このコンテンツは '18/12/02 、学士会館 (神保町) において行われた日本コーヒー文化学会(JCS)の年次集会の書き起こしを会員のjazzywadaがNotebookLMで処理、出力したものです。
AI音声特有の誤読等たくさんありますがご容赦ください。
日本コーヒー文化学会の設立25周年を記念した会合の記録であり、第一回学会賞を受賞した成田専蔵氏の功績や各委員会の活動報告をまとめたものです。成田氏は、故郷の弘前市でコーヒーを通じた地域振興や歴史的背景の継承に尽力し、その情熱的な歩みを自らの言葉で語っています。あわせて、社会人文科学、地域文化、生産流通、焙煎抽出、コーヒーサイエンスという5つの専門部会が、それぞれの視点からこれまでの研究成果と今後の展望を発表しています。各委員長によるクロストークでは、品質の定義や美味しさの本質、さらには次世代への文化継承といった多角的な議論が交わされました。全体を通して、コーヒーを単なる飲料ではなく、学術的・文化的な探求の対象として発展させようとする学会の強い意志が示されています。
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一杯のコーヒーは、かつて「命の薬」だった。北の街から届いた、私たちの知らないコーヒーの物語
現代の私たちにとって、コーヒーは日常に溶け込んだ身近な飲み物です。しかし、その黒い液体の背景には、私たちの想像を超える深い歴史、最新科学の探究、そして地域社会の絆が隠されています。
かつて青森県弘前市は、人口約17万人の街に650店舗もの喫茶店がひしめき合い、「市民250人に1店舗」が喫茶店という、全国でも類を見ないほどのコーヒー熱を誇っていました。なぜこの北の街で、これほどまでにコーヒーが愛されてきたのか。そこには、単なる嗜好品としての枠を超えた、切実で深遠な物語があります。
今回は、日本コーヒー文化学会の第1回学会賞を受賞した成田専蔵氏の歩みと、専門家たちの議論から見えてきた「コーヒーを巡る5つの驚きの事実」を、知的な物語として紐解いていきます。
現代ではリラックスタイムの象徴であるコーヒーですが、幕末の日本においては、生き抜くための「薬」としてその歴史を刻み始めました。
1855年、江戸幕府の命により北方警備に赴いた津軽藩兵たちは、極寒の地で「浮腫病(ふしゅびょう)」という命に関わるビタミン欠乏症に苦しめられていました。その予防薬として配られたのが、当時はまだ珍しかったコーヒーでした。これが、日本人が「生存のための薬」としてコーヒーを飲んだ最初期の事例とされています。
現代の華やかなサードウェーブとは対極にある、泥臭くも切実な一杯。成田氏は、その歴史の重みを次のように語ります。
「そのコーヒー一杯は非常にありがたい飲み物。命を救うために飲んでいた」
この「一杯のありがたさ」という原体験こそが、日本のコーヒー文化の底流にある精神性を形作っているのです。
コーヒーは、日本の伝統的な信仰や「祈り」の場とも深く結びついています。北海道・稚内の宗谷岬には「津軽藩兵詰合記念碑」が建っていますが、これは成田氏が数百万という私財を投じ、自らのコーヒーへの情熱が本物かどうかを問う「精神的な試練」として建立したものです。
また、弘前の長勝寺では「コーヒー法要」が営まれており、先人へのリスペクトを捧げる場となっています。こうした試みは、単なるイベントではなく、日本独自の精神文化として昇華されています。
- コーヒー茶会の広がり: 宗教施設でコーヒーを振る舞う「コーヒー茶会」は商標登録もされており、全国的な広がりを見せています。
- 日本的ウェスタン・カルチャーとしてのSBNR: 「宗教的ではないがスピリチュアル(SBNR)」という概念が注目されていますが、これは既存の宗教の枠を超え、先人の記憶を一杯のコーヒーに託す「日本流の西洋文化」の再構築と言えるでしょう。
- 継承される感謝: 命を救った「一杯のありがたさ」を忘れないための、現代的な祈りの形です。
「美味しさ」の根幹である「鮮度」は、これまで経験則で語られることが多くありました。しかし最新科学は、この「見えない価値」を可視化しようとしています。
日本コーヒー文化学会のサイエンス委員会(後藤氏、山本氏ら)の報告によれば、コーヒーに含まれるポリフェノールの一種、クロロゲン酸が酸素と反応して酸化・劣化する際、微かな光(化学発光)を放つことが解明されています。この化学発光を測定することで、コーヒーの劣化具合を客観的な数値として把握することが可能になるのです。
後藤氏は、このイノベーションの意義を次のように説いています。
「見えないものを見ることで分析したり解析できる。それがイノベーションに繋がる」
鮮度が可視化されることで、消費者の保存習慣は変わり、かつて藩兵が求めた「命を救う鮮度(ありがたさ)」は、科学の力で現代の美味しさへと接続されていくのです。
青森県弘前市では、地域の歴史と資源を掛け合わせた「4者協定(弘前大学、青森銀行、西目屋村、成田専蔵氏)」による画期的なプロジェクトが進んでいます。
このプロジェクトの核となるのは、廃棄される「リンゴの木」の活用です。
- 課題解決: 後継者不足や病害で放置されたリンゴ園から出る廃材を回収する。
- 伝統の継承: 成田氏の弟である炭造氏が営む「白神炭工房」の技術を用い、リンゴの木を伝統的な「白神炭」へと変える。
- 付加価値: その炭を熱源としてコーヒーを焙煎する。
これは単なるエコ活動ではありません。かつて薪炭産業が盛んだった地域の歴史と、現代のコーヒー産業を融合させ、地域全体で新しい価値を生み出す「循環型モデル」の先駆的事例なのです。
一方で、現代のコーヒー業界には「過度な演出」による混乱も生じています。堀口氏や山内氏といった専門家は、近年の極端なトレンドに対して警鐘を鳴らしています。
例えば「アナエロビック(無酸素発酵)」などの特殊な生成方法です。これが過剰になると、コーヒー本来の豆の品質やテロワールを覆い隠してしまいます。上吉原氏が紹介したエピソードは象徴的です。
- 「白菜の漬け物の味がするコーヒー」: 近年の過激な発酵トレンドの結果、本来のフルーティーさではなく、まるで漬け物のような異臭を放つ豆が「新しい味」として市場に流通してしまうケースがあります。
流行を追うあまり、コーヒーが本来持っている「正しい作り方による正しい味」から離れていないか。私たちが「美味しい」と感じる評価がいかに主観的で、社会的なブームに流されやすいものであるかを、今一度見つめ直す必要があります。
コーヒーは単なる液体ではありません。それは、極寒の地で命を繋いだ藩兵たちの記憶であり、クロロゲン酸の光を追う科学の探究であり、リンゴの木を炭に変えて地域を潤す絆のデバイスでもあります。
成田専蔵氏が数百万の私財を投じて宗谷岬に石碑を建てたとき、それは彼にとっての「本気の証明」でした。現代の私たちが手軽に楽しむ一杯の背景にも、それと同じくらい重厚な、歴史と情熱の物語が詰まっています。
あなたが明日飲むその一杯には、どんな物語が隠されているでしょうか?
その温もりを感じる時、かつて北方で「ありがたい」と震えながらコーヒーを啜った先人たちの祈りに、少しだけ思いを馳せてみてください。
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