写真家 永井秀和の言葉で語ろうPhotograph

第116回「風のない朝に出逢えた重なり」


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※ビデオポッドキャスト(動画視聴はSptify)


【一枚の写真に宿る物語】


「風のない朝に出逢えた重なり」#01


これは、ある朝の森の中で起きた、小さな物語。

その朝、僕は見知らぬ土地にいた。

どこに行こうかと空に目をやると、空は淡い青。

風の気配はなく、葉も水も、何ひとつ揺れていなかった。いい朝だった。そしてただの思いつきで車を走らせた。

そのただの思いつきに従ってみたくなった。

車を走らせ、山の奥へと奥へと向かう。

森に囲まれた細い道を抜け、いつか誰かに教えてもらった小さな泉へ辿り着いた。

そこはまるで、時が止まってしまったかのようだった。

森は静まりかえり、泉は鏡のように滑らかで、空と木々と雲をくっきりと映していた。

その水面の中に、ひとつの鳥居が、まるでそこに“もうひとつの世界”があるかのように、佇んでいた。

音がない。風もない。ただ、あるのは「在る」という存在感。

静寂の中に立つ鳥居は、誰の祈りを受け止めてきたのだろう。

僕はそっとカメラを構えた。

でも、レンズ越しに覗くその風景は、撮るという行為を拒むようでもあった。

「これは、記録ではなく、感じるものだ」そんな声が、胸のどこかから聞こえてきた気がした。

この瞬間を切り撮ることに意味はあるのか?

でも、たとえほんの一片でも、この澄んだ世界を誰かに伝えることができたなら . . .

それは、たぶん、写真家を目指すものに与えられた役割のひとつなのだと思った。

僕は、静かにシャッターを切った。

その一瞬、鳥居が、森が、空が、湖が、まるで僕に語りかけてくれたようだった。

「ようこそ。」っと。風のない朝。

何も特別なことは起きていないのに、心の奥に何かが染み込んでいく。

それはきっと、“自然”と“神聖”が、ほんの一瞬、重なり合った証だったのかもしれない。

今日も、また写真を撮りに行こう。

何かを撮るためではなく、何かと重なるために . . .

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写真家 永井秀和の言葉で語ろうPhotographBy 永井 秀和