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May 31, 2014【男と女】 心を失った男とそれを追う女「msooja20131129829829.mp3」をダウンロード 1955年と言えば戦後、10年たち、ようやく産業も活発になって「集団就職」が始まった年でもあった。多くの若い人が地方から東京、大阪へ移動し、故郷、親元、友人から離れて一人、頑張った。その頃、三橋美智也という歌手が「リンゴ村から」をうたっている。 ・・・覚えているかい、故郷の村を、便りも途絶えて、幾年過ぎた・・・ で始まる叙情豊かな歌だ。多くの男性が心の底から叫び、故郷を思い、日本の高度成長を支えた。生活は見る見るうちに豊かになっていったが、そこで働く男性の心は大きく変わっていく。 それから20年、高度成長が一段落した1975年、太田裕美というアイドル歌手が「木綿のハンカチーフ」を歌う。この哀しい歌を太田裕美が楽しげに感情を入れずに歌ったことが大ヒットとなった。 ・・・恋人よ ぼくは旅立つ東へと向う列車ではなやいだ街で 君への贈りもの探す 探すつもりだいいえ あなた 私は欲しいものはないのよただ都会の絵の具に染まらないで帰って 染まらないで帰って・・・ 女性と男性の語り掛けが互いに絡み合う歌詞の中で徐々に男性の心が故郷から離れ、東京へ傾いていくことを女性が知ってあきらめていく・・・この頃、まだ「男性」という存在があったことを示している。でも、高度成長という出来事は男の心から人間を奪ってしまった。どうしてもお金の魅力には勝てなくなったのだ。 ・・・恋人よ 君を忘れて変わってく ぼくを許して 毎日愉快に 過ごす街角 ぼくは ぼくは帰れないあなた 最後のわがまま 贈りものをねだるわ ねえ 涙拭く 木綿のハンカチーフ下さい ハンカチーフ下さい 「リンゴ村から」では男性自身が故郷離れがたい気持ちを持ち、それに苦しみながら働く。人生においてお金は大切だが、それより故郷の方がもっと重要であることを感じている。強く女性を愛し、家族を守る決意のある男性ばかりだった。 しかし、高度成長が終わると、男性は人間としての心を失いかける。故郷の恋人の面影はちらつくけれど、それより目の前のお金や都会の喧騒に心を奪われていくのだ。 崩壊は働く男の心から始まり、次第に日本社会全体に広がっていく。1990年を境に赤字国債、年金崩壊、それに幻想としての環境問題が始まり、ついに「悩みながら額に汗して働く」男性は姿を消し、人のお金を狙う男性だけが台頭してくる。 そんな世相の変化の中、2012年、Ms.OOJAさんが “Be…”のシングルを出す。そこには、すでに男というものがこの世にいないことを感じながら、でもまだ未練がある、そんな未来を見ているようだ。 ・・・もっと強くなれば孤独さえも消え去っていく そう思っていたけど・・・ もうこの世に男性はいないのだ、それはわかっているけれど、まだ心の中は相手のいる人生を求めている・・・心の葛藤はその中にある。 男性が心を取り戻すだろうか? 女性は離れていくのだろうか? (平成25年11月29日)...more9minPlay
May 31, 2014【男と女】 女性団体や女性指導者の作戦失敗ではないか?「2013111612321232.mp3」をダウンロード 女性の生活を見ていると実に忙しい。特に仕事を持っている女性を見ると、仕事に全力を注ぎ、それから買い物をしたり家事をし、お子さんの世話をする。てんてこ舞いだ。 しかし、お子さんが順調に育っても、大人になってから不幸になったら努力も半分は報われない。でもその可能性が高い。かつて「男性がやっていたこと」を「男性も女性と同じことをやれ」という要求があるので、男性はこれまでやっていたことを全部やめて、ほとんどなにもやっていない。それが子供たちに大きなダメージを与えるだろう。 今年生まれた赤ちゃんが37歳になるとき(2050年)、就職率は30%になり、10人に7人は仕事がない人生を送ることになる。忙しい女性に37年後の仕事を確保する行動をとる時間があるだろうか? 原発からの核燃料はすでに130万本も日本列島に隠されている。今のところ、この廃棄物はすべて次世代の課題となる。親が出した廃棄物を子供が片づけることになるが、これも忙しい女性ができるのだろうか? 中国は尖閣諸島に攻勢をかけ、人民日報(政府機関紙)には「沖縄は中国領だ」という論文を掲載した。これも37年後には、尖閣諸島の石油、沖縄、もしかすると長崎を失うが、それに対して長期戦略(軍事とは限らない)をたてる余裕が女性にあるだろうか? 年金が破たんし、近い将来、1.4人の子供が1人のお年寄りを見ることになり、過重な負担にあえぐ。また国民から借りたお金を政府が踏み倒す計画で、増税が続く。「子孫に負担をかけない」と言っているが、実はすべては子供たちが支払うことになる。 ・・・こんなことが目白押しで、どれ一つとして解決していない。子供たちの未来には悲惨な社会が待っているけれど、男が子育てをしていて大丈夫なのだろうか?女性は「自分と同じことを男がやれ」と言っているけれど、それは本当に子供のためになる方針なのだろうか?? 私は女性がもっと慎重に全体を見渡して、子供の将来のことを考えてほしいと思っている。なにか男に対する対抗心のようなものを感じるときがあるが、男と女はケンカするのでも、対抗するのではなく、協力して幸福をつかむものだ。 なにか「幼稚な男性」を作りすぎているような気もする。 (平成25年11月13日)...more13minPlay
May 31, 2014【男と女】 一夫一妻制では離婚は禁止?!「20131112626626.mp3」をダウンロード 10匹のメスのサカナと子供たちの群れが泳いでいる。そこに敵が現れるとメスと子供だから抵抗もできずに皆殺しとなる。それでは生きていけないので、10匹のメスのうちもっとも体の大きなメスがオスに性転換する。 サカナぐらいになると性転換は比較的、容易で、性器もでき筋肉も発達して立派なオスになる。オス1匹とメス9匹で平和に過ごしていたら敵がやってきた。今後は、オスが立ち向かい、その隙にメスは子供とともに岩陰に隠れる。 かくして魚の群れは壊滅せずにその生命を保つことができる。ところが戦いだから武運拙く敗れて死ぬことがある。そうすると残された9匹のメスはまた同じ運命をたどらざるを得ない。 そこで、残った9匹のメスのうち体が一番大きなメスがオスに性転換して群れを守る。かくして一夫一妻ではオス1匹とメス10匹ぐらいで群れを作って生きる。これが生物の一つの形なので、小学校の理科の副読本などにも乗っている。 ところで、一夫一妻の場合はどうだろうか? たとえばオオカミを例にとってみる。オオカミは結婚すると生活の基礎となるなわばりを作る。おおよそ10キロメートル四方で、その中で獲物をとり敵を撃退する。子供を産み育てるのがメスの仕事であり、オスは縄張りを確保し、食料をとり、そして敵を撃退する。 子供が成長してやがて娘は嫁いでいく。幸福な人生を送る娘もいれば、夫が敵との戦いに敗れて死ぬ場合もある。そうすると嫁いだ娘も同時に死ぬことになる。動物は命と体があるだけでは生きることができない。土地や食べ物が必要だからだが、それをメスが確保することはオオカミの場合はできない。 そこで、娘は親元に戻る。その時にもし両親が離婚していると娘は帰るところを失い、死ぬ。多くの生物では「命」と「生きる場所」が必要となる。一夫多妻ならボスオスが生きる場所を確保し、一夫一妻なら夫が生きる場所を確保する。人間なら国家や殿様ということになる。 オスとメスの両性で生活し子孫を残すという生物の一つに人間がいる。人間も昔は一夫一妻制だったり、一夫多妻制だったりしたが、その役割は生物と同じだった。ところが人間は「頭脳」があるので、必ずしも本能の命ずるままには生きることができない。 せっかく20歳の時に男女の数を同じくしているのに、結婚しない男女がいたり、結婚しても離婚する人もいる。これも人間が不完全な頭脳で本能を抑えているからだ。人間の次に現れる生物が、本能を頭脳で実現するようになるのか、それとも反対に本能がさらに低下して頭脳だけで行動するようになるのかは、今のところ不明である。 (平成25年11月12日)...more7minPlay
May 31, 2014【男と女】 女の子育て、男の子育て・・・ボンヤリと・・・・「tdyno.426-(7:19).mp3」をダウンロード女(母親など)の子育ての原理は「バッシング子育て」であり、男(父親など)の子育ては「芋づる子育て」だ。どちらが良いということはなく、両方あって始めて正しい子育てができる。「子育て」のようなものは「将来にその成果がでる」というものなので、とても難しい.時に「理論」が先走ってとんでもない結果になることがある。その一つが「抱き癖と自閉症」である。自閉症は未だにその病態の全体像が明らかになっているわけではないが、母子の分離、抱き癖などとの関係が強調され、今ではそれらの対策が間違いだったと指摘される事も多くなってきた.でも、子どもにとっては大人の人体実験の犠牲になるようなもので、昔からの養育方法と違う方法を採るときには、理論や自分の狭い体験を強調することなく、徐々にゆっくりと養育、育児、教育を変えていく必要がある。急いではいけない.間違った養育法や教育法の多くは、功を焦った学者が理論に基づき、また少数の例(たとえば私の子どもは・・・という類い)を強調することによって起こったことが多いが、子どもには取り返しがつかない.子どもは昔から、お母さんとお父さんに育てられる.接触機会は圧倒的に母親、そしてときどき雷が落ちるのは父親だったし、一方、細々と注意を受けるのは母親、たいていの事をしても起こらないのが父親だった。そして、正しい子育ては父親と母親のやり方が違うことが正しかった.しかし、草食系男子と強い母親の登場で、「母親が正しいと思う教育法」が幅を利かせている.でも、それが本当に子どもによいのかかなり怪しげである.母親は「バッシングタイプ・・・ダメ!」、父親は「芋ずるタイプ・・・なかなか良いな」という特徴がある。少し前までは母親の権限が多くなったのでバッシングタイプが増え、最近では「何でも褒める」というなにか判らないような中性的な指導方法が流行している.「叱らない教育」というのがそれにあたるが、私はかなり危惧している。私が正しい教育方法を知っているわけではない。ただ、数年前に出てきたような教育方法は「達成度評価」・・・その子が大人になったときにどうなるかが判っていない・・・という点で誰でも良いか悪いかが判らない状態なのだ.(平成25年10月20日)...more8minPlay
May 31, 2014【男と女】 マルチタスクと一心不乱「zunounokouzoutdyno.411-(9:35).mp3」をダウンロード生物がオスとメスに別れたのはそれなりの理由がある。そしてオスメスに別れた後、生存競争(淘汰)の戦いに勝ったのは、「オスとメスが分業する」という生物だった。メスが子どもを生んで育てるのに、オスが単に精子を供給するだけなら、その種の力は半分になってしまう。そこで、生物種によっても少し違うけれど、1)戦う、2)餌を採る、3)精神的な支えになる、4)家族を守る、などをオスがする。メスは一般的に、「産んで育てる」のに忙しく、すべてをするのは大変だということだ。だから「産んで育てる」こと以外のことはオスがする生物種が競争に勝ってきた。今、人間社会では「役割分担」が禁句のようになっているが、「自然に生きる」なら「役割分担」こそが男女の幸福をもたらすと言っても良い。「役割分担」の仕組みが悪いと「不平等」になるけれど、それは「役割分担」自身の問題ではなく、社会の仕組みが悪いと「良い役割分担」でも「不平等」になるということだ。その結果、動物のオスとメスの脳の構造は大きく変わった。メスは常にあらゆる事を観察し行動しなければならないので、「マルチタスク頭脳」を持っている。自分の目の届くところを中心に、良く観測し、正しく対応できる。人間なら子どもに言語を教えるための言語野も発達した。これに対してオスは「一心不乱頭脳」になった。獲物を追いかける、命をかけて戦う、絶対に群れや家族を守る、というような行動は、中途半端になると崩壊するし、命を落とす。だから、人間でも男と女が考える事は全く違う。違うのに意見を合わせようとするからもめる。家庭のことは女が決め、外枠は男が決める、意見の分担をシッカリすれば夫婦ケンカはなくなる。(平成25年10月20日)...more10minPlay
May 31, 2014【男と女】 一夫多妻制の論理・・・サカナ「tdyno.407-(6:31).mp3」をダウンロード10匹のメスのサカナと、子どもたちが泳いでいる。そこに敵が襲ってくるとメスと子どもだから全滅してしまう。そこで、10匹のうちもっとも体の大きいメスが、オスに性転換する。サカナぐらいになると性転換は完璧で、オスとしての機能を整える。1匹のオスと9匹のメス、それに子どもたちが生活をしているところに敵が襲ってくると、オスがそれに立ち向かい、その隙にメスと子どもは岩陰に隠れる。しかし、戦いは時に無残な結果となり、オスは武運つたなく死ぬ。そうすると残ったメス9匹のうち、最も体の大きなメスがオスに性転換して、また同じように群れを作る。このような形、集団の生物、戦って命を落とすオス、隠れて子どもを育てるメス・・・は生物の基本形で、小学校の理科の副読本で見たこともある。このような形と「離婚しない一夫一妻制」の2つが生物の家族の形だ。ところで、哺乳動物のように高級な動物になると、雌が雄に性転換することができない。体は高度に仕上がっていて、容易に変えることはできない。そうなると、オス同志が戦って、一匹だけボスオスを決め、後ははぐれオスになる。ボスオスは毎日、群れを守り、餌を確保し、心配事が尽きない。これに対して、はぐれオスは人間の独身男性のように、気楽な生活を送る。でも寿命はボスオスが圧倒的に長く、はぐれオスは早く死ぬ。人間の独身と妻帯の男性の寿命の傾向と同じだ。生物は「群れとして意味がある」という状態ではないと長寿を保てないようだ。個体はあたかも個体として独立しているように見えてそうではない。そういえば、人間の細胞はそれぞれが独立していて、それが「人間」という形を為しているに過ぎない。生物とはそう言うものだと私は思う。だから、私も何らかの形で人間社会に貢献しないと私の命はないのだろう。きつい、辛い、恵まれないなどと言っていないで、人に迷惑を掛けがちな自分がこうして生きていることで感謝しなければならないような気もする。(平成25年10月16日)...more7minPlay
May 31, 2014【男と女】 女の後半生とじいさん「tdyno.400-(8:47).mp3」をダウンロードなぜ人生を送るのか?? 女の25才までは2人の子どもを産み、50才までに育てる。男性はやることがないので、25才まで兵役を済ませ、50才までに戦死する。もちろんすべて「集団」でのことだから、女性で0人から6人ぐらいの子どもを産み、男性も全員が戦死するわけではなく、10人に1人ぐらいが死ぬ。そうして男女とも50才になると、(集団として)「2人の子どもに、自分が戦争で守った祖先伝来の地」を渡して人生を全うする。つまり、人間が一生のうちにやるべき「仕事」は二つあり、一つが自分、一つが子孫だが、「子孫」という点では、女は子ども、男は土地を残すことだった。くれぐれも間違ってはいけないのが、これは「集団」のことであって、個人は子どもがいなくても問題は無い。戦争にいって死ぬ男もいれば、死なない男もいる。死なないから意味が無いということではない。これに対して、「自分が生きる仕事」はかなり意味が少ない。その理由は「自分が生きる」ための仕事なら、「自分と自分の仕事」が無くなっても人間社会は「一人が減った」というだけで何も変わらないからだ。昔のようにやっと子どもを育てるために仕事をするというなら、それは「仕事のための仕事」ではなく、「子どもを育てるための仕事、あるいは土地を獲得するための仕事」だから、しごとそのものに意味があるわけでは無く、その結果だけが大切だった。そうなると、50才を過ぎて子どもと土地を残した男女はどういう意味で生きているのだろうか? 生物なら「意味が無くても生きている」ということはない。意味を失うと多くの生物は死ぬ。人間も生物としての意味が無くなって生きるはずもない。意味があるから生きている。50才以上の女性は、「お世話」のために生きている」ということが、ほぼ判っている。人間以外の哺乳動物のメスは子どもを産めなくなったり、育てる必要がなくなると死ぬ。でも人間だけが例外なので、研究がされていた。その結果、人間の女性が子どもを産めなくなっても生きているのは、人間社会があまりにも複雑なので、誰かがお世話をしないとうまくいかない。その点では、人生に経験があり、子育てができ、細かいところに気がつき、優しい女性が最適なので、50才以上の女性にその役割を任せた・・・それが人間という生物だ。これに対して、爺さんはなかなか難しい。50才以上の男性はまだ乱暴なところがあり、身の回りのことはできず、酒は飲み、意見ばかり言っている。第性全体がほとんど意味が無い中で、特に50才以上の男は少し考え込む必要がある。女性ならほとんどの人は「60才と30才の男性が目の前にいる」という状態では30才を選ぶだろう。だから、50才以上の男性がなんで生きているのか、今の所、まったく判らない。生物は「過去に貢献したから、遇してくれ」などと言ってもそんな甘いものではない。役に立たなければこの世から去ってもらうというのが原理原則である。かなりスッキリした。もう少し考えて見たい。(平成25年10月15日)...more9minPlay
May 31, 2014【男と女】 1-4 結婚(4) 男50才「tdyno.335-(8:31).mp3」をダウンロード女は25才まで2人の子どもを産み、50才までに2人の子どもを育てることができる。人生の目的が決まっていて本当にうらやましい。ところが男ははっきりしない。しばらく前までは、男は25才までに兵役を終え、50才までに出征して戦場で死ぬ。もちろんこれも一人の女が0人でも6人でも良いように、「集団における個人の貢献」だから、10人に1名ぐらいが戦死すれば良い。サカナの集団はオスが群れを守り、メスが子育てをする。役割はハッキリしていて、なかなか合理的だ。人間でも、男の人生の目的は、毎日の仕事のうち子どもを育てるために働くことと、「戦って、女が生んで育てた次世代に、人生を送る場所を提供する」ということだった。自分や連れ合いが生きるというのは「現世代」だから、厳密に言うと「生きがい」にはならない。そして戦うことが必要になったのは、人類は550万年前に誕生し、4万年前に現代人類(ホモサピエンス)が出現、そして僅か1万年ほど前に文明が発生したのだが、戦争が終わったのは僅か60年前に過ぎない。男は営々として「子どもに土地を贈る」ということを必死でやってきたのだ。もし土地を提供できなければ子どもたちは奴隷になるからだった。ここで、きわめて重要なことがわかる。つまり、人生には二つの「任務」がある。一つは「現世代が生きるための仕事」であり、もう一つが「次世代を作る作業」である。前者は毎日の仕事で、それはそれで大切だが、自分=仕事(自分が死ねば仕事はやらなくて良い)というものだから、「生きがい」にはならない。人間(生物)は次世代がなければ生きていけない、生物として存在すらできないからだ。後者は、子どもを産み、戦争で土地を確保し、とりあえず成人になるまで育てるということで、若干の仕事(職業)を必要とするが、主として子どもを産み、育てることにある。だから、戦争しなくても日本の国土を守る事ができれば、男は25才から50才までやることがない。せめて子どものための仕事をするぐらいだ。独身男性の平均寿命が短いのは、独身男性とその仕事は、あるときに無くなっても次世代にもなんにも影響を及ぼさないので、生物的には無関係だ。戦争がない時代には、男性はあまりに暇なので現代の日本男性はブラブラしている。さらに生きている目的がないので、草食系男子やイクメンなどの「変種」が登場して、社会はさらに混乱している。ここではあまり詳しく解説をしないが、「イクメン」というのは生物的に異常な状態なので、「自然の摂理」からいろいろな不都合なことが起こっている。つまり、イクメンの登場は「人間が生物ではなくなり、自然から離れる」と言うことを意味している。この歪みは拡大し、一見して女性の仕事が楽になるように見えて、その実、おそらくは悲惨な結果を招くだろう。人間はあくまでも生物なので、生物の本質を失っては正常な人生を送ることができない。女性の人生についてかなりの議論がされているが、実は議論が必要なのは「家庭」(従来型の戦争のための子どもを産む家庭。かならず結婚と家庭が結びついている)と「戦争を失った男性」のことなのだ。(平成25年8月8日)...more9minPlay
May 31, 2014【男と女】1-3 結婚(3)女50才「onna50tdyno.307-(10:20).mp3」をダウンロード女性は25才から50才までに2人の子どもを「育て」ます。現在では、「男女共同参画活動」の一環として「夫が子どもを育てる」という動きもありますが、このシリーズの中で解説をするように、これは非常にねじれた現象で、何らかの形で修正されるように思います。女性が子どもを産み、独り立ちできるまで育てるのは動物の原理原則で、それには私たち人間が「自然の一部」であり、「生物の一種」であることから避けられない、また望ましい形態です。このことは男性の一生との関係で考えていかなければならないのです。「男性が子どもを産まないのは不当だ。男性に人工子宮をつけろ!」というような議論がありますが、その前に「生物を止めろ」と決める必要があります。ここでは「なぜ、女性だけが子どもを育てなければならないのか」について、男性との対比で整理をするのは後にして、まず、人間の活動のうち、「子どもを産む」ということと「子どもを育てる」という2つの行為が最も「崇高」なものであり、「生きがい」でもあることをまず指摘したいと思います。かつて、子どもを産むことと育てることが「報われないこと」とされた時期もありましたが、それは「子どもを産んだり育てたりする」という行為そのものの意味が低いのではなく、社会制度が間違っていたからです。日本も誕生間近の頃は、女性が実権を握っていた。神代の時代には女神の天照大神がトップだったし、国ができてまもなくの頃にはこれも女性の卑弥呼が女王だった。そして、奈良時代の前まで天皇も女性と男性がほぼ交互に即位し、女帝の持統天皇まで続いた。ところが、その後は日本は「戦争時代」が約1500年も続いた。もともと生物のオスは戦うために誕生したものでもあるから、戦争の時代になると男性が優位になるのは仕方が無いことだ。その典型的なものが、「普通の歴史」の中に書いたアーリア人(今の白人など)で、4000年も前から他人の土地に侵入しては戦争を仕掛け、相手を皆殺しにして自分たちが住むという事をくり返してきた。だから「女は男の持ち物」という感じになり、「イブ(最初の女性)はアダム(最初の男性)のあばら骨からできた」とされていた。このアーリア人思想の延長に、ウーマンリブ、女性解放運動、男女共同参画などがあり、あまり歴史をよく勉強しない人たちによって、多くの女性が幸福な人生を送るチャンスを失った。なにしろ「男と女の関係では劣等生(白人)」をまねて、「男と女の関係で優等生(日本人)」を混乱させたからだ。ともかく、日本古来の思想「女性の25才から50才までで二人の子どもを育てる」というこれももっとも崇高で、自然の叡智を活かした人生を送ることがもっとも大切だった。後で整理を進めるが、「子育て」という大切でかけがえのない仕事は女性が主として行うべきで、男性は補助的役割しか果たさなかったし、それが適当だった。これによって女性が50才になるとき、子どもは次世代を運営する人になっていたのだった。現世代の仕事は家事や会社の勤務があるが、それより大切な子育ては次世代のためにやることだからだ。(平成25年8月6日)...more11minPlay
May 31, 2014【男と女】1-2 人生(2) 男25才「otooonna02tdyno.300-(9:43).mp3」をダウンロード女は25才までに子どもを2人産まなければならない。もちろん、一人一人の女性ではなく「平均」として2人だ。なぜ、子どもを産まなければならないかというと「次世代を作ること」であり、「次世代がいなければ人間という生物は意味が無い」からでもある。次世代を作るには、第一に子どもを産むこと、第二に子どもが生きていく大地があることだ。もともと子どもが誰もいなければ日本という国がなくなるのだから、女性が子どもを産むのが第一条件であることはだれでも判る。もう一つは、次世代の人が生活をする場所(国土)が必要ということだ。尖閣諸島を取りに来ている中国の機関誌「人民日報」は、2013年6月「沖縄は中国の領土だ」という論文を掲載し、少し前、私の知っている中国からの留学生(研究生)は、「先生、心配することはないですよ。私たちの時代には日本は中国領になります」と言った。日本が中国領になるのに賛成の親(日本の親)もいるだろうけれど、もし「子どもは日本の領土に住んでもらいたい」と思えば「国土の防衛」が必要になる。そのために、かつては「兵役」というのがあり、男は軍隊の訓練をした。いざというときにそれから鉄砲などの操作を勉強していては間に合わないからだ。兵役は1年半から2年が普通だ。この年限は、「女性が2人の子どもを産むのに1年半から2年は自由な生活ができない。だから男性にも次世代のために同じ期間は次世代のために義務を果たしてもらう」という論理だ。つまり人間は若い頃、自分自身を磨くために教育を受けたり、少しの準備をするが、それと共に、次世代のために子どもを産み、兵役を終えておくという「集団としての義務」を果たすのだ。ところが現代の日本は戦争がないように見える。そのために軍隊も兵役もない。それは良いことでもあるけれど、その結果、若い男性は「次世代への義務」が無くなってしまい、子どもを産む女性と大きな差ができてしまった。これが草食系男性の出現、社会不安、女性の不満などの根源になっている。この問題を解決しなければ、具体的な結婚、出産、家庭等の問題は解決しない。このブログではこの歴史的本質に迫りたい。最後に音声では私の大学の講義の時の体験をお話しして終わりにします。(平成25年7月25日)...more10minPlay