多くの人にとって、新宿という街は行って、帰ってくる場所です。
どんなに二次会が長引こうと、どんなに終電を逃そうと、どんなにネカフェの寝心地が悪かろうと、最終的にこの東洋一の歓楽街から私たちは帰ってきたはずです。
『木綿のハンカチーフ』いうところの都会の絵の具。その全てをネオン管に溶かした華やいだ街でも、子供達は生まれ、育つのです。一体、その子はどのような大人へと成長していくのでしょうか。今宵も、その尊敬すべき「最たる例」が松重ディレクターを通じ、私たちに語りかけてくれます。
玉袋筋太郎。新宿生まれ、新宿育ち。芸人。
通称、玉さん。本名、赤江祐一。
例えば、神がいるとして、(放送後記に神を登場させて良いのかは不明です)
その神が「新宿で生まれ育った赤江少年」にどんな人生を歩ませるでしょうか。
このお題に対し、気鋭のコラムニストや放送作家が何か気の利いたギャグを考えたところで、実際の神が赤江少年に与えた「まず芸名が玉袋筋太郎になる」という現実の初手の強さをどうやって超えられましょうか。律儀に反語するまでもありません。
「しょうがねえ」。
玉さんは繰り返しこの言葉を用いて生まれ育った西新宿の街、引いては人の世を捉えます。
生まれちまった、しょうがなさ。
多くの偉い人がこれに真っ向から立ち向かってきました。例えばインドのお釈迦さんは「人生はとにかく苦しいのだ」と元も子もないことを説き、ドイツのニーチェさんも「人生は虚しいけれど、生きねば」なんてねじれた角度で鼓舞し、日本の鴎外や漱石もやはり生涯を賭けてこの命題に向かってきました。
が、玉さんにかかれば、しょうがねえものは「しょうがねえ」。
たまたま生まれた場所が東洋一の歓楽街であり、慣れ親しんだビルや商業施設が取り壊されるのは日常茶飯事。通常、「ふるさと」と聞けば各人が固有のイメージを持ちますが、玉さんの場合はそもそもイメージ自体があまりにも無常。高度経済成長における再開発と区画整理、その真ん中で生きた玉さんにとって「しょうがねえ」という感覚は言語以前のより肉体的な感覚だったのかもしれません。
玉さんの話を伺うほど、洒落の中にどこか飄々としたものを感じます。飄々、なんて板尾創路かスナフキンにしか使ってはならない言葉だと思っておりましたが、実際のところ「しょうがねえ」を地でいく玉さんこそ、本来的に飄然とされた方なのです。
まったく、都市は代謝を繰り返す、なんていうのは簡単です。実際、この番組概要にも書いてあります。正直、どうかと思います。筆者が書いたものでした。でも全てはディレクターの指示によるものです。しょうがねえじゃないですか。
今、ここで使った「しょうがねえ」と、玉さんが用いた「しょうがねえ」の埋めようのない差。これが、今回の浮かび上がった、東京閾値。
文責:洛田二十日
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