宮澤賢治の歌曲の世界

宮澤賢治の歌曲の世界

By www.ihatov.ccMusic
Download on the App Store

宮澤賢治の歌曲の世界 episodes

  • 鈴木憲夫作曲混声合唱曲「雨ニモマケズ」
    作曲者鈴木憲夫氏は、20年もの歳月をかけて賢治の「雨ニモマケズ」に取り組み、「この詩と永いこと私なりの付き合いをしていくうちに、賢治の生き方そのものこそを音楽で表したいと思うようになりました」と述べておられます。この言葉のとおり、歌詞として重要な意味を帯びて取り入れられた「南無妙法蓮華経」の唱題や「略式十界曼荼羅」の菩薩や如来の名前、冒頭の「賢治…賢治…」の呼びかけと風の音の重層、曲の最後の終わり方など、賢治の生涯や世界観を象徴するような構成が、随所にみられます。
     メロディーやハーモニーの美しさも、この曲の大きな魅力です。
    <歌詞>
    雨ニモマケズ
    風ニモマケズ
    雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
    丈夫ナカラダヲモチ
    慾ハナク
    決シテ瞋ラズ
    イツモシヅカニワラッテヰル
    一日ニ玄米四合ト
    味噌ト少シノ野菜ヲタベ
    アラユルコトヲ
    ジブンヲカンジョウニ入レズニ
    ヨクミキキシワカリ
    ソシテワスレズ
    野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
    小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
    東ニ病気ノコドモアレバ
    行ッテ看病シテヤリ
    西ニツカレタ母アレバ
    行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
    南ニ死ニサウナ人アレバ
    行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
    北ニケンクヮヤソショウガアレバ
    ツマラナイカラヤメロトイヒ
    ヒデリノトキハナミダヲナガシ
    サムサノナツハオロオロアルキ
    ミンナニデクノボートヨバレ
    ホメラレモセズ
    クニモサレズ
    サウイフモノニ
    ワタシハナリタイ
      南無無辺行菩薩
      南無上行菩薩
      南無多宝如来
    南無妙法蓮華経
      南無釈迦牟尼佛
      南無浄行菩薩
       南無安立行菩薩
    12 min
  • 雨ニモマケズ(千原英喜作曲『混声合唱とピアノのための組曲 雨ニモマケズ』より)
    作曲者千原英喜氏は、この組曲について、「賢治の世界と対話しながらの創作の日々、書き留められて行くメロディーやハーモニーのひとつひとつに喜びを感じながら、至福の時を過ごした。」と書いておられます。
     そして、「告別(1)」「告別(2)」「野の師父」と続く組曲の終曲、「雨ニモマケズ」について千原氏は、「詩の冒頭 “雨ニモマケズ、風ニモマケズ” にヴァイタリティを感じてはならないと人は言うかもしれない。しかし私には雨風の中へ勇猛果敢に飛び出し行く賢治の姿が見えるのだ。東に西に人々を励まし歩く声が聞こえて来るのだ。彼の一生を顧みて、つねに企画し、挫折し、また新たに物事をおこす前向きなエネルギーに心打たれる。私は賢治の魂にエールを送ろう。哀憐の調べではなく、勇気奮い立つ響きで彼を讃えよう。そして賢治とともに私は颯爽と山野をかけめぐるのだ。Alla Marcia―行進曲風に、活き活きと、アッコード(和弦)に力漲らせて。曲は今を生きる皆への応援歌、命の讃歌だ。」と記します。
     勇壮なピアノのコードで刻まれる合唱曲です。声のパートは、ソプラノを初音ミク、アルトをMeiko、テノールとバスをKaitoが担当しています。
    <歌詞>
    雨ニモマケズ
    風ニモマケズ
    雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
    丈夫ナカラダヲモチ
    慾ハナク
    決シテ瞋ラズ
    イツモシヅカニワラッテヰル
    一日ニ玄米四合ト
    味噌ト少シノ野菜ヲタベ
    アラユルコトヲ
    ジブンヲカンジョウニ入レズニ
    ヨクミキキシワカリ
    ソシテワスレズ
    野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
    小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
    東ニ病気ノコドモアレバ
    行ッテ看病シテヤリ
    西ニツカレタ母アレバ
    行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
    南ニ死ニサウナ人アレバ
    行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
    北ニケンクヮヤソショウガアレバ
    ツマラナイカラヤメロトイヒ
    ヒデリノトキハナミダヲナガシ
    サムサノナツハオロオロアルキ
    ミンナニデクノボートヨバレ
    ホメラレモセズ
    クニモサレズ
    サウイフモノニ
    ワタシハナリタイ
    8 min
  • いさをかゞやく バナナン軍(コミックオペレット「飢餓陣営」より)
    コミックオペレット「飢餓陣営」のフィナーレを飾る歌が、「いさをかゞやく バナナン軍」です。賢治は、明治時代に流行した軍歌「教導団歌」の旋律に、14節28行の長い歌詞を付けて、「飢餓陣営」全体のあらすじを回顧するという形の歌にしました。映画の終わりに、回想シーンが順に映されていくようなもので、劇の最後に登場人物全員で行進しながらこれを歌えば、観客もあらためて印象を深めることができたでしょう。
    <歌詞>
    いさをかゞやく バナナン軍
    マルトン原に  たむろせど
    荒さびし山河の すべもなく
    飢餓の 陣営   日にわたり
    夜をもこむれば つはものの
    ダムダム弾や  葡萄弾
    毒瓦斯タンクは 恐れねど
    うゑとつかれを いかにせん
    やむなく食みし 将軍の
    かゞやきわたる 勲章と
    ひかりまばゆき エボレット
    そのまがつみは 録(しる)されぬ
    あはれ二人の  つはものは
    責に死なんと  したりしに
    このとき雲の  かなたより
    神ははるかに  みそなはし
    くだしたまへるみめぐみは
    新式生産体操ぞ。
    ベース ピラミッド カンデラブル
    またパルメット エーベンタール
    ことにも二つの コルドンと
    棚の仕立に   いたりしに
    ひかりのごとく 降(くだ)り来し
    天の果実を   いかにせん
    みさかえはあれ かゞやきの
    あめとしめりの くろつちに
    みさかえはあれ かゞやきの
    あめとしめりの くろつちに
    <編曲の構成>
     マルトン原の夜のしじまの中、幕営で眠る兵士の耳には、寂しい軍隊ラッパがこだまします。それは、マルトン原を囲むく山々の彼方から聞こえてくるのか、はたまた兵士の記憶の底から響いてくるのでしょうか。
     続いて弦楽器が、「行進歌」本体の前半部と後半部のモチーフをもとにした緩徐な旋律を奏ではじめます。そのうちにメロディーはいつしか、「チッペラリーの歌=私は五聯隊の古参の軍曹」に変容していき、曲はしだいに軍楽調の行進曲となって盛り上がった後、序奏部分は終わって、行進歌の第一節「いさをかゞやく バナナン軍…」が、歌いはじめられます。
     第三~四節目「夜をこむれば つはものの/ダムダム弾や 葡萄弾…」のあたりでは、曲冒頭に出てきたファンファーレが進軍ラッパのように響くとともに、銃撃や砲弾の音も聞こえてきます。このあたりは勇ましい様子なのですが、「うゑとつかれを いかにせん…」という切実な現実に遭遇すると、音楽からは力が抜けていってしまいます。この部分の伴奏音型は、「一時半なのにどうしたのだらう」の編曲から引用されていて、例の「銅鑼」も登場します。
     しばしの迷いの沈黙の後、第五節「やむなく食みし 将軍の…」となり、バナナン大将の勲章を食べてしまった責任を負って、二人の兵士はまさに自殺を決行しようとします。この場面でオルゴールが懐古的な調子で奏でるのは、兵士たちが罪を悔いて歌った「飢餓陣営のたそがれの中」のメロディーです。
     この時、まさに祈りのオルゴールの断片も果てようとした瞬間、奇跡が起こります。それまで怒り心頭に発していたバナナン大将は、神様から「生産体操」の啓示を受けたのです。
     曲は長三度上へと転調して、あたかも天使たちの合唱のように、第八~九節「このとき雲のかなたより…」が、弦楽器やチェレスタの伴奏によって歌われます。
     これに続く第十~十二節、「ベース ピラミッド カンデラブル…」に始まる「生産体操」の部分は、また極端に一転して、民謡の「音頭」のリズムになります。今回この部分を、日本の伝統的な祭りにおける「踊り」の音楽にしてみた理由の一つは、もともとこの旋律が民謡調だからですが、もう一つの理由は、「生産体操」というものの意味にあります。
     これは、学校で行われるので「体操」と呼ばれているのでしょうが、じつはその本質は、歌詞を見たらわかるとおり、農作業の動作の型を身体の動きで表現した後、天の恵みに感謝するというもので、まさに秋の収穫祭で農民たちによって踊られる「田植え踊り」などと同質のものなのです。そのような「踊り」は、「すべての農業労働を」「舞踊の範囲に高め」る(「生徒諸君に寄せる」)ことを願った賢治の思いにも、そのまま通じるものでしょう。
     第十二節では、「天の果実を いかにせん…」と収穫物を讃えつつ、皆の踊りは笛や太鼓とともに最高潮に達していきます。
     最後は第十三~十四節、「みさかえはあれ かゞやきの…」という自然(雨と土)の讃歌の合唱に移り、男声と混声で二回繰り返されます。
     その感謝の祈りはチェレスタの響きとともに静かに天に昇っていって、締めくくりはまた夢のように、序奏と同様の静かな弦楽合奏によって閉じられます。
    6 min
  • ポラーノの広場(鈴木輝昭作曲『イーハトーヴ組曲』より)
    童声(女声)合唱とピアノによる『イーハトーヴ組曲』の終曲は、宮澤賢治の「ポランの広場」と、「ポラーノの広場のうた」の歌詞を合体させたものです。ことに、「ポラーノの広場」の部分のコラールは賢治の詩と一体となって美しく、この部分だけを抜粋して演奏されることもあります。
     VOCALOID の‘Meiko’をベースにした合唱でお聴き下さい。
    <歌詞>
    つめくさの花の 咲く晩に
    ポランの広場の 夏まつり
    ポランの広場の 夏のまつり
    酒を呑まずに  水を呑む
    そんなやつらが でかけて来ると
    ポランの広場も 朝になる
    ポランの広場も 白ぱっくれる。
    つめくさの花の かほる夜は
    ポランの広場の 夏まつり
    ポランの広場の 夏のまつり
    酒くせのわるい 山猫が
    黄いろのシャツで出かけてくると
    ポランの広場に 雨がふる
    ポランの広場に 雨が落ちる。
    つめくさのはなの 終る夜は
    ポランの広場の 秋まつり
    ポランの広場の 秋のまつり
    水をのまずに酒を呑む
    そんなやつらが威張っていると
    ポランの広場の 夜が明けぬ
    ポランの広場も 朝にならぬ。
    つめくさの花のしぼむ夜は
    ポランの広場の秋まつり
    ポランの広場の秋のまつり
    酒くせの悪い山ねこは
    黄いろのシャツで遠くへにげて
    ポランの広場は朝になる、
    ポランの広場は 夜が明ける
    つめくさ灯ともす 夜のひろば
    むかしのラルゴを うたひかはし
    雲をもどよもし  夜風にわすれて
    とりいれまぢかに 年ようれぬ
    まさしきねがひに いさかふとも
    銀河のかなたに  ともにわらひ
    なべてのなやみを たきゞともしつゝ
    はえある世界を  ともにつくらん
    6 min
  • 水汲み
    戦後日本を代表する作曲家の一人であった高田三郎(1913-2000)が、深く愛した宮澤賢治の詩に作曲した無伴奏混声合唱組曲『心象スケッチ』(1969)から、その第一曲「水汲み」です。
     詩は、賢治が農学校を辞職して自ら「一人の農民」となって耕筰を始めた頃の作品で、「水を汲んで、砂へかけて…」というリフレインの反復が、農業労働の苦しさとともに、静かな喜びを表しているようでもあります。高田三郎の曲では、これらのフレーズが繰り返されるとともに、徐々に弱く、緩徐に歌われることで、「疲労」を表現しつつ、あたかもある種の「浄化」がなされていくような印象を与えます。
     演奏は、ソプラノとアルトがVOCALOIDの‘Meiko’、テナーとバスが‘kaito’です。
    <歌詞>
      水汲み
    ぎっしり生えたち萓の芽だ
    紅くひかって
    仲間同志に影をおとし
    上をあるけば距離のしれない敷物のやうに
    うるうるひろがるち萓の芽だ
       ……水を汲んで砂へかけて……
    つめたい風の海蛇が
    もう幾脈も幾脈も
    野ばらの藪をすり抜けて
    川をななめに溯って行く
       ……水を汲んで砂へかけて……
    向ふ岸には
    蒼い衣のヨハネが下りて
    すぎなの胞子(たね)をあつめてゐる
       ……水を汲んで砂へかけて……
    岸までくれば またあたらしいサーペント
       ……水を汲んで水を汲んで……
    遠くの雲が幾ローフかの
    麺麭にかはって売られるころだ
    4 min
  • ポランの広場(旧校本全集版)
    賢治が残した数多くの歌曲のなかで、一般に歌われることの最も多いのはおそらく「精神歌」で、次いで二番目は「星めぐりの歌」なのではないでしょうか。では、三番目は何だろうと考えると、私は、この「ポランの広場」だろうと思うのです。
     毎年の「賢治祭」では、菊池裕さん率いる「桜町ママさんコーラス」が、たいていこの歌を披露してくれますし、岩手県出身の作曲家加藤學氏も、「混声合唱のためのイーハトーヴォ幻想」という作品の中心に、この曲を据えておられます。
    最新の『【新】校本宮澤賢治全集』からは、この曲は姿を消しているのですが、旧版『校本全集』の楽譜をもとに、VOCALOID で演奏を再現しました。伴奏は、アコーディオンと鉄琴だけという素朴なものにしてあります。
    <歌詞>
    つめくさの花の 咲く晩に
    ポランの広場の 夏まつり
    ポランの広場の 夏のまつり
    酒を呑まずに  水を呑む
    そんなやつらが でかけて来ると
    ポランの広場も 朝になる
    ポランの広場も 白ぱっくれる。
    つめくさの花の かほる夜は
    ポランの広場の 夏まつり
    ポランの広場の 夏のまつり
    酒くせのわるい 山猫が
    黄いろのシャツで出かけてくると
    ポランの広場に 雨がふる
    ポランの広場に 雨が落ちる。
    3 min
  • 黎明行進歌
    1922年頃、賢治が農学校の教え子たちのために作詞して、皆で歌っていたという行進曲です。賢治らしい語彙が輝くその歌は、朝焼けの北上山地の情景に託して、岩手の農業の「夜明け」と、それを担う青年たちに贈るエールでした。
     歌詞の二番で「金の鎌」というのは、空にかかる鎌の形をした月(五日月)のことで、ここでは「銹びし鎌」に象徴される古い農業が沈んだ後に、朝日に輝きつつ、若者たちとともに新しい「犂」が現れる、という形になっています。田畑を耕す農具である「すき」は、漢字で書くと、人間が引く「鋤」と、家畜が引く「犂」とがありますが、「鋤」は「鍬」などとともに、江戸時代から使われる伝統的な農具であったのに対して、畜力を利用した「短床犂」は明治末期に完成して普及が始まり、大正時代から昭和30年頃までは、これが全国で広く使用されていたということです。すなわち、この「燦転」たる「犂」は、大正時代の片田舎では、新たな農業の象徴でもあったのでしょう。
     歌曲の旋律は、第一高等学校の寮歌「紫淡くたそがるゝ」のものを借用したものです。単純なメロディーですが、歌詞の凛々しい雰囲気とほどよくマッチしていますね。
     「夜明け」の歌であることにちなんで、前奏では「起床ラッパ」をイメージしてみました。
    <歌詞>
    蛇紋山地の 赤きそら
    雲すみやかに過ぎ行て
    夢死とわらはん田園の
    黎明いまは果てんとす
    銹びし五日の 金の鎌
    かの山稜に 落ち行きて
    われらが犂の 燦転と
    朝日の酒は 地に充てり
    起てわが気圏の戦士らよ
    暁すでに やぶれしを
    いま角礫のあれつちに
    リンデの種子をわが播かん
    とりいれの日は遠からず
    微風緑樹の 荘厳と
    禾穀の浪は きららかに
    歓呼は天も 応へなん
    ふるふ地平の紺の上
    広き肩なすはらからよ
    げに辛酸のしろびかり
    になひてともに過行かん
    2 min
  • 星めぐりの歌(鈴木輝昭作曲『イーハトーヴ組曲』より)
    鈴木輝昭氏が、オリザ・ジュニアコールの委嘱によって作曲したオペラ「双子の星」は、1988年に仙台において初演されました。
     オペラでは、原作童話の中に劇中歌のような形で描かれている「星めぐりの歌」が主要動機として展開されていきますが、後に作曲者はこの「星めぐりに歌」だけを取り出して、もとの管弦楽からピアノ伴奏によるヴァージョンの独立した合唱曲として、作りかえました。そしてこれは、宮澤賢治の他の童話においてやはり「劇中歌」のようにして現れる“歌”によって構成される、「イーハトーヴ組曲」の第一曲に置かれています。
    <歌詞>
     あかいめだまの さそり
     ひろげた鷲の  つばさ
     あをいめだめの 小いぬ、
     ひかりのへびの とぐろ。
     オリオンは高く うたひ
     つゆとしもとを おとす、
     アンドロメダの くもは
     さかなのくちの かたち。
     大ぐまのあしを きたに
     五つのばした  ところ。
     小熊のひたいの うへは
     そらのめぐりの めあて。
    4 min
  • 星めぐりの歌(加藤學 編曲)
    岩手出身の作曲家 加藤學の作品「混声合唱のためのイーハトーヴォ幻想」のなかから、第三曲「星めぐりの歌」です。
     加藤學氏は、岩手大学を卒業後、県内の高校の音楽教師・合唱指導者として教育に尽くした後、1992年からはフリーの作曲家として活躍しておられましたが、1998年に47歳の若さで亡くなりました。
     この「星めぐりの歌」は組曲のなかの愛すべき小品で、歌詞の二番の部分では、アルトとソプラノの輪唱に男声も掛け合い、まるでぐるぐると廻りつづける「星めぐり」を象徴するかのようです。
    <歌詞>
     あかいめだまの さそり
     ひろげた鷲の  つばさ
     あをいめだめの 小いぬ、
     ひかりのへびの とぐろ。
     オリオンは高く うたひ
     つゆとしもとを おとす、
     アンドロメダの くもは
     さかなのくちの かたち。
     大ぐまのあしを きたに
     五つのばした  ところ。
     小熊のひたいの うへは
     そらのめぐりの めあて。
    2 min
  • 敗れし少年の歌へる
    2004年10月に岩手県普代村に宮沢賢治の「敗れし少年の歌へる」詩碑が建立されたことを機会に、地元の合唱団から「宮澤賢治の詩の世界」管理人に作曲の依頼があり、作られた曲です。歌は、2005年10月8日に普代村で行われた「第17回コーラスライオット風定期演奏会」で披露されました。
    <歌詞>
     敗れし少年の歌へる
    ひかりわななくあけぞらに
    清麗サフィアのさまなして
    きみにたぐへるかの惑星(ほし)の
    いま融け行くぞかなしけれ
    雪をかぶれるびゃくしんや
    百の海岬いま明けて
    あをうなばらは万葉の
    古きしらべにひかれるを
    夜はあやしき積雲の
    なかより生れてかの星ぞ
    さながらきみのことばもて
    われをこととひ燃えけるを
    よきロダイトのさまなして
    ひかりわなゝくかのそらに
    溶け行くとしてひるがへる
    きみが星こそかなしけれ
    6 min

About 宮澤賢治の歌曲の世界

From the publisher's feed

宮澤賢治が作詩(一部作曲)した歌曲です