さんが蔵の奥から持ってきてくれたのは、古い写真立て。
祖父の顔が優しく綻ぶ。
振り返りながら、写真立てを私に渡す。
セピア色に変色した写真には、4人の男女。
蔵人の衣装を着た夫婦?と若い男女。
え?
この男女って・・・おじいちゃんと!?・・・おばあちゃん!
そう、精悍な顔つきの若い祖父と、その横に、
私が大学へ入る前に亡くなった若い祖母が並んでいる。
どうして?
写真を見ながら目を閉じる祖父の代わりに、女将さんが話してくれた。
なに?おじいちゃんとおばあちゃんって、ここで出会ったの!?
51年前沖縄が返還されてから、パスポートなしで行き来できるようになり
修学や就職で東京や大阪へ行く人も増えていった頃。
祖父は東京の大学へ入学し、祖母は大阪のデパートへ就職。
2人は休日に訪れた高山の古い街並みで出会い、意気投合して
この酒蔵で一緒にお酒を飲んだということらしい。
ひょっとして、いつもおじいちゃん、泡盛以外に飲んでいたお酒って
ここのお酒だったの?
ああ、そうか。思い出した・・・。
おばあちゃんと一緒のときって、おじいちゃん必ずこの吟醸酒飲んでたよね。
2人で飲んで、2人で笑って、2人でカチャーシー踊って・・・
え?女将さんたち、おじいちゃんの結婚式にも来てくれたの!?
沖縄まで!
ご主人のお葬式には、おじいちゃんおばあちゃんが参列したんだ。
じゃあ、おばあちゃんのときも・・・
50年近くも前の記憶。
ぽつりぽつりと祖父も語り出す。
たまたま同じ場所で出会った2人が、同じ沖縄の人だったなんて・・・。
だからおじいちゃん、高山に来たのね。
ちょっと待って・・・
今日って・・・はっ!おばあちゃんの、命日!
だからなの?おじいちゃんのカリユシ・・・写真と同じじゃない。やだ、最初に言ってよ・・・
私だっておばあちゃんと話したかったんだから・・・
愛おしそうに祖母の写真を見つめながら、祖父の口元が綻ぶ。
話は尽きず、私たちは夕方まで酒蔵で語り合った。小さな試飲カップに祖父お気に入りの吟醸酒を注ぎながら・・・
祖父とともに早朝の高山駅バスターミナルに降り立った女性。祖父が行きたかったのは古い町並にある、老舗の造り酒屋だった・・・(CV:桑木栄美里)
<ストーリー>
夏立ちぬ。
暦ではそう言われても、高山では遅い春と言った方が近い。
夜明け前のターミナル。
大好きな人がバスのステップを降りてくる。
「おじいちゃん、外はこんなに真っ暗だよ・・・」
祖父は、いつもの優しい笑顔でにっこり微笑み、
少し街を歩きたい、と言った。
沖縄生まれの私が東京で1人暮らしを始めたのは、大学へ入学したとき。
卒業してからも沖縄には帰らず、そのままプログラマーとして働いている。
祖父の顔を見るのは、6年ぶりだ。
大切なともだちが沖縄のイベントを企画してくれたおかげで
私はいまこうして夢のような時間を過ごしている。
住んでいる街を案内したいと言う私に、祖父は
行きたいところがあるから一緒に言ってくれないか、と言った。
もちろん私はうなづく。
私だって、おじいちゃんが行きたいところへ行きたいから。
その日のうちに、私たちは夜行バスに乗った。
新宿発22時55分。
高山のバスセンターへ到着したのは、まだ夜も明けきらない午前4時50分だった。
SE〜バスターミナルの音(バスのエンジン音)
祖父と一緒に、静まり返った高山の街を歩く。
静寂の中、靴音が響き渡る。
SE〜古い街並み(静かな靴音のみ)
「ほら、橋があるよ」
私が指さす方向には赤い欄干が暁に浮かび上がっている。
「わあ、きれい・・・」
橋の上からのぞいた川の中には、
宝石を散りばめたように、色とりどりの錦鯉が泳いでいた。
祖父も目を細めて眺めている。
時間はゆっくりと流れていた・・・
暁、東雲(しののめ)、あけぼの、朝ぼらけ・・・
いつしか、空が朝の顔になった。
川沿いの路地にぽつんぽつんと人が増えていく。
宮川(みやがわ)の朝市・・・?(※看板を読む)
白いテントを広げて漬物や手工芸品の市(いち)が立っていく。
色とりどりの花が開いていくような風景。
それをしばらく眺めてから、私たちは駅と反対方向へ歩いた。
古い街並み?(※看板を読む)
なんて素敵な名前なんだろう。
そう思って小路(こみち)へ入ると、京都の祇園のような風情の街並み。
祖父は、まるで知った道のように躊躇なく歩いていく。
「おじいちゃん、ここ、きたことあるの?」
祖父は笑顔でうなづく。
手をひいていた私が、いつしか祖父にひかれている。
SE〜引き戸を開ける音
焼き板の引き戸を開けて入ったのは、老舗の酒蔵。
こんな朝早くから開(あ)いているんだ・・・。
祖父は酒蔵の女将さんと懐かしそうに会話を始める。
ちょっと待ってね、
と言って女将さんが蔵の奥から持ってきてくれたのは、古い写真立て。
祖父の顔が優しく綻ぶ。
振り返りながら、写真立てを私に渡す。
セピア色に変色した写真には、4人の男女。
蔵人の衣装を着た夫婦?と若い男女。
え?
この男女って・・・おじいちゃんと!?・・・おばあちゃん!
そう、精悍な顔つきの若い祖父と、その横に、
私が大学へ入る前に亡くなった若い祖母が並んでいる。
どうして?
写真を見ながら目を閉じる祖父の代わりに、女将さんが話してくれた。
なに?おじいちゃんとおばあちゃんって、ここで出会ったの!?
51年前沖縄が返還されてから、パスポートなしで行き来できるようになり
修学や就職で東京や大阪へ行く人も増えていった頃。
祖父は東京の大学へ入学し、祖母は大阪のデパートへ就職。
2人は休日に訪れた高山の古い街並みで出会い、意気投合して
この酒蔵で一緒にお酒を飲んだということらしい。
ひょっとして、いつもおじいちゃん、泡盛以外に飲んでいたお酒って
ここのお酒だったの?
ああ、そうか。思い出した・・・。
おばあちゃんと一緒のときって、おじいちゃん必ずこの吟醸酒飲んでたよね。
2人で飲んで、2人で笑って、2人でカチャーシー踊って・・・
え?女将さんたち、おじいちゃんの結婚式にも来てくれたの!?
沖縄まで!
ご主人のお葬式には、おじいちゃんおばあちゃんが参列したんだ。
じゃあ、おばあちゃんのときも・・・
50年近くも前の記憶。
ぽつりぽつりと祖父も語り出す。
たまたま同じ場所で出会った2人が、同じ沖縄の人だったなんて・・・。
だからおじいちゃん、高山に来たのね。
ちょっと待って・・・
今日って・・・はっ!おばあちゃんの、命日!
だからなの?おじいちゃんのカリユシ・・・写真と同じじゃない。やだ、最初に言ってよ・・・
私だっておばあちゃんと話したかったんだから・・・
愛おしそうに祖母の写真を見つめながら、祖父の口元が綻ぶ。
話は尽きず、私たちは夕方まで酒蔵で語り合った。小さな試飲カップに祖父お気に入りの吟醸酒を注ぎながら・・・