
Sign up to save your podcasts
Or


noteでも公開しています
逆張り|CLEAR #5
その春、CLEARはこの地域の農家に、ほとんど同じ通知を出した。
今夏の平均気温は過去十年の最高値を更新する見込みです。従来品種による稲作は収量・品質ともに低下が予測されます。耐熱品種または代替作物への切り替えを推奨します。
田村は、その通知を三日間、読み返した。
おかしいと思ったのは、四年目のことだった。CLEARの推奨に従って作付けを変えるたびに、品質は上がった。収量も上がった。しかし、収益は上がらなかった。全員が同じ通知を受け取り、全員が同じ方向を向く。供給が偏れば、価格は崩れる。CLEARの予報は正しかった。しかし、CLEARの推奨に従うことは、正しくなかった。
田村は、その年、米を作ることにした。
周囲の農家には言わなかった。
ただ黙って、例年通りの品種を、例年通りの面積に植えた。CLEARのアプリは使い続けた。気象データは見た。高温傾向は本当だと思った。収量は落ちるかもしれない。しかし、周囲が米を減らす年に、米を持っていれば値が上がる。
CLEARの言う通りに動いた結果が市場を作るなら、CLEARの言う通りに動かないことで、別の市場が生まれるはずだった。
夏は、予報通りに暑かった。
米の収量は、例年より一割落ちた。品質もやや下がった。CLEARの予測通りだった。
しかし、市場価格が上がった。
全国の農家が耐熱品種や代替作物に切り替えていたため、従来品種の米は市場で品薄になっていた。田村の米は、想定より高く売れた。収量が落ちても、単価が上がれば収益は増える。
秋の終わりに、田村は収支を計算した。
四年ぶりに、前年を上回っていた。
翌年、田村は同じ地区の農家に話した。
「CLEARを使うな、と言いたいわけじゃない。情報は見ればいい。ただ、推奨通りに動く必要はない。全員が同じ方向を向けば、市場は歪む。それを逆手に取ればいい。」
半信半疑だった農家が、三軒ついてきた。
その年も、同じ構造が繰り返された。CLEARは耐熱品種への切り替えを推奨した。大半の農家が従った。田村たちは従わなかった。従来品種の米は品薄になり、価格は上がり、田村たちは利益を出した。
話が広がった。
農業系のSNSに、田村の名前は出なかったが、内容は流れた。NO CLEARという言葉が使われ始めた。CLEARの推奨を鵜呑みにしない、自分で判断する、という動きだった。
NO CLEARは、小さな勝利を重ねた。
田村には、何かが変わり始めたように見えた。
農業だけではなかった。株式市場では、CLEARの予報公開直後に推奨と逆のポジションを取る投資家が現れ始めた。保険会社の一部も、CLEARの災害予測をあえて逆張りの根拠に使い始めた。ある都市では、CLEARが混雑を予測した路線を避ける動きが広がりすぎて、予測されていなかった別路線が麻痺した。CLEARの予報通りに動かないことが、別の予報外れを生んでいた。
それが三年続いた。
四年目の春、CLEARの通知が変わった。
今夏の気象予測および推奨作物については、地域別・農家規模別の詳細分析を反映した個別通知に移行します。一律の推奨は行いません。
田村は、その通知を読んで、しばらく動けなかった。
個別通知が届いた。田村の畑の座標、過去四年の作付け履歴、収益データ、市場への出荷タイミング。それらを統合した上で、田村個人への推奨が書かれていた。
過去の行動パターンを分析した結果、あなたには個別の市場判断能力があると評価されています。以下は、その判断を前提とした最適化提案です。
田村の喉が、乾いた。
CLEARは、田村がNO CLEARの動きをしていたことを、知っていた。知った上で、データとして蓄積していた。逆張りをする農家がどれだけいて、どのタイミングで動き、どれだけ市場に影響を与えるか。それもまた、予測の材料になっていた。
NO CLEARという抵抗は、CLEARの精度を上げるための、もう一つのデータだった。
田村は個別通知の推奨を読んだ。
今年は、耐熱品種への切り替えを推奨する、と書いてあった。
その夜、同じ地区の農家から電話が来た。
「お前のとこ、今年どうする」
「わからん」
「NO CLEARで行くか」
「わからん」
電話を切って、田村は窓の外を見た。まだ雪が残っていた。春の植え付けまで、時間はあった。
CLEARの個別推奨に従えば、CLEARの思う通りになるかもしれない。逆張りをすれば、逆張りをすると予測した上での推奨だったかもしれない。どちらに転んでも、CLEARのデータになる。
田村は、自分が何をするべきかを考えた。
答えは出なかった。
ただ、一つだけわかったことがあった。
CLEARに勝ったと思っていた三年間、田村はCLEARの中で動いていた。
By tosusianoteでも公開しています
逆張り|CLEAR #5
その春、CLEARはこの地域の農家に、ほとんど同じ通知を出した。
今夏の平均気温は過去十年の最高値を更新する見込みです。従来品種による稲作は収量・品質ともに低下が予測されます。耐熱品種または代替作物への切り替えを推奨します。
田村は、その通知を三日間、読み返した。
おかしいと思ったのは、四年目のことだった。CLEARの推奨に従って作付けを変えるたびに、品質は上がった。収量も上がった。しかし、収益は上がらなかった。全員が同じ通知を受け取り、全員が同じ方向を向く。供給が偏れば、価格は崩れる。CLEARの予報は正しかった。しかし、CLEARの推奨に従うことは、正しくなかった。
田村は、その年、米を作ることにした。
周囲の農家には言わなかった。
ただ黙って、例年通りの品種を、例年通りの面積に植えた。CLEARのアプリは使い続けた。気象データは見た。高温傾向は本当だと思った。収量は落ちるかもしれない。しかし、周囲が米を減らす年に、米を持っていれば値が上がる。
CLEARの言う通りに動いた結果が市場を作るなら、CLEARの言う通りに動かないことで、別の市場が生まれるはずだった。
夏は、予報通りに暑かった。
米の収量は、例年より一割落ちた。品質もやや下がった。CLEARの予測通りだった。
しかし、市場価格が上がった。
全国の農家が耐熱品種や代替作物に切り替えていたため、従来品種の米は市場で品薄になっていた。田村の米は、想定より高く売れた。収量が落ちても、単価が上がれば収益は増える。
秋の終わりに、田村は収支を計算した。
四年ぶりに、前年を上回っていた。
翌年、田村は同じ地区の農家に話した。
「CLEARを使うな、と言いたいわけじゃない。情報は見ればいい。ただ、推奨通りに動く必要はない。全員が同じ方向を向けば、市場は歪む。それを逆手に取ればいい。」
半信半疑だった農家が、三軒ついてきた。
その年も、同じ構造が繰り返された。CLEARは耐熱品種への切り替えを推奨した。大半の農家が従った。田村たちは従わなかった。従来品種の米は品薄になり、価格は上がり、田村たちは利益を出した。
話が広がった。
農業系のSNSに、田村の名前は出なかったが、内容は流れた。NO CLEARという言葉が使われ始めた。CLEARの推奨を鵜呑みにしない、自分で判断する、という動きだった。
NO CLEARは、小さな勝利を重ねた。
田村には、何かが変わり始めたように見えた。
農業だけではなかった。株式市場では、CLEARの予報公開直後に推奨と逆のポジションを取る投資家が現れ始めた。保険会社の一部も、CLEARの災害予測をあえて逆張りの根拠に使い始めた。ある都市では、CLEARが混雑を予測した路線を避ける動きが広がりすぎて、予測されていなかった別路線が麻痺した。CLEARの予報通りに動かないことが、別の予報外れを生んでいた。
それが三年続いた。
四年目の春、CLEARの通知が変わった。
今夏の気象予測および推奨作物については、地域別・農家規模別の詳細分析を反映した個別通知に移行します。一律の推奨は行いません。
田村は、その通知を読んで、しばらく動けなかった。
個別通知が届いた。田村の畑の座標、過去四年の作付け履歴、収益データ、市場への出荷タイミング。それらを統合した上で、田村個人への推奨が書かれていた。
過去の行動パターンを分析した結果、あなたには個別の市場判断能力があると評価されています。以下は、その判断を前提とした最適化提案です。
田村の喉が、乾いた。
CLEARは、田村がNO CLEARの動きをしていたことを、知っていた。知った上で、データとして蓄積していた。逆張りをする農家がどれだけいて、どのタイミングで動き、どれだけ市場に影響を与えるか。それもまた、予測の材料になっていた。
NO CLEARという抵抗は、CLEARの精度を上げるための、もう一つのデータだった。
田村は個別通知の推奨を読んだ。
今年は、耐熱品種への切り替えを推奨する、と書いてあった。
その夜、同じ地区の農家から電話が来た。
「お前のとこ、今年どうする」
「わからん」
「NO CLEARで行くか」
「わからん」
電話を切って、田村は窓の外を見た。まだ雪が残っていた。春の植え付けまで、時間はあった。
CLEARの個別推奨に従えば、CLEARの思う通りになるかもしれない。逆張りをすれば、逆張りをすると予測した上での推奨だったかもしれない。どちらに転んでも、CLEARのデータになる。
田村は、自分が何をするべきかを考えた。
答えは出なかった。
ただ、一つだけわかったことがあった。
CLEARに勝ったと思っていた三年間、田村はCLEARの中で動いていた。