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飛騨高山の山深い奥飛騨温泉郷平湯温泉。吹雪の中で出会った真っ白な肌の女性美しいあやかしとの切ない恋模様を描きます(CV:桑木栄美里)
<シーン1/吹雪の山小屋>
SE〜吹雪の音/バタンと扉が開く音
「私と会ったことは誰にも言ってはならぬ!
約束を破ったら、お前の命を必ずもらう」
口に出したあとで、思わず後悔した。
どうして、彼を許してしまったのだろう。
今まで自分で決めたルーティンをずうっと守ってきたのに。
そう、命懸けのルーティン・・・
”私の顔を見たものは、決して生きて槍ケ岳(やりがたけ)から帰さない”
私の名は『ゆきおんな』。
槍ケ岳へ不法侵入してくる不届きものに罰を与える、雪山の神、雪の妖精である。
だが今回、山小屋で出会った青年と目が合った瞬間、
私の瞳の中の雪の結晶は溶けてしまったのだ。
相手の心臓を一瞬で凍らせる、必殺の吐息もなぜか暖かい息遣いに変わっている。
なぜだ、いくら考えても原因がわからない。
しいて言えば、この青年の瞳が清水のごとく、蒼く澄んでいたからか。
私は、自問自答しながら、気絶した青年を麓のまちまで運んでやった・・・
SE〜吹雪の音
「待て!どこへ行く!?待ってくれ!」
はっ、またあの夢か。どうして、私の夢に彼が、あの青年が出てくるのだ。
会いたい・・・無性に・・・
はっ・・・なに?いま私、なんと言った?
氷でできた私の心が、まるでガラスづくりのように小刻みに震える。/
生まれてから数百年、こんな、胸の張り裂けそうな思いはしたことがない。
雪山の精としてもう寿命なのか・・・
いてもたってもいられなくて、私は山を降りる決心をした・・・
<シーン2/雨の民家>
SE〜雨が軒先にあたる音
来てしまった・・・こんな雨の日に。
ここは麓の村・平湯(ひらゆ)。その村はずれにある一軒家。
私のしもべ、風花たちに調べさせたあの青年の住処(すみか)だ。
雨はますます酷くなってくる。
雨水に濡れてこれ以上心の氷が溶けぬよう、軒で雨宿りをしていたとき・・・
SE〜扉が開く音
「あ・・・」
/
扉から顔を出したのは、まぎれもない、あの日の青年だ。
「も、申し訳ありません。雨足が強まってまいりましたので、
軒先をお借りしておりました・・・」
「え?そんな、そのように甘えるわけには・・・」
「あ・・・ありがとうございます」
/
彼は私を家に招き入れた。
そうか、吹雪に包まれた私の顔など覚えているはずもない。
私は、囲炉裏からなるべく離れて座り、/彼の顔を見つめていた。
彼も何も喋らず、私を見つめる。
あの日とは正反対の優しい瞳で。
上気した頬から、ここまで熱気が伝わってくる。/
・・・熱気?
私を見つめて微笑んだまま、彼は気を失った。
/
SE〜囲炉裏の音
「気がつきましたか?」
「すごい熱でもう何時間も寝ていたのですよ」/
「大丈夫。もうだいぶん熱も下がってきましたから」
「もうちょっとこのまま休んでいてください。私、もうそろそろお暇しますから」
「え?これからですか?」
「実は安房峠を抜けて信州へ・・・」
「え?そんな・・・」
「でも・・・」
彼は私に、ここにいてほしい、と懇願した。
私は・・・
私も一緒にいたい。
いつしか、息がかかるほど近づいていた私は、彼の額に手のひらをかざす。
彼はその手をとって、自分の頬にあて、両手でそっと包んだ。/
<シーン3/初春の民家>
SE〜小鳥のさえずり/子供のはしゃぐ声
あれから5年。
見えない糸に操られるように、私たちは結ばれた。/
外では、4つになる娘が楽しそうにはしゃいでいる。
優しく見守るのは、夫となった彼。
だが、彼は突然思いついたように、私の方へ向き直り、
真面目な顔で、聴いてほしいことがある、と言った。
やめて!言わないで!やめて!!
瞳で必死に訴える私の手をとり、彼はついに”あの言葉”を口にした。
私は、溢れ出る涙を拭おうともせず、顔を上げて、
「あれほど頼んだのに・・・言ってしまったのね。あなたは」
見るまに私の肌は透きとおり、吹雪が私の身体を包み込む。
「私との秘め事を口に出した以上、あなたを生かしておくことはできません」
彼は目を見張り、驚いて、恐怖に慄きながら私を見つめる。
だめ!その目で見ないで!私は・・・
「娘を・・・たのみます・・・」
か細くそれだけ言い残すと、私は彼を残して家を出た。
裏手の山からは吹雪が風花を吹き降ろしてくる。/
まるで、掟を破った私に罰を与えるように。
わかっている。
雪山の掟を守れなかった私がどうなるのかは。/
私は吹きつける雪に抗うようにゆっくりと山へ向かう。
身体がだんだん透けていく。
山へ着くより早く、私の身体は雪の結晶となり、寒空へ舞い散っていった・・・
SE〜扉を開ける音
呆然と虚空を見つめる彼の元へ、娘が外から戻ってきた。開け放たれた扉から、ひとひらの風花が舞い込み、
娘の頬に触れて、溶けていった・・・
飛騨高山の山深い奥飛騨温泉郷平湯温泉。吹雪の中で出会った真っ白な肌の女性美しいあやかしとの切ない恋模様を描きます(CV:桑木栄美里)
<シーン1/吹雪の山小屋>
SE〜吹雪の音/バタンと扉が開く音
「私と会ったことは誰にも言ってはならぬ!
約束を破ったら、お前の命を必ずもらう」
口に出したあとで、思わず後悔した。
どうして、彼を許してしまったのだろう。
今まで自分で決めたルーティンをずうっと守ってきたのに。
そう、命懸けのルーティン・・・
”私の顔を見たものは、決して生きて槍ケ岳(やりがたけ)から帰さない”
私の名は『ゆきおんな』。
槍ケ岳へ不法侵入してくる不届きものに罰を与える、雪山の神、雪の妖精である。
だが今回、山小屋で出会った青年と目が合った瞬間、
私の瞳の中の雪の結晶は溶けてしまったのだ。
相手の心臓を一瞬で凍らせる、必殺の吐息もなぜか暖かい息遣いに変わっている。
なぜだ、いくら考えても原因がわからない。
しいて言えば、この青年の瞳が清水のごとく、蒼く澄んでいたからか。
私は、自問自答しながら、気絶した青年を麓のまちまで運んでやった・・・
SE〜吹雪の音
「待て!どこへ行く!?待ってくれ!」
はっ、またあの夢か。どうして、私の夢に彼が、あの青年が出てくるのだ。
会いたい・・・無性に・・・
はっ・・・なに?いま私、なんと言った?
氷でできた私の心が、まるでガラスづくりのように小刻みに震える。/
生まれてから数百年、こんな、胸の張り裂けそうな思いはしたことがない。
雪山の精としてもう寿命なのか・・・
いてもたってもいられなくて、私は山を降りる決心をした・・・
<シーン2/雨の民家>
SE〜雨が軒先にあたる音
来てしまった・・・こんな雨の日に。
ここは麓の村・平湯(ひらゆ)。その村はずれにある一軒家。
私のしもべ、風花たちに調べさせたあの青年の住処(すみか)だ。
雨はますます酷くなってくる。
雨水に濡れてこれ以上心の氷が溶けぬよう、軒で雨宿りをしていたとき・・・
SE〜扉が開く音
「あ・・・」
/
扉から顔を出したのは、まぎれもない、あの日の青年だ。
「も、申し訳ありません。雨足が強まってまいりましたので、
軒先をお借りしておりました・・・」
「え?そんな、そのように甘えるわけには・・・」
「あ・・・ありがとうございます」
/
彼は私を家に招き入れた。
そうか、吹雪に包まれた私の顔など覚えているはずもない。
私は、囲炉裏からなるべく離れて座り、/彼の顔を見つめていた。
彼も何も喋らず、私を見つめる。
あの日とは正反対の優しい瞳で。
上気した頬から、ここまで熱気が伝わってくる。/
・・・熱気?
私を見つめて微笑んだまま、彼は気を失った。
/
SE〜囲炉裏の音
「気がつきましたか?」
「すごい熱でもう何時間も寝ていたのですよ」/
「大丈夫。もうだいぶん熱も下がってきましたから」
「もうちょっとこのまま休んでいてください。私、もうそろそろお暇しますから」
「え?これからですか?」
「実は安房峠を抜けて信州へ・・・」
「え?そんな・・・」
「でも・・・」
彼は私に、ここにいてほしい、と懇願した。
私は・・・
私も一緒にいたい。
いつしか、息がかかるほど近づいていた私は、彼の額に手のひらをかざす。
彼はその手をとって、自分の頬にあて、両手でそっと包んだ。/
<シーン3/初春の民家>
SE〜小鳥のさえずり/子供のはしゃぐ声
あれから5年。
見えない糸に操られるように、私たちは結ばれた。/
外では、4つになる娘が楽しそうにはしゃいでいる。
優しく見守るのは、夫となった彼。
だが、彼は突然思いついたように、私の方へ向き直り、
真面目な顔で、聴いてほしいことがある、と言った。
やめて!言わないで!やめて!!
瞳で必死に訴える私の手をとり、彼はついに”あの言葉”を口にした。
私は、溢れ出る涙を拭おうともせず、顔を上げて、
「あれほど頼んだのに・・・言ってしまったのね。あなたは」
見るまに私の肌は透きとおり、吹雪が私の身体を包み込む。
「私との秘め事を口に出した以上、あなたを生かしておくことはできません」
彼は目を見張り、驚いて、恐怖に慄きながら私を見つめる。
だめ!その目で見ないで!私は・・・
「娘を・・・たのみます・・・」
か細くそれだけ言い残すと、私は彼を残して家を出た。
裏手の山からは吹雪が風花を吹き降ろしてくる。/
まるで、掟を破った私に罰を与えるように。
わかっている。
雪山の掟を守れなかった私がどうなるのかは。/
私は吹きつける雪に抗うようにゆっくりと山へ向かう。
身体がだんだん透けていく。
山へ着くより早く、私の身体は雪の結晶となり、寒空へ舞い散っていった・・・
SE〜扉を開ける音
呆然と虚空を見つめる彼の元へ、娘が外から戻ってきた。開け放たれた扉から、ひとひらの風花が舞い込み、
娘の頬に触れて、溶けていった・・・