写真家 永井秀和の言葉で語ろうPhotograph

第117回「道端のひとりごと」


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【1枚の写真に宿る物語】#02 「道端のひとりごと」この日は、写真の撮影を終えて、山形から千葉への帰り道だった。午後の陽射しは少しやわらかくて、風も穏やかだったただの、車で通り過ぎるだけの道。ふと、何かが視界に入り、車を止め外へ出た。アスファルトの脇に、草がわずかに生い茂る細い道誰もが見過ごしてしまうような場所に、白い花が、揺れていたのだ。マーガレットだけど、どこか違う他の花と違って、少しだけこちらを向いていたのだまるで、話しかけてくるみたいに、僕は立ち止まった。カメラも持っていたけれど、すぐには構えなかった。ただ、その白い花と向き合っていた。「見つけてくれて、ありがとう」そんな声が、風に乗って聞こえた気がした。馬鹿げてるかもしれない。でも、その瞬間、僕は確かに“誰か”と会話をしていたような気がする。その花は、誰にも見られなくても、ちゃんと咲いていた誰かの賞賛がなくても、ただ静かに、自分の命のままに、そこに立っていた。そして僕も、そんな風に在りたいと、ふと思った。人に認められたくて、評価されなくて不安になって、もっと上手く、もっと上手く、と思ってばかりだ。でも、この小さな花は、それとはまったく逆の場所で、堂々とそこにいた。風に揺れながら、ただ、ただただ生きていた。僕はゆっくりとカメラを構え、そっとシャッターを切った。カメラの背面液晶に映った花は、やっぱりこう言っているようだった。「ありがとう。気づいてくれて」その声は、とても優しかった誰にも届かなくていい . . .ただ、ひとりでも、気づいてくれればそれでいい。そんな風に、花がつぶやくように見えた。僕は、その写真に、 「道端のひとりごと」 っと 名付けた。きっと、あの花の、たったひとつの小さな声だけど、それが誰かの心に、静かに届くことを願って。この日のことを、今でも時々思い出す。そしてまた、見過ごしていた小さなものに、そっと目を向けたくなる。もしかしたら、また誰かが、どこかでひとりごとをつぶやいているかもしれないのだから . . .

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写真家 永井秀和の言葉で語ろうPhotographBy 永井 秀和