流れのほとりに

角笛のような大きな声~黙示録のトーン~(ヨハネの黙示録1章9節~13節)


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序)黙示録の主題(ここまでの復習)

・1:1「起こるべきこと」=「神の国の到来(実現)」

・実現の鍵は神の国の「国府」である教会にある。

・1:7「見よ、その方は雲と共に来ている」=再臨まで何も起こらないのではない!「神が来る」=「さばきの実現」である。

・1:10「うしろから」=過去の出来事が象徴化され未来を語るもの。

1)「ラッパ」は「角笛」とも訳される

・旧約聖書はヘブル語(一部アラム語)で書かれたが、アレキサンダー大王の言語政策によってヘブル語がわからなくなったユダヤ人のために、ギリシア語訳(七十人訳聖書)がつくられた。

・ヘブル語では「角笛(ショーファー)」と「ラッパ(カトセラー)」は区別されるが、ギリシア語では区別する単語がないためどちらも「サルピングス」となっている。そこから日本語訳がされるのだが「ラッパ」より「角笛」が適切。

・「角笛のような大きな声」と訳すとイザヤ書 58 章との繋がりが明瞭になる。「角笛」は頻繁に使われるが「角笛のような声」はこの箇所のみ。

2)「角笛のような大きな声」は悔い改めを求める

・イザヤ 58:1 は「罪と背きを告げよ」。嬉しい楽しい音色ではない。

・神の国の鍵が教会にあるなら、神の国が来ていない原因は教会にある。教会が悔い改めれば、神の国は来ることになる。

・イザヤ58章 1節~12節全体が、ヨハネの引用の意図である。そこから悔い改めるべきことをひとつ理解することができる。

3)宗教的実践は十分、しかし…

・2 節では、神のさばきを求めているポジティブなイメージがある。

・3 節で「どうして認めてくれないのか」と不平が語られる。

・4 節~、イスラエルの実態が明らかになる。敬虔に見える「断食」は見掛け倒しであった。中身(行動)のない敬虔さは、何の意味もない。

・信仰と生活の断絶、日曜日と平日の断絶、教会と家・学校・会社の断絶を悩んでいるなら希望があるが、開き直っているなら「角笛」が鳴る!

・エペソの教会とラオディキアの教会に、このことは如実に出ていた。

・「七つの教会」は時空を超えた、すべての地域教会の象徴である。

・21 世紀の日本の教会に漂う閉塞感、失速感の原因と処方箋は、明確。

結)「燭台」に火はついているのか?

・伝道も社会的実践も、教会みんなで取り組むことである。

・偽善には気を付けなくてはいけない。

・主の聖餐は、この働きのために神の国の「高官たち」が力をつける食事

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流れのほとりにBy キリスト教たんぽぽ教会


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