余白の朗読室

過失|CLEAR #2


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過失|CLEAR #2


雨の予報は知っていた。

午後から雨、夜にかけて強まる。スマホの天気アプリにそう出ていた。中村はそれを朝に確認して、荷台のシートをきつく締めた。それで十分だと思っていた。三十年近く、そうやってきた。

CLEARは使っていなかった。

理由を聞かれると、うまく説明できなかった。位置情報を常時送ること、車内の音が拾われること、走行データが蓄積されること。どれも決定的ではなかったが、全部を合わせると、なんとなく嫌だった。カーナビも古いままにしていた。道は体で覚えていた。

午後二時過ぎ、配達の三件目を終えて幹線道路に出た。

空は曇っていたが、まだ雨は来ていなかった。

気づいたのは、交差点が近づいたあたりだった。歩道に人がいなかった。いつもなら、この時間帯には買い物客や学生が歩いている道だった。タクシーも見当たらなかった。路地に数台、止まっているのが見えた。

おかしいとは思わなかった。

雨が来たのは、その三分後だった。

突然だった。フロントガラスが一瞬で白くなった。ワイパーを最速にしても、前が見えなかった。中村は速度を落とした。交差点まで、あと五十メートルほどだった。

ブレーキを踏んだのは、横断歩道に人影が見えた瞬間だった。

間に合わなかった。

衝撃は小さかった。速度は十分落ちていた。しかし、女性は転倒した。買い物袋が散らばった。幼い子どもが、母親の隣で立ったまま泣いていた。

中村は車を止めて外に出た。雨の中、膝をついて女性に声をかけた。意識はあった。足を打ったようだった。救急車を呼んだ。

それが始まりだった。


裁判になったのは、六ヶ月後だった。

争点は、事故そのものではなかった。中村の弁護士は、速度、視界、制動距離、横断歩道の状況、すべてにおいて中村の運転は通常の注意義務を果たしていたと主張した。雨は急だった。避けようがなかった。

しかし検察側は、別の数字を出してきた。

事故発生の十一分前、CLEARはこの交差点周辺に強雨の警告を出していた。利用者の九十二パーセントが、その通知を受け取っていた。歩行者の多くは地下道へ移動し、タクシーはこの区域を迂回していた。被害者の女性も、CLEARの通知を受けて予定を繰り上げ、帰宅を急いでいたのだった。

中村だけが、通常の道を通常の速度で走っていた。

「CLEARは民間サービスです」と弁護士は言った。「利用を義務づける法律は存在しません。」

「義務ではない」と検察側は言った。「しかし、現在のCLEARの的中率、普及率、そして今回のように公共通知として発信されていた事実を考えれば、利用しないことが社会通念上の注意義務を欠いていたと判断できます。」

中村は法廷で、何度もその言葉を聞いた。

社会通念上の注意義務。

使えとは言っていない。ただ、使わなかったことが罰せられる。

判決は、CLEARの利用を法律上の義務とは認定しなかった。しかし、CLEARを利用していれば事故を回避できた可能性が高いとして、過失を重く認定した。

その夜のニュースは短かった。

CLEAR未利用、過失認定に影響。高精度予報時代の安全義務に新判断。

中村はテレビを消した。


スマホを手に取ったのは、深夜だった。

画面にCLEARの登録画面が表示されていた。いつ開いたのか、自分でもわからなかった。

あなたの地域では、安全通知の受信が推奨されています。

登録ボタンは、画面の中央にあった。

押せば、もう同じ側に入れる。通知が来て、警告が出て、避けるべき道がわかるようになる。濡れない側に。裁かれない側に。

中村は画面を見たまま、動かなかった。どれくらい経ったのか、自分でもわからない。気づくと、指が登録ボタンに触れていた。

登録を終えると、画面には明日の予報が表示された。降水確率は0%だった。

それでも男には、雨の音が聞こえていた。​​​​​​​​​​​​​​​​

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余白の朗読室By tosusia