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日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
いつの間にか、世間は秋ですね。
さて、今回は(も?)このひと月で読んだ本や観た映画などの作品を入り口にして話をしてみました。
特にクローズアップしたのは、塚本晋也監督の映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』。
映画の主人公、ネルソンさんが向き合ったことは、ハードで、ままならない人生をなんとかかんとかやってゆくための、「治める」という営みだったのかもしれません。
それは、ひょっとすると、例えば合気道とか読書とかにも通ずる話だったりするのかもしれません。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
終わりゆく夏。コミュニケーションの手前で佇み続け、世を憂うことにも若干、草臥れ気味。ぬけがらのような「空っぽ感」を感じて、少し休息が必要そう。つまるところ、夏バテなのかもしれない。ということで、映画や音楽などに触れたりしてエネルギーを充電し、心身のコンディションを整える秋にしたいと考える9月。
色々と少しずつペースダウンをしつつ、自分の「疲れ」にも耳を傾けてあげることは大切だな、と思います。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
放送も2年半を超え、あれこれと色んなことに言及してきましたが、このあたりで、ぼちぼち各々の現在地を再確認してみようということになりました。いわゆる、「棚卸し」です。
で、「棚卸し」とは言え、結局は「卸し」きれずに、むしろ、「こんなものが棚の上に?」という謎の置物を発見してしまったり。
特に何かのテーマを添えなかっただけで、なんだかんだ、いつも通りだったなぁ、と思いました(笑
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
今回は、最近体験した「言論にまつわる出来事」を依代にして、「公正」について考える、その「とば口」に立ってみました。
人は言葉によって他者とつながり、社会を形づくっています。SNSを見ていると、自分に近い価値観の言葉に囲まれて強い共感を覚えることがあります。そうした共感は、ときに自らの価値観を確信へと変え、異なる価値観との論争へと私たちを向かわせます。論争の中で私たちは疲れ、憤りを覚え、ときに自らの考えに迷いを抱く。そして再び、安心できる共感の言説へと立ち戻り、それよって自らの価値観を再確認することで、また論争へと向かっていく。私たちの社会は、そのどちらか一方ではなく、この循環の「あいだ」に在るのかもしれません。
共感も論争も、単純に良し悪しでは語れないものとして見つめてみる。だからこそ、多様な言葉がともに在るための「公正」という交通ルールが必要なのではないか―。朱善哲さんの『公正を乗りこなす』を片手に、そんな問いについて考えてみました。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
早いもので、第30椀になります。
皆様は「暴力」や「非暴力」という言葉にどのようなイメージを抱くでしょうか。今回は、それらの言葉の持つ意味合いを深堀りしつつ、「市民の持つ抵抗の自由と力」を毀損せずに発揮するにはどうすれば良いか、みたいなことまで話の射程を伸ばして考えました。いつだって、答えは吹く風の中。
ちなみに、ちと細かい話ですが、収録の中で戦争を駆動するプロパガンダの手法について触れましたが、ラジオという技術が世界に普及するのは、第1次世界大戦終了後でした。悪しからず。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
政治哲学者、思想家のハンナ・アーレントは「孤独」という概念について、「孤立(Solitude)」、「孤独(Loneliness)」、さらに「隔離(Isolation)」、という三つの形態を提唱していたそうです。
これらを、切り口(依り代)に、我々を取り巻く政治との向き合い方について延々と話しました。今回はいつもに増して長尺!そして、どうしても、政治エッセンスが濃くなりがちな昨今ですが、今は「そういう季節」なのだと割り切って行きますw
どうぞお付き合いください。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
4月も半分が過ぎようとしています。直近、夏日のような日があったり、気候変動も気になるところですが、相変わらず戦争だらけの世界情勢も気になるところです。日本の在り方も含め、本当に困ったことです。
今回、「内的整合性」という新しいワードが「お椀」に放り込まれたのですが、「デモ」への参加体験談などを通じて、この新語を解きほぐしつつ、世界や自分を取り巻く、「困ったこと」との向き合い方の模索を続けます。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
あっという間に3月。春めいてきたと同時に、花粉症やら確定申告やら年度末の業務やら何だか忙しない日々、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
世界ではアメリカとイスラエルがイランと交戦を始め、世界各地で「戦争」が起きていることが常態化しつつあるーというのは気のせいでしょうか。
そして、「戦争」が遠い地の出来事ではなく、我々の足元もヒタヒタと嫌な感じで近づい来ているのではないかーと考えるのは杞憂でしょうか。何にせよ、戦争に対しては「No.」を突き付けたいと考えます。そのために、アクションを起こしていようといまいと、「No.」という気持ちは、それだけでシンプルに連帯できるのではないか。
そんなことを話しました。決して明るい話題ではないけれど、怯まず、諦めず、これからも正面から見据えて行きます。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
前回の配信から約2ヶ月。ギリギリ月1配信を保てた感じでのリリースになりますが、すごく久しぶりな気がします。
今回は何となく、「道徳」と「倫理」について、少し深掘ってみてます。似たような言葉だけれど、その違いは?性善説や性悪説みたいな人間の根本的な話にも繋がるのではないか?
ーとかとか。
いつも通りゆるゆる話してみました。
日常の気になるテーマをゆるやかに「哲学」ととらえてお椀に乗せる、『哲学のお椀』。略して『哲椀』。
あけましておめでとうございます。2026年となりました。
年明けから、世界情勢はきな臭い感じですが、今年も平穏無事に暮らして行きたいなと祈りつつ、いつにもまして「まとまらない」感じでトークをしてみました。
まとまらないことにも「善さ」がある。そういうことを噛み締めつつ、今年もよろしくお願いします。
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