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<放送時間>毎月第4金曜日 9:06-9:20 再放送 14:00-14:15<番組紹介>温故知新で舞鶴の魅力を再発見し、ラジオでその魅力を発信する番組です。番組を聴くことで、その今や昔の舞鶴を散歩しているような気分になれます。番組を聴いておくと舞鶴自慢ができるようになりますよ。パーソナリティー: FMまいづる 長野珠子出演: 仲井玲子 他制作協力: WEBサイト舞鶴うぉーかー番組提供:◎建設に関... more
FAQs about FMまいづる 77.5MHz - ラジオ散歩★舞鶴ウォーカー:How many episodes does FMまいづる 77.5MHz - ラジオ散歩★舞鶴ウォーカー have?The podcast currently has 40 episodes available.
March 28, 2025【PODCAST】2025-3-28OA 第63回 まほうの水(まほうのみず) 和江(わえ)仏教では、 死んだ後に行く冥土(めいど)には地獄と極楽があるそうで、死者は生前の行いにより、どちらに行くかが決まるそうです。極楽には死者を癒すまほうの水が絶え間なく湧いていると言われています。さて、由良川の西岸にある和江(わえ)の村に与八(よはち)と言う、とても親孝行な若者がいました。与八は朝早くから夕方遅くまで野良仕事に力一杯働きました。その日も畑仕事をしていましたが、雨がポツリ、ポツリ降り出し、日も暮れてきました。与八は急いで帰り支度をして、家路を急ぎました。雨で体は濡れて寒くてかないません。通りがかりの大雲(おおくも)の山道は、与八には歩き慣れた道です。 そこには湧水が湧いていましたが、この水は尊い水で手を付けてはいけないと言われていました。そのとき与八はとても喉が乾いていました。与八「手を付けてはいけないと聞いていたが、どうにも我慢がならん。」与八は湧き水を両手に受けて一気に飲みほしました。与八「ああ、生き返るようだ。」それは今までに味わったことのないような美味しい水でした。 少し元気を取り戻した与八は、急いで両親の待つ家に帰りました。ところが無理がたたったのでしょう、その夜から与八は高い熱が出て寝込んでしまいました。母親「与八よ、どうにか元気になっておくれ。」両親の手当ての甲斐もなく三日三晩熱が続いて、とうとう与八は死んでしまいました。父親「せめて村人を呼んできちんと葬式をしてやらなくてはならんのう。」母親「与八や、あの世で困らないように、しっかり送ってやるからのう。」立派な葬式をしてもらっているころ、与八は多くの死人と共に薄暗い道をうなだれてトボトボと何日も何日も休まずに歩いておりました。その先には現世と、あの世との境にある三途の川が流れています。そこには奪衣婆(だつえば)と呼ばれる老女と、懸衣翁(けんえおう)と言う老人の番人がいて、三途の川の渡し賃として六道銭(ろくどうせん)を受け取り、金の無い者には代わりに着ている着物をはぎ取っておりました。与八は葬式で六道銭を貰らっていたので舟に乗せてもらえ、難なく川を渡ることが出来ました。川岸のはるか先に大きな楼閣があり、中には閻魔大王(えんまだいおう)がいらっしゃいます。机の上には部厚い閻魔帳(えんまちょう)があり、人の善悪がすべて記帳されておりました。与八の前の人は閻魔大王がいる前まで進み、頭を下げて名前をいうと閻魔大王が聞かれました。 閻魔大王「和江(わえ)から来たか、大和(やまと)から来たか。」死人「和江からまいりました」閻魔大王「大雲の水を飲んできたか、いなか。」死者「飲んできませんでした。」すると閻魔大王の顔は曇り不機嫌になり、閻魔大王「そっちへいけ」閻魔大王が塀に囲まれている鉄の門を開くと、血だらけの人が大勢うごめいている地獄の一丁目でした。次の死者が同じように聞かれます。閻魔大王「和江(わえ)から来たか、大和(やまと)から来たか。」死人「和江からまいりました」閻魔大王「大雲の水を飲んできたか、いなか。」死者「の…、飲んできました。」でも死者の言ったことは嘘でした。閻魔大王は大きな虫メガネでじっと閻魔帳をご覧になります。たちまちに顔が曇って嘘であることを見破られました。そして大きな釘抜きを机の中から出して死者の舌を抜き取り、地獄へと追いやられました。与八の番がきました。閻魔大王「和江から来たか、大和から来たか。」与八「和江からまいりました」閻魔大王「大雲の水を飲んできたか、いなか。」与八は少し考えてあの湧き水を思い出し、尊い水に手を出してしまったことを正直に答えました。与八「飲んできました。」閻魔大王は満面の笑みをうかべて、閻魔大王「こっちへこい。」と、与八に手招きをして、門のない広々とした方へ案内されました。そこには、何ともいえぬいい香りがただよい、蓮の白い花が咲く池がありました。与八「ここは極楽(ごくらく)と呼ばれるところだろうか。」そこにいるのは、皆な幸せそうな温和な顔つきの人達ばかりです。極楽では食べる物も着るものも満たされており、おだやかに暮らすことができます。そして、あの尊い大雲の水が上がってきていて、極楽にいる人たちの病いを癒し、喉のかわきを潤しているのでした。与八もその水を飲んで、あの大雲の湧き水を思い出し、長い旅の疲れが癒されました。与八はいつまでも満ち足りた気分で過ごすことがでました。正直者の与八だからこそ、死んでからも天国に行けたのでしょうね。 2025.03.28おつぎ 作画:恵美...more0minPlay
November 22, 2024【PODCAST】2024-11-22 OA 第59回 熊の恩返し(西大浦)むかしむかしのお話です。舞鶴市の北側には大浦半島があり、その半島の西側にある村を西大浦村といいました。ある日、西大浦の村に住む三人の猟師が鉄砲を抱えて山に入っていきました。二人の猟師は年配の熟練で、若い猟師に猟を教えるために連れて行くのです。猟師①「いいか、熊はしぶといから、玉を2発はぶち込まないと仕留められねえからな。」若い猟師「へえ、しっかり見させてもらいます。」猟師たちの目当ては西大浦に多く生息している熊でした。熊が居そうなところを探しながら三人の猟師は山の中を歩いておりましたら、年配の猟師が山の中にある熊穴を見つけました。猟師①「この穴の中には熊が居るはずじゃ。」猟師②「そうだ、きっといるにちがいねえ。」猟師①「いいか、食べ物を探しに出てくるところを狙って、ズドンだぞ。」三人の猟師は熊が出てくるのを身をひそめて待っておりました。猟師の予想通り、穴の中には二頭の熊がおりました。オス熊は穴の外からの嫌な感じの匂いに気づいて穴の奥から外を見てみると、三人の猟師が熊穴に向かって鉄砲を構えているではありませんか。オス熊はこれは何とかしなければ、と思い、メス熊に言いました。雄熊「いいか、おれがおとりとなってあばれるから、身重のお前は大事にここにじっとしてろ。」雌熊「あんた、恐ろしいわ」雄熊「心配するな、きっとなんとかするからな。」そうメス熊に言い聞かせると、オス熊は穴からもんどりうって出て行きました。三人のうちの二人の熟練の猟師は落ち着いてしっかり狙いを定めると、熊に向かって「ズドン」「ズドン」大きなオス熊は撃ち殺されてしまいました。猟師①「大きな熊じゃ、これは金になる!」猟師②「やったぜ、これで苦労した甲斐があると言うものだ。」二人の猟師は大喜びでした。猟師①「おおい!その穴の中にはもう熊はいねえか?」熟練の猟師は抜け目なく若い猟師に声を掛けます。穴のそばで成り行きを見守っていた若い猟師は、言われて恐る恐る穴をのぞき込みました。そして穴の奥で隠れるようにしているメス熊を見つけましたが、おびえていて、どうやらお腹が膨れていて身ごもっている様子です。猟師③「いいや、何にもおらんど。」不びんに思った若い猟師は、そういってブルブルふるえているメス熊を見逃がしてやりました。猟師たちは意気揚々と大きなオス熊を村に持ち帰りました。翌年の冬、また三人の猟師は雪が降る山に入り、熊が居そうなところを探しておりましたが、吹雪に見舞われ遭難してしまいました。三人の猟師達が山に入ったまま帰ってこなかったので、吹雪がやむのを待って村から捜索隊が山の中に入っていきました。二人の猟師が谷底に倒れているのを見つけましたが、すでに息絶えておりました。しかし若い猟師は見当たらず、家族はあきらめて他の猟師と合わせて葬式も済ませました。雪が解けだしたころ、死んだと思われていた若い猟師が村に戻ってきました。村人「おお!生きとったのか!いったいどこでどげんしとったんじゃ?」若い猟師が言うには、若い猟師「雪山で遭難して、もう駄目だと思ったが、気が付くと暗い穴の中にいて、毛むくじゃらなものと一緒に囲まれていて寒くはなかったんじゃ。メス熊とその子どもやったのかのう?」村人「そりゃたまげたのう。でも、なんも飲み食いするもんが無くて困ったろう。」若い猟師「水は吹き込んだ雪があった。お腹が空いていたが、目の前によい香りがして、舐めると甘い蜜じゃった。」村人「それはもしかして、熊の手に滲み込んだ蜂蜜だったのじゃあなかろうかのう。」熊は蜂蜜が大好物で、食べた蜂蜜が手の隙間に残っていたのかも知れませんね。そんな事があって心優しい若い猟師は猟をやめ、畑仕事をしたり蜂を飼って蜂蜜を集め、助けてくれた熊のことを思い出しながら、山を見てのんびりと暮らす事にしたそうです。2024.11.18 おつぎ...more15minPlay
October 25, 2024【PODCAST】2024-10-25 OA 第58回 池姫神社(いけひめじんじゃ)と大蛇 布敷(ぬのしき)布敷(ぬのしき)は田辺城の南の方の山のふもとにあります。 このあたりで一番高い山は、弥仙山(みせんさん)と呼ばれる山です。 この弥仙山に連なる山に五郎山(ごろうやま)がありました。 あるとき、この付近一帯に大きな地震がありました。 その後、大雨が七日七晩降り続き、そのため五郎山が崩れて、そこから流れ出した土砂が今の布敷(ぬのしき)と別所(べっしょ)あたりを埋め尽くしてしまい、そこを流れる池内川(いけうちがわ)をせき止めたので、大きなため池となってしまいました。 そのせいで、田や畑も土砂や水におおわれて、池の下に沈んでしまいました。 池を満たした水は、せきを越え滝のように流れだしました。 その時流されてきた、赤みを帯びた大きな石が川底にあふれ、今ではその滝を「五郎の滝」と呼んでいます。 また、流れ落ちる水は、まるで白い布を敷きつめたように美しく見えたので、この土地を「布敷」と呼ぶようになったそうです。 しかし、一度に大切な田畑や家を失った村人達は、大へんな悲しみにくれてしまいました。 村人①「この度の地震ではひどい目に合った、田畑が全部池の中だわい。」 村人②「それに家も何もかも沈んでしもうて、また建てんといかんのはしんどいことだわい。」 そうして家も山の方に建て直しましたが、また地震でも起こるのではないだろうかとおびえながら暮らしていました。 また、道も池になってしまい、布敷から別所に向かうには高福寺(こうふくじ)を回る細い山道を通ることを余儀なくされました。 災いは続くと言いますが、ここでもそうでした。 やがてこの池にはいつからか恐ろしい大蛇が住みついたのです。 満月の夜になると、池の水面がザワザワと揺れ出し、池の真ん中が山のように盛り上がったと思うと、大きな大蛇が姿を現します。 長さは50間を越えたそうですから、今で言えば100メートルはあります。 胴の周りも1間半とのことで、3メートルはあったようです。 池の上に顔を出しては、金色の瞳をランランと光らせ、口からは燃えるように真っ赤な舌を出しています。 村人の中でも一目見た者は、恐ろしさのあまり病気になって寝込んでしまった人もいました。 庄屋さんを始め、村人たちが対策に頭を悩ませています。 庄屋「もしあんな恐ろしい大蛇が暴れ出したら、村などひとたまりもない、どうしたものやら。」 老人「やはり、ここは何か生け贄を捧げて、怒りを鎮めることが肝要だのう。」 庄屋「そうは言っても誰がなるのじゃわい。」 皆が黙ってうつむいた時に一人の娘がすくっと立ち上がりました。 娘「私が行きましょう。両親が大蛇を見て床に臥せてしまいました。きっと私が仇を討ちましょう。」 こうして、娘が生け贄となって大蛇に向かいましたが、娘も決して黙って飲み込まれるつもりはありませんでした。 懐に短刀をひそませ、大蛇が一呑みにしたときにその刀で、喉の奥を渾身の力で刺したのです。 大蛇はたいそう苦しみのたうち回りましたが、体の中から刺されたのでは逃れることができません。 大蛇は間もなく死んでしまいましたが、娘も大蛇の毒で命を落としてしまいました。 時に天平元年7月のことだそうです。 このことは直ちに大和朝廷の祭祀を司る神祇(じんぎ)の石川年足(いしかわのとしたり)に報告されたそうです。 この娘の霊を祀るために神社が建てられました。 また、併せて大蛇の遺骨も一緒に祀ることにしました。 この神社は「いけにえのみたまのやしろ」と名付けられましたが、そこから今では発音がなまって現在の「池姫神社」と呼ばれるようになったようです。 こうして、娘のお陰で村に平和が戻ってきました。 庄屋「大蛇がいなくなったので村も一安心や。」 年寄「そうだのう、池も埋めたらよい田んぼができるとこだしのう。」 そうして安心して村の人々は精を出して奥の山から土を運び、池を埋め立て、良い田畑を手に入れることができ、今のような美しい田んぼや畑になりました。 それからは、雨が降らずに困っているときにも、大蛇の彫り物が祀ってあるこの池姫神社にお参りすると、雨に恵まれるので、水の神様としても大切に祀られています。 毎年の秋祭りでは、太鼓をたたいて賑やかに祝います。 1年間無事に暮らすことができたり、お米や野菜がいっぱい採れて豊作であったことに対するお祝いや感謝の日として、池姫神社の神様に喜んでもらっています。 今でも五郎の滝には大きな赤石がゴロゴロしているそうです。 2024.10.21 おつぎ...more15minPlay
September 27, 2024【PODCAST】2024-9-27 OA 第57回 放れ駒の絵(はなれこまのえ) 引土(ひきつち)西舞鶴の愛宕山(あたごやま)のふもとにはたくさんのお寺があり、その中にはひときわ歴史のある円隆寺(えんりゅうじ)があります。円隆寺は奈良時代に行基(ぎょうき)と言う偉いお坊さんが建てたもので、七堂伽藍(しちどうがらん)と70余りの僧坊(そうぼう)があり隆盛を極めました。三体本尊(さんたいほんぞん)など重要文化財も多く、西舞鶴地区屈指の文化財の宝庫といわれております。本堂は享保(きょうほ)17年、西暦で言う1732年の大火で類焼しましたが、この本堂には放れ駒の伝説がありました。昔、この本堂には巨瀬金岡(こせのかなおか)の筆による馬の絵がありました。そこに描かれている馬は、まるで生きているように見えたそうです。ある年、あちこちの田畑が馬に荒らされるようになりました。遠くは白鳥峠(しらとりとうげ)まで、被害がありました。村人の間では、毎日、馬の話でもちきりです。村①「まったく困ったことだわい、あっちこっちで馬に田畑を荒らされて…、どうしてくれよう。」村②「ほんまやで、うちでせっかく育てた大根や水菜がさんざん荒らされてしまったわい。」村①「今夜こそはとっ捕まえてこらしめてやらなくては気がすまん。」夜の間に荒らされるので、村人たちは寝ずに交代で番をすることになりました。ところが、番を始めたころから馬が現れなくなりました。村②「毎晩々々交代で見張っとるのに、ちっとも見つからんのう。」村①「そうだのう、それに最近出て来ないのは、どこぞよそへ行ってしまったのではないかのう。」村②「今夜もどうやろか?、ほとほと疲れたのでちょいとぐらい横になっても出てくりゃせんだろう。」村①「ほんに、今夜も現れないのなら、骨折り損のくたびれ儲けじゃけ、ちょいとくらい休んでも大丈夫だろう。」ところが、今夜は出てこないだろうと安心して仮眠していると、蹄の音がして遠のいていきます。あわてて起きて畑を見ると作物が食い荒らされているのです。そして西といわず、東も、南も、馬の姿どころか、去っていく馬の影さえ見たものはありませんでした。村②「あの馬はどうしたものか、見張りをしているところには現れずに、いない所に現れてばかり、とんでもない知恵者じゃ。」村①「ほんに、誰も荒らしている姿を見ることなく、気が付いたらかけ去る音しか聞こえんほどじゃあ。」村②「人間の気持ちが分かるのか、裏をかかれてばかりで、その上素早くて神業としか思えん、全くどこの馬じゃろうか。」村人たちは毎日のように集まって論議をするも、らちがあきませんでした。その中に馬鹿正直で控えめな、信心深い男がおりました。その男は会合では、ほとんど隅のほうに座っていましたが、話の中に馬の話が出るたびに、いつも参るお寺の本尊様の後ろの壁画が気になって仕方がありませんでした。不思議なことに男は馬の絵にひどく心が引かれていたのです。男はいつも、朝早くにお寺に参ってはこの絵を見ました。ある朝、馬の身体に水玉がうかび、脚に泥のようなものがついているのに気が付きました。村①「馬が出るようになってずいぶん経つが、荒らされる一方で我々には何も出来んのかのう。」男は絵のことを村の人々に話しました。男「えっと、えっと…、わしが思うに、寺の本堂の絵の馬が、朝早く行くと毛は濡れとるし、馬の脚のところの土がついとるし、気になっとるんじゃ。」村②「なんじゃとたわけたことを…、みんな気が立っているのだ、馬鹿なたわごとを言うんじゃあないぞ。」男の話は村人には唐突でだれも相手にしてくれませんでした。男はあきらめることができず、思いあぐね、和尚さんにこの馬の絵を描いた人の名を尋ねました。東舞鶴の大浦半島の方の赤野に住む金岡(かなおか)という人でした。男は意を決してその人を訪ね、寺で見てきたことを話しました。金岡「なんと!わしの描いた馬の身体が濡れていたり、脚に土がついていたりすると言うのか、馬が夜な夜な絵から抜け出して田畑を荒らしとるかも知れぬと言うのじゃな。よう知らせてくれた、これはわしの責任じゃ、何とかしよう。」男「聞いてもらってよかったです。誰も相手にしてくれなくて困っとりました。これでわしも肩の荷が下りました。あとはよろしくお願いします。」男の話を聞いた金岡は、寺に参ると絵の馬に手綱を描き、つなぎ駒にかえました。それからは馬が田畑を荒らすことがなくなったといいます。2024.9.16 おつぎ...more16minPlay
August 23, 2024【PODCAST】2024-8-23 OA 第56回 羽衣の松(はごろものまつ)浮島(うきしま)[gallery link="file" size="medium" ids="32707,32706,32705"]東舞鶴の浮島は、今は周囲を埋め立てられ小高い岡のようになって松や椎の木がおおい茂つて、頂上には嶋満神社(しまみつるじんじゃ)がまつられていますが、明治の初めごろまでは海の中に浮かぶ島でした。 この社は、元寇(げんこう)のときに天皇が勅使(ちょくし)をここに遣わされて戦勝を祈願されたという由緒ある神社です。 その昔ここから浜辺を見ると白砂にさざ波が打ち寄せて素晴らしい眺めでした。細川幽斎(ほそかわゆうさい)もこの浜を詠って白糸と詠みました。現在の八島通りのあたりではまばらに漁師の家がぽつんぽつんと建っていたそうです。 そんな美しい浜でのお話です。 この辺りに母と子のふたり暮らしの猟師がありました。 息子が魚を獲って生業としていました。 浜から浮島までは浅瀬のところもあり、息子は浅瀬伝いに浮島に行っては魚を釣っていました。ある日のこと、いつものように島に釣りに行くことにしました。 息子「母さん、今日も浮島で魚を釣って来るよ。たくさん釣って来るからね。」 母親「そうかい、気を付けて行くんだよ、楽しみに待っているからね。」 ところがその日はいくらたっても一匹も魚が釣れません。 息子「今日はどうも魚が釣れないなあ~。まいったな~。」 息子は退屈して草むらに寝転がっていました。 春のポカポカ陽気の日で、いつのまにか息子は眠ってしまいました。 どれほどの時間が経ったのでしょう、潮が満ちてきたのか息子の足に海水がかかりビックリして飛び起きました。 息子「おっと、つい寝込んでしまった、どれだけ寝込んでいたのかな?」 我に返って周囲を見回すと、なんともいえないい香りが風にのってやってきました。 息子「おや、何かとてもいい香りがして来るぞ、どこからだろう。」 何気なく松の木を見上げると、ひらひらの白いものがみえます。 夢を見ているのかと目をこすりましたが白い布が松の枝の間に見えます。 今まで見たことのないようなやわらかそうな布です。 息子「やあ、何とも美しい布だ、絹のようだ。かぐわしい香はこの布からするのだろうか?夢でも見ているようだ。」 息子は立ちあがってその布のほうに近づきました。するといい香りが強くなりました。 気が付くと岩の上に髪の長い女が座って足を水につけてぱちゃぱちゃと叩いています。この辺りではみたことのない美しい女です。 息子「誰だろう、美しい娘だ。」 息子はそばに近寄りました。女は息子に気付くとびっくりしたようにこちらを見ています。白い布は近くの松の木にかけてありました。 手を伸ばすとそれに答えるかのように、柔らかい布は枝からするすると落ちて来たので息子は両手で抱えました。 軽くて香しいじゃこうのような香りがします。 息子「何とかぐわしい香だ、とても美しい布だ、持って帰って家の宝にしようか。」 すると、女が小走りにやってきて、何かそれを返してくれというようなしぐさをしました。 息子はかえすのは惜しいと思いましたがその布はするりと息子の手からすり抜けて、ふわりと浮いて女の手のほうに行ってしまいました。 息子「あ!待って、待ってくれ。」 女はそれを身にまとうと岩陰に隠れてしまいました。 女と入れ違いに魚がぴしゃんと海から飛び上がりました。 息子「おや、魚がはねたぞ、ここで釣ればたくさん釣れそうだ。」 息子は釣竿をつかんでそちらのほうに糸を垂らすとすぐ魚がかかりました。それからは釣れるは釣れるは。次から次へと魚があがりました。息子は女のことなどすっかり忘れて魚を釣りました。 岩陰から白い煙が上がったかと思うと、中から白いものが空めがけてかけあがり、煙はいつの間にかすーっと消えてしまいました。 それからそのあたりで魚がよく釣れるようになったということです。 そののちいつしか布がかけられていた松を「羽衣の松」と人々はいうようになりました。2024.8. おつぎ...more15minPlay
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