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テーマは「子どもに、これだけは伝えておきたいこと」。
勉強しなさい、挨拶しなさい、人に迷惑をかけないで。親は子どもにたくさんのことを教えようとしますが、もし一つだけ人生で大切なことを伝えられるとしたら、何を選ぶでしょうか。
岩井がまず口にしたのは、伝えたいことではなく、親から受け取ったけれど子どもには渡さなかった言葉でした。
「人生、金じゃない」。その言葉を長く握りしめてきたからこそ、いまはお金を恐れず、感謝して扱うことを自分に教え直しているところだといいます。
子どもたちが通った学校で出会った、ねたみも見返りもなく自然に分け合う家族の姿にも、そのヒントがありました。
しんたろうが伝えたいのは「優しい人であってほしい」ということ。その優しさは、まず自分自身に向けられるものだと考えています。
一方の岩井は、優しさにどこか身構えてしまう。優しさとは行為なのか、雰囲気なのか、それとも"総合格闘技"のような人間の総合力なのか。
答えの出ない問いを、二人はしばらく転がし続けます。
テーマは「子どもの頃、親に禁止されていたこと」。 コーラは骨が溶けるから駄目、フライドポテトもハンバーガーも駄目。岩井の家には、母が定めたルールがいくつもありました。 一方、しんたろうの家の"謎ルール"は、週に4〜5回の寄せ鍋。「寄せ鍋は一番高級なんだよ」と言い切る母は、暮らしが苦しくなってからも「シャンプーと米とお茶っ葉だけはいいものを買う」と譲りませんでした。そんな母の言葉を、いまは鍋に飽きた娘たちに向かって、にやにやしながらなぞっている。理不尽だった記憶も、時を経れば少しずつ"成仏"していくのかもしれません。 話は、親として禁止を"かける側"に回ったときのことへ。しんたろうは、少し頑張れば必ず越えられるペナルティと、自分の力で勝ち取るご褒美を用意します。岩井は、禁止するよりも望ましい行動を身につけさせ、選択を子どもに委ねてきました。
テーマは「子どもに言われて、忘れられない一言」。 20歳で母になり、仕事も子育ても全力で走ってきた岩井。中学から寮生活を送り、地元の価値観に染まらずに育った息子が、19歳のときにこう言いました。 「ママってこれから何でもできるね。10年本気でやれば一つのことができるなら、70歳までにあと3つはできるじゃん」 その一言を素直に受け取れたのは、10年ごとに新しい波に乗ってきた母の姿を、誰よりも近くで見ていた息子の言葉だったからかもしれません。 話は、17歳まで続けたクラシックバレエへの未練へと広がります。この夏、久しぶりに体験レッスンを受けてみて気づいたのは、自分が好きだったのは踊ることそのものより、あの世界の中に身を置くことだった、ということ。しんたろうは「その言葉が刺さったのは、消化しかけていた何かにちょうど触れたからではないか」と読み解きます。
テーマは「子どもに、世界の何を見せたい?」。
岩井が国境を訪れるのは、これで3度目。
最初は中学1年生、市の代表として参加した交流事業のときでした。
「何かを見せたい」というより、子どもの目を借りて、自分とは違うものに気づきたい。
息子を連れて最初に向かったのは、タイの孤児院でのワーキングホリデーでした。言葉の通じない子どもたちに囲まれ、皆が何に笑っているのかわからない。
その疎外感を口にした息子に返したのは、「それ、一生覚えときなよ」というひと言だけ。
翌年はモンゴルでうどんを打ち、その次はインドネシアへ。旅には生活のすべてが関わってくるのだと、息子の姿から教わったといいます。
一方のしんたろうが願うのは、情報があふれる時代に、子どもが"自分の軸"を持てるようになること。
貧困や戦争、国境や歴史。子どもにどこまで見せ、どう語るのかという問いにも話が及びます。
前に行けた場所に行けなくなり、なかったものができている。
三度目の国境は、歴史がいまも動いていることを教えてくれました。
テーマは「子どもに謝ったこと、ありますか?」。
「悪いことをしたら謝りなさい」と言われて私たちは育ちました。
では、親が子どもに「ごめん」と言うことは、どれほどあるのでしょう。
口の達者な上の子には謝る隙がなく、静かに泣く下の子からは自然と「ごめんね」が引き出された岩井の子育て。
親から謝られた記憶をほとんど持たないしんたろうと、「すまんな」が本当の謝罪ではなかったと気づいた岩井。
二人が受け取ってきた"謝罪のかたち"が語られます。そして、感情で叱らないためにしんたろうが編み出した"イエローカード・レッドカード制"。
約束を破った子どもと一緒に、なぜか自分もクローゼットに入り、家族旅行の留守番にも付き合ってしまう。崩れていく父の威厳とともに、「威厳は作るものではなく、相手が感じ取るもの」という話にたどり着きます。
旅と日常の中で引っかかった「なんでだろう?」を、まずは二人で好き勝手に語り合い、後半はADジャスミンが集めてきた研究やデータで"答え合わせ"する番組、「旅する2人の答え合わせ」。
第3回も、韓国・ソウルの江南からお届けします。
テーマは「子どもって、なんであんなに笑うんだろう」。「ばあ」は何千回やっても受ける。
「うんこ」「おなら」は無敵の三文字。
それなのに、大人になると同じ言葉で笑えなくなるのはなぜなのか。
甥っ子にかけられた「しんたろうって、ちゃんとした大人じゃないから面白い」というひと言から、話は"タブーを破る楽しさ"へ。
言ってはいけないと教えられた言葉だからこそ可笑しい。深夜にこっそり観たアニメを翌朝語れる、あの少しの背徳感にも通じるのかもしれません。
何も持っていなかった少年時代、"笑わせる側"を選んだしんたろう。
余興では座を譲らなかった岩井。笑いのツボは親子で似るのか、それとも共に過ごした時間が育てるのか。二人の家族の記憶も重なっていきます。
テーマは「なぜか惹かれる人って、誰かに似てない?」。恋愛に限らず、友人でも仕事仲間でも、初めて会ったはずなのに妙に話しやすい人や、理由はわからないのに気になる人がいます。
岩井の頭に浮かんだのは、11年前の研修の場で出会ったしんたろうでした。「何なの、この人?」という引っかかりの正体は、長い付き合いを経てようやく見えてきます。
それは、型にはまらず、愛情深く、どこか繊細さを隠した父の面影でした。温泉宿の余興で"座"をさらっていったオレンジのラルフローレンの記憶も交えながら、話は「どうしても受け付けない人」の側にも及びます。
好きも嫌いも、どこかで昔の暮らしの記憶とつながっているのかもしれません。
旅と日常の中で引っかかった「なんでだろう?」を、まずは二人で好き勝手に語り合い、後半はADジャスミンが集めてきた研究やデータで"答え合わせ"する番組、「旅する2人の答え合わせ」。記念すべき第1回は、韓国・ソウルの江南からお届けします。
テーマは「親の真似をしているなと思った瞬間」。
後半の答え合わせでは、ADジャスミンが調べてきた研究を紹介します。
生後18か月の子どもは、知らない大人の行動からでも学ぶ。9歳前後になると、難しい課題に粘るのか切り替えるのかという"取り組み方"まで親から写し取る。それでも子どもはコピー機ではなく、大人の説明や励まし、見守り方によって真似の仕方そのものが変わっていくそうです。
40代になって「似てきた」と気づくことは、終わりではなく、自分をもう一度育て直す入口なのかもしれません。反面教師にして終わりにするのではなく、受け取ってきたものとどう向き合うかについて話しました。答えが出たような、新しい問いが増えたような、30分弱の旅です。
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