1922年頃、賢治が農学校の教え子たちのために作詞して、皆で歌っていたという行進曲です。賢治らしい語彙が輝くその歌は、朝焼けの北上山地の情景に託して、岩手の農業の「夜明け」と、それを担う青年たちに贈るエールでした。
歌詞の二番で「金の鎌」というのは、空にかかる鎌の形をした月(五日月)のことで、ここでは「銹びし鎌」に象徴される古い農業が沈んだ後に、朝日に輝きつつ、若者たちとともに新しい「犂」が現れる、という形になっています。田畑を耕す農具である「すき」は、漢字で書くと、人間が引く「鋤」と、家畜が引く「犂」とがありますが、「鋤」は「鍬」などとともに、江戸時代から使われる伝統的な農具であったのに対して、畜力を利用した「短床犂」は明治末期に完成して普及が始まり、大正時代から昭和30年頃までは、これが全国で広く使用されていたということです。すなわち、この「燦転」たる「犂」は、大正時代の片田舎では、新たな農業の象徴でもあったのでしょう。
歌曲の旋律は、第一高等学校の寮歌「紫淡くたそがるゝ」のものを借用したものです。単純なメロディーですが、歌詞の凛々しい雰囲気とほどよくマッチしていますね。
「夜明け」の歌であることにちなんで、前奏では「起床ラッパ」をイメージしてみました。
<歌詞>
蛇紋山地の 赤きそら
雲すみやかに過ぎ行て
夢死とわらはん田園の
黎明いまは果てんとす
銹びし五日の 金の鎌
かの山稜に 落ち行きて
われらが犂の 燦転と
朝日の酒は 地に充てり
起てわが気圏の戦士らよ
暁すでに やぶれしを
いま角礫のあれつちに
リンデの種子をわが播かん
とりいれの日は遠からず
微風緑樹の 荘厳と
禾穀の浪は きららかに
歓呼は天も 応へなん
ふるふ地平の紺の上
広き肩なすはらからよ
げに辛酸のしろびかり
になひてともに過行かん