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『言霊』は、飛騨高山で生まれ育った少女・エミリが、幼い頃に発したたった一つの言葉——「わたし、東京の女子大にいく」——が、彼女の人生を大きく動かしていくお話です。
「言霊(ことだま)」という言葉には、不思議な力が宿っています。強く願い、言葉にすることで、未来が変わることがある。時にその力は、本人も気づかないうちに道を示し、導いてくれるのかもしれません。
物語の舞台は、飛騨高山。そして東京。厳しくも温かい家族の愛に支えられながら、少女が夢を叶えるまでの10年間。そして、人生の節目で迎えた家族との最後のひととき。
夢を追う人にとっての励みになれば、大切な人との時間を振り返るきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
この物語は、Podcast番組『Hit’s Me Up!』 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種プラットフォームでもお楽しみいただけます(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1:エミリ8歳の冬>
■SE/吹雪の音
「わたし、東京の女子大にいく」
10年前。
8歳の私が、真剣な顔で父と母に宣言した。
外は吹雪。
暖炉の前で父の顔がほころぶ。
「それを言霊にしなさい」
「コトダマ?」
「良い言葉を口にすると現実となる」
「ふうん」
「もう一回言ってみてごらん」
「エミリは、東京の大学へ行く!」
父が満面の笑みで大きくうなづく。
こうして8歳から、私の長い長い受験生活が始まった。
学校とダンスと受験勉強。
ダンス、というのは私が1年前からはじめたクラシックバレエのこと。
学校の授業が終わると、そのままダンススタジオへ入り、暗くなるまでレッスン。
家に帰ってからは夕食後、夜遅くまで受験勉強を頑張った。
だって、私が入りたい東京の女子大は超難関の有名大学。
高校3年間の受験勉強くらいで入れるとは思えない。
そもそも、どうしてその女子大へ行こうと思ったのか。
それは、昨日のダンススタジオ。
クラシックバレエを習い始めて1年が経とうとしていたとき。
私は、右回転でピルエットをすると、どうしても軸足がぶれてしまう。
何度やってもパッセが崩れ、着地してしまう私に、
インストラクターがささやいた。
「見ててごらん」
そう言うなり、その場で左へ5回転、軸足を変えて右に5回転した。
しかも彼女は目をつむって。
軸足はまったくずれていない。
華麗でしなやかでクールなテクニック。
厳しい指導で有名なインストラクターは、
右手をあげたポーズのまま、ゆっくり目をあけて私にウインクした。
「この人みたいになりたい」
私は幼い心に、固く誓った。
先生のことをもっと知りたい。
先生のこと、いっぱい教えて。
そして、先生が東京のあの有名な女子大出身と知った。
私の人生はこの瞬間から動き出したんだ。
<シーン2:エミリ18歳の冬>
■SE/吹雪の音
学校、ダンス、受験勉強。
例えるなら、血の滲むような10年間のルーティン。
この間、受験勉強だけは1日も休んだことはない。
そして10年後の春。
私は母と2人、受験の結果を家のリビングで待っていた。
受験したのは、超難関大学。あの女子大一択。
10年前、父に言われた言霊を信じて。
不合格、なんていう未来は私の中にはなかった。
目の前にはノートパソコン。
合否の発表は、インターネットの受験生専用サイトで、決まった時間に発表・配信される。
私はいても立ってもいられず、学校を休んで朝からパソコンとにらめっこ。
父は仕事で出かけている。
母と2人、パソコンの前に正座して、運命のときを待っていた。
こんなとき、時間の流れはすごく早い。
気がつけば、あっという間に発表1分前。
ドキドキして心臓が止まりそうになる。
ストレスで喉がカラカラになった。
10秒前。
母と一緒に発表時間をカウントダウンする。
3、2、1、ログイン!
受験者専用の特設サイト。画面いっぱいに番号が並んだ。
13765、13984、13990・・・
焦らず、焦らず。
画面をゆっくりとスクロールする。
14001、14012、そして・・・14015!
私の受験番号、14015番が下からゆっくりと現れた!
「ママ!」
そう言ったきり、しばらく言葉が出てこない。
母も私も、無言で顔を見合わせ、瞳を潤ませる。
そのとき、私のスマホが鳴った。
着信の表示は、見慣れた父の携帯番号だった。
「おめでとう」
「パパ!ありがとう!早く帰ってきて!」
「もう帰ってるよ」
「え?」
■SE/ドアチャイム「ピンポン!」
ドアをあけると、
玄関の外に、大きな花束を抱えた父が立っていた。
父は今朝からずうっと飛騨天満宮で天神様にお参りしていたという。
牛の石像を撫で過ぎて、手のひらが真っ赤になっていた。
もう〜。笑わせないでよ。そう言って私も父も母も涙ぐむ。
家族3人、嬉し泣きの午後だった。
<シーン3:エミリ22歳の春>
■SE/古い町並の雑踏
あれから4年。
大学を無事卒業した私は、父と、母と、3人で古い町並を歩いている。
就職も決まり、研修も終えて、最後の家族団欒だ。
私がそのまま東京で働くなんて、父も母もきっと寂しい思いだろう。
そんなこと、おくびにも出さずに、笑顔で肩を並べて歩く。
「やっぱり、高山っていいなあ」
「陣屋。宮川。古い町並。
今度いつになるかわかんないから目に焼き付けておかなくちゃ」
あ、しまった。
私ったら無神経な言葉を・・・
ほんの少し寂しそうな表情をする両親に向き直って、
「やだなあ。いまのは言霊じゃないから。本当の言霊はこっち」
「いつでも、好きなときに、高山へ帰ってくる!」
瞳をちょっぴり潤ませて、口元をほころばせる父と母。
「ママ、五平餅食べたい」
「パパ、お守りにちっちゃいさるぼぼ欲しい」
子どもの頃に戻って、わがまま言い放題。
だけど、2人とも喜んで応えてくれる。
高山の春は遅い。
3月になっても町はまだ冬の装い。
風情あふれる町並には粉雪が舞っている。
左手にさるぼぼのキーホルダーを持ち、右手で五平餅を頬張る私。
私たちは、観光マップからははずれたエリアにある自宅まで歩いて向かった。
なごり雪が夕暮れの町をモノトーンに変えていく。
玄関脇から庭へまわると真っ白な世界が広がっていた。
「わあ、こんなに降ったんだね」
庭の片隅、日陰になった部分に雪が大きく盛り上がっている。
「あれって・・・」
父は優しく微笑む。
「かまくら?」
「小さい頃、よく作っただろう」
「なかに入っていい?」
「もちろん」
私は、コートのフードを降ろして身を屈める。
「あったかい」
ゆっくりと中へ入ると、小さな灯りが4つ。
「あ・・・」
かまくらの中には、ホールケーキにキャンドルが灯されていた。
大きなキャンドルが2つ。小さなキャンドルは2つ。
ケーキは私が大好きなチョコレートケーキ。
芳ばしい香りがただよってきた。
「パパ!ママ!」
「誕生日おめでとう」
本当に忘れていた。
今日は私の誕生日。
「心配するな。
ホワイトデーのお祝いはちゃんとキッチンに用意してあるから」
心配なんてしてない。
この顔は、喜びがうまく表現できなくて、眉間に皺が寄っちゃってるだけ。
私の誕生日は、3月14日。
パパはいつもプレゼントを2つ準備してくれた。
私、いまここで、言霊に誓うわ。
パパ、いつまでも元気でいて。一生愛してる。
ママ、ずうっとそばにいて。大好き。
玄関脇から続く3人の足跡を、粉雪が白く染めていった。
『言霊』は、飛騨高山で生まれ育った少女・エミリが、幼い頃に発したたった一つの言葉——「わたし、東京の女子大にいく」——が、彼女の人生を大きく動かしていくお話です。
「言霊(ことだま)」という言葉には、不思議な力が宿っています。強く願い、言葉にすることで、未来が変わることがある。時にその力は、本人も気づかないうちに道を示し、導いてくれるのかもしれません。
物語の舞台は、飛騨高山。そして東京。厳しくも温かい家族の愛に支えられながら、少女が夢を叶えるまでの10年間。そして、人生の節目で迎えた家族との最後のひととき。
夢を追う人にとっての励みになれば、大切な人との時間を振り返るきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
この物語は、Podcast番組『Hit’s Me Up!』 の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種プラットフォームでもお楽しみいただけます(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1:エミリ8歳の冬>
■SE/吹雪の音
「わたし、東京の女子大にいく」
10年前。
8歳の私が、真剣な顔で父と母に宣言した。
外は吹雪。
暖炉の前で父の顔がほころぶ。
「それを言霊にしなさい」
「コトダマ?」
「良い言葉を口にすると現実となる」
「ふうん」
「もう一回言ってみてごらん」
「エミリは、東京の大学へ行く!」
父が満面の笑みで大きくうなづく。
こうして8歳から、私の長い長い受験生活が始まった。
学校とダンスと受験勉強。
ダンス、というのは私が1年前からはじめたクラシックバレエのこと。
学校の授業が終わると、そのままダンススタジオへ入り、暗くなるまでレッスン。
家に帰ってからは夕食後、夜遅くまで受験勉強を頑張った。
だって、私が入りたい東京の女子大は超難関の有名大学。
高校3年間の受験勉強くらいで入れるとは思えない。
そもそも、どうしてその女子大へ行こうと思ったのか。
それは、昨日のダンススタジオ。
クラシックバレエを習い始めて1年が経とうとしていたとき。
私は、右回転でピルエットをすると、どうしても軸足がぶれてしまう。
何度やってもパッセが崩れ、着地してしまう私に、
インストラクターがささやいた。
「見ててごらん」
そう言うなり、その場で左へ5回転、軸足を変えて右に5回転した。
しかも彼女は目をつむって。
軸足はまったくずれていない。
華麗でしなやかでクールなテクニック。
厳しい指導で有名なインストラクターは、
右手をあげたポーズのまま、ゆっくり目をあけて私にウインクした。
「この人みたいになりたい」
私は幼い心に、固く誓った。
先生のことをもっと知りたい。
先生のこと、いっぱい教えて。
そして、先生が東京のあの有名な女子大出身と知った。
私の人生はこの瞬間から動き出したんだ。
<シーン2:エミリ18歳の冬>
■SE/吹雪の音
学校、ダンス、受験勉強。
例えるなら、血の滲むような10年間のルーティン。
この間、受験勉強だけは1日も休んだことはない。
そして10年後の春。
私は母と2人、受験の結果を家のリビングで待っていた。
受験したのは、超難関大学。あの女子大一択。
10年前、父に言われた言霊を信じて。
不合格、なんていう未来は私の中にはなかった。
目の前にはノートパソコン。
合否の発表は、インターネットの受験生専用サイトで、決まった時間に発表・配信される。
私はいても立ってもいられず、学校を休んで朝からパソコンとにらめっこ。
父は仕事で出かけている。
母と2人、パソコンの前に正座して、運命のときを待っていた。
こんなとき、時間の流れはすごく早い。
気がつけば、あっという間に発表1分前。
ドキドキして心臓が止まりそうになる。
ストレスで喉がカラカラになった。
10秒前。
母と一緒に発表時間をカウントダウンする。
3、2、1、ログイン!
受験者専用の特設サイト。画面いっぱいに番号が並んだ。
13765、13984、13990・・・
焦らず、焦らず。
画面をゆっくりとスクロールする。
14001、14012、そして・・・14015!
私の受験番号、14015番が下からゆっくりと現れた!
「ママ!」
そう言ったきり、しばらく言葉が出てこない。
母も私も、無言で顔を見合わせ、瞳を潤ませる。
そのとき、私のスマホが鳴った。
着信の表示は、見慣れた父の携帯番号だった。
「おめでとう」
「パパ!ありがとう!早く帰ってきて!」
「もう帰ってるよ」
「え?」
■SE/ドアチャイム「ピンポン!」
ドアをあけると、
玄関の外に、大きな花束を抱えた父が立っていた。
父は今朝からずうっと飛騨天満宮で天神様にお参りしていたという。
牛の石像を撫で過ぎて、手のひらが真っ赤になっていた。
もう〜。笑わせないでよ。そう言って私も父も母も涙ぐむ。
家族3人、嬉し泣きの午後だった。
<シーン3:エミリ22歳の春>
■SE/古い町並の雑踏
あれから4年。
大学を無事卒業した私は、父と、母と、3人で古い町並を歩いている。
就職も決まり、研修も終えて、最後の家族団欒だ。
私がそのまま東京で働くなんて、父も母もきっと寂しい思いだろう。
そんなこと、おくびにも出さずに、笑顔で肩を並べて歩く。
「やっぱり、高山っていいなあ」
「陣屋。宮川。古い町並。
今度いつになるかわかんないから目に焼き付けておかなくちゃ」
あ、しまった。
私ったら無神経な言葉を・・・
ほんの少し寂しそうな表情をする両親に向き直って、
「やだなあ。いまのは言霊じゃないから。本当の言霊はこっち」
「いつでも、好きなときに、高山へ帰ってくる!」
瞳をちょっぴり潤ませて、口元をほころばせる父と母。
「ママ、五平餅食べたい」
「パパ、お守りにちっちゃいさるぼぼ欲しい」
子どもの頃に戻って、わがまま言い放題。
だけど、2人とも喜んで応えてくれる。
高山の春は遅い。
3月になっても町はまだ冬の装い。
風情あふれる町並には粉雪が舞っている。
左手にさるぼぼのキーホルダーを持ち、右手で五平餅を頬張る私。
私たちは、観光マップからははずれたエリアにある自宅まで歩いて向かった。
なごり雪が夕暮れの町をモノトーンに変えていく。
玄関脇から庭へまわると真っ白な世界が広がっていた。
「わあ、こんなに降ったんだね」
庭の片隅、日陰になった部分に雪が大きく盛り上がっている。
「あれって・・・」
父は優しく微笑む。
「かまくら?」
「小さい頃、よく作っただろう」
「なかに入っていい?」
「もちろん」
私は、コートのフードを降ろして身を屈める。
「あったかい」
ゆっくりと中へ入ると、小さな灯りが4つ。
「あ・・・」
かまくらの中には、ホールケーキにキャンドルが灯されていた。
大きなキャンドルが2つ。小さなキャンドルは2つ。
ケーキは私が大好きなチョコレートケーキ。
芳ばしい香りがただよってきた。
「パパ!ママ!」
「誕生日おめでとう」
本当に忘れていた。
今日は私の誕生日。
「心配するな。
ホワイトデーのお祝いはちゃんとキッチンに用意してあるから」
心配なんてしてない。
この顔は、喜びがうまく表現できなくて、眉間に皺が寄っちゃってるだけ。
私の誕生日は、3月14日。
パパはいつもプレゼントを2つ準備してくれた。
私、いまここで、言霊に誓うわ。
パパ、いつまでも元気でいて。一生愛してる。
ママ、ずうっとそばにいて。大好き。
玄関脇から続く3人の足跡を、粉雪が白く染めていった。