「目の付け所」という言葉があります。二人の人が同じ風景を眺めていても、目の付け所が違うと、風景は違ったふうに、違った意味をもったものとしてうつります。私たちの目は、目に入ってくるものを何でも受け取っているのではありません。心で見たいと思っているものを探しながら見ているのです。心がうきうきしているとき、世界はバラ色に見えます。けれども、心が沈み込んでいるとき、世界は灰色に見えます。そうはいっても、目の前の現実によって強力に心がつかまえられてしまうこともあります。ショッキングな光景を見るとき、私たちの心が絶望や恐怖の淵に追いやられることがあるのは事実です。けれども、その時でさえ、何がショッキングなのか、それを決めているのは私たちの心の方です。聖書は、ある時はおだやかに、ある時は激しく、私たちの物の見方に挑戦し、揺さぶりをかけ、ひっくり返すようにと迫ります。預言書と呼ばれる文書は、なかでも激しい言葉遣いで私たちに迫ります。
(続きは音声でお聞きください)
170827_荒地に川を見出そう_イザヤ書43章14-21節_原牧師_宣教.mp3
礼拝宣教ガイド(レジメ)はこちらからどうぞ。
主日礼拝宣教ガイド 20170827_荒地に川を見出そう_イザヤ43章14~21節.pdf