ヒダテン!ボイスドラマ

ボイスドラマ「異世界さるぼぼ〜誰もいない高山」


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高山の古い町並み、観光客で賑わう通り、そして代々続く酒蔵。
そんな飛騨高山の風景の中で生まれたひとつの物語が、いま幕を開けます。

「異世界さるぼぼ〜誰もいない高山」は、家業を継ぐか、夢を追うか揺れる主人公・瀬織が、ある日突然、異世界へと迷い込み、さるぼぼの姿になってしまう物語。
誰もいない町で出会ったのは、さまよえる魂たち。彼らの想いを結びながら、瀬織は「自分の役目」と向き合うことになります。

飛騨高山を舞台にした、この不思議で心温まる旅を、どうぞお楽しみください。

本作は「Hit’s Me Up!」の公式サイトや各種Podcastプラットフォームでお聴きいただけます。また、「小説家になろう」でも公開中です。
耳で楽しむもよし、文字で味わうもよし。あなたの好きな形で、高山の異世界へ旅立ってみませんか?(CV:桑木栄美里)

【ストーリー】

[シーン1:午後、夕暮れの古い町並】

■SE/古い町並の環境音

「私、ぜ〜ったいに、東京へ行く!」

スマホを握りしめて、絶叫する私。

古い町並。土産物屋さんの前。

外国人観光客たちが、一斉に私の方を見る。

やだ、みんな笑ってる。

んもう〜!

パパったら、私が家業の酒蔵を継ぐ、勝手に決めてるんだから。

大学卒業したら、高山を出る、って、ずう〜っと言ってるのに。

でもいかん、ここは、観光地のどまんなかだった・・

バツが悪そうに、伏せた顔を、ゆっくりあげると・・・

軒先のさるぼぼと目が合った。

あ、いや。

さるぼぼは顔がないから、そんな気がしただけ。

私の方を見てた観光客たちは、みんな自分の時間に戻っていた。

私の名前は、瀬織(セオリ)。

パパが名付けたんだけど、瀬織津姫、っていう女神からとったんだって。

なんでも川に住んで、穢れを祓ってくれる水の神様らしい。

さっき家業は酒蔵って言ったけど、

うちは、結構いいお酒を作ってるんだ。

スッキリフルーティな吟醸酒は若い人たちにも人気あるんだよ。

ま、アニメのキャラと同じ銘柄だからだけど。

パパは私に家業を継いで、杜氏(とうじ)になれって言ってんだよね。

最近じゃ、女性杜氏ってのも増えてるみたいだけど。

ほら、なんてったっけ?

るみ子の酒?

そうそう、そういうの。

あ〜あ、もう。

早く家に帰って、突っ走ってるパパを説得しなきゃ。

LINE。LINE、と。

”今から帰るからちゃんと話そ”

既読、つかねーじゃん。んっとに。

[シーン2:朝、高山市街地の自宅】

■SE/小鳥のさえずり〜朝の環境音(自然の音)

ふぁ〜、よく寝たぁ〜

もう7時かあ。

あれ?

今日何曜日だっけ?

なんか、いつものガヤガヤがない。

ん?窓の外、だぁれもいないじゃん。

いつもなら朝市からの観光客でけっこう賑わってるのに。

いや、それよりも・・・

なんじゃ、こりゃ〜!?

窓ガラスに映っていたのは・・

赤い顔に黒い頭巾、かすりのちゃんちゃんこに黒い腹掛け・・・

さるぼぼ〜!?

な、な・・・

なろうサイトじゃあるまいし、異世界行ったらさるぼぼだったぁ!?

だめだ、頭痛くなってきた。

こんな姿、パパママに見られたら・・・

ん?でも?

パパとママはどこ?

まさか、2人も?

さるぼぼの私は、空いている隙間から器用にすりぬけてキッチンへ。

あ、さるぼぼって宙を飛べるんだ。

だれもいない。

開いている勝手口から外へ出てみると・・・

街にも人っこ1人いなかった。

どういうこと?

急に恐怖が襲ってくる。

ひょっとして、この世界に、私ひとりだけしかいないの!?

しかもさるぼぼだし。

体はちっこくても、空飛ぶスピードはまあまあだったから、いろいろ行ってみた。

陣屋。市役所。宮川の朝市。

どこにも、だあれもいない。

観光客も、市民も。

必死で飛び回る。なのに・・

市役所にも、郵便局にも。HitsFMにさえ、人っこ1人いない。

途方に暮れる。

でも、顔がないから泣くこともできない。

そのとき、どこからか小さな泣き声が聴こえてきた・・

『助けて・・』

え?

どこ?

耳をすますと、声はだんだん大きくなってくる。

『だれか、助けて・・』

思わず、声のする方へ飛んでいくと・・・

『おとうさんが死んじゃう・・・助けて・・』

小さな女の子の魂が、助けを求めて泣いていた。

「きみはだぁれ?」

『私、死んだの・・』

え?

『去年、交通事故で・・』

そうなんだ・・

『おとうさんもおかあさんもすごく悲しんで、なにもできなくなっちゃった・・』

ええっ

『いまおとうさんは病気になって苦しんでる。このままじゃ死んじゃう・・』

「そっか・・・よし、じゃ、一緒にいこ」

『ありがとう・・』

なぜだかわからないけど、この子の手をひいて、消防署へ。

「いい、ようく聞いて。

私には見えないけど、あなたには見えるんでしょ。

消防署へ走っていって、救急車を呼ぶの」

『うん』

「一緒に乗ってって、おとうさんを助けてあげて」

『わかった』

自分でもよくわかってないはずなのに、

なにをすればいいのかが、ハッキリ理解できた。

もしかしたら、これが・・さるぼぼの役目?

さるぼぼは子どもと女性の守り神?

妙に腹落ちした気分になっていると、また、声が聴こえてきた・・・

今度はもっと小さな女の子の魂・・やっぱり泣いてる・・

『え〜んえ〜ん』

「どうしたの?痛いの?」

小さな人形のような手を握る。

すると、うっすらと、周りの人間たちが見えてきた。

なんてこと。

この子、実の父親から虐待されてる!

どうしよう。

すぐ近くで心配そうに見ている、若い男の子。

ああ、この男の子にまかせればいいんだ。

「心配しないで」

「もう大丈夫だから」

「さ、安心して眠って」

小さな魂は苦しみから解放されていった。

いま気づいたけど、この世界には、時間の感覚もないみたい。

だって、この女の子、瞬きする間に、もう中学生になってる。

あ、また声が・・・

『さるぼぼ、お願い』

今度はだれ?

大人の女性・・・?

30歳くらいかしら。

『怖いの』

え?なにが?

『あの人と一緒になるのが』

「あの人?だれ?」

「すごく優しい人。

優しい人だから、血のつながらない子を育ててる。

2人の絆に、私は入れない』

でも、好きなんでしょ

『好き。愛してる。一緒になりたい。

でも、まだ会ってもいないその娘から嫌われたらどうしよう。

明日、初めて会うのに』

ああ、それならきっと大丈夫

『ほんとう?』

うん。その娘もあなたのこと、もう好きだから

あなたの魂を、幼いその娘のイマジナリーママとつないであげる

『ありがとう』

魂を結びつける。

これもさるぼぼの役目なんだ。

と感傷に浸る間もなく、また声が・・・

『ぼく、ぼく・・・』

なんかヘンだ。

あ、これは・・・

『ぼくはなに・・・?』

生まれる前に命がなくなっちゃった子だ。

『ぼく、どこにいけばいいの・・・』

かわいそうに。

「もう大丈夫だよ」

『ぼく・・・』

近づくと、おかあさんが見える。

その横に・・・

おかあさんの妹かな。

いま、懐妊しようとしてる・・

「明るい方へいきなさい」

『うん』

最後に笑ってくれた・・・ような気がする・・

光の中へ消えていく小さな灯火。

それを見送って、私は自分の家に戻った。

代々続く酒蔵。

蒸気で白く濁った蔵に、新酒の香りがほのかに漂う。

え?

新酒?

ゆっくりと霧が晴れるように、蒸気が薄くなり、人影が現れた。

「パパ・・」

『おはよう。寝坊したのか?

どうだ瀬織、この香り。今年の新酒も、いい出来だろ』

あ、あれ?

私の手。戻ってる。

顔も。ああ、目も、鼻も、口もある。

『なに寝ぼけてるんだ。

さ、一緒に杉玉つくるぞ』

「パパ」

『なんだ、神妙な顔して』

「私、この酒蔵、継いでもいいよ」

『どういう風の吹き回しだい』

「なんか、自分が生きている意味とか、役目とか、考えちゃったんだ」

『ほお、そりゃすごいな』

「冗談じゃないよ。私の命、もっとちゃんと生かしてあげないと」

『ふうん。ま、気が変わらないことを祈ってるよ』

「もう〜」

『ははは』

口では醒めた言い方してるけど、パパの口元はゆるみっぱなし。

ふふ。

束の間の異世界転生。

戻ってきたら杜氏だった、なんて、小説家になれるかも。

軒に吊るされた杉玉が緑から茶色へと変わるころ、

老舗の酒蔵から新しい吟醸酒が発売された。

その名前は、『瀬織津姫』。

水を司る女神が、高山の清水を、優雅で芳醇な大吟醸に変えていった。

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ヒダテン!ボイスドラマBy Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会