前回は認知症の薬について話しました。日本の製薬企業エーザイがアメリカのバイオ企業と共同で開発したレカネマブ、早期の認知症患者の進行を緩やかにする薬効を示す画期的な新薬として期待も高いです。世界で急速に増加している認知症を薬でなんとかするという薬物療法は一つの手段ですが、それ以外の方法で認知症にアプローチする動きが見られます。今日はその医薬品以外の認知症克服に向けた産業の話をします。
認知症はある日突然発症するわけではなく、その前段階である軽度認知障害という症状が出て来ます。軽度認知障害は、正常と認知症の中間とも言える状態で、物忘れの自覚はあるが記憶力の低下以外に明らかな認知機能の障害が見られず、日常生活への影響は無いか、あっても軽度なものを軽度認知障害と言っています。軽度認知障害の人は、年間で10~15%の確率で認知症に移行すると言われています。逆にこの軽度認知障害のステージであれば、少し幅はありますが16~41%の確率で認知機能は正常な状態に回復すると言われています。ですので、軽度認知障害の人の特徴を素早く察知して早期発見、介入することで認知症の発症を抑制することが可能になります。これに向けた事例を2つ紹介します。
一つは東京電力の関連会社である東京電力パワーグリッドという会社は、国立循環器病研究センターとの共同研究で、家の中の電力使用データを用いて各家電の使用状況から認知機能の低下を予測するモデルを作成しました。研究では65歳以上の高齢者の電力使用データなどから、認知機能が低下している方と普通の方を比較して認知機能が低下している方は電子レンジの春と冬の使用時間が短く、エアコンの冬の使用時間が短い等の傾向が見られました。それに基づく予測モデルで予測性能がなんと82%という正確性を示しています。なぜ電子レンジの春と冬の使用時間が短かったり、エアコンの冬の使用時間が短かったりするのか、まだ原因はわかっていませんが、考えられることとしては付けたか付けていないかを忘れるなどして、スイッチオン・オフが短くなっているというのも考えられます。このシステムの良いところは、家庭にある分電盤にその機器を設置するだけでこのデータが得られるので、全ての家電に何かセンサーを付ける必要がなく、コストが抑えられることが特徴です。
2つ目の事例は、コニカミノルタと感情認識AIの開発を手掛けるスタートアップ、エモテック・ラボの技術についてです。認知症の患者さんは話し方、会話内容、感情推移が特徴として表れており、これらを分析することで次世代の認知機能の低下検知ソリューションを開発しています。例えば、認知症の患者さんは物忘れをしたときに不安を感じて立ち止まったり、突然行ったり来たりするといった特有の行動が顕著に出るとのことです。この他にもNTT Comが開発している電話の話し方や声の質からAIが認知機能を測定する技術であったり、SONYは認知症により嗅覚の機能が低下することに目を付けて、嗅覚を簡単に測定する機器を開発したりしています。視力や聴力と違ってなかなか自覚症状が出づらい感覚機能と言えます。そうやって色んな技術で認知症を早く発見していこうという試みや取組がなされています。
早期発見することによって正常な元の認知機能に戻るというデータもあるので、早期発見が非常に重要なポイントになってきます。認知症の予防や症状改善に有効とされているのは運動、余暇活動、友達に会ったり、映画を見たり、ボランティア活動をしたり、食事などが挙げられます。必要と思いながらも年をとるとなかなか自分から積極的に予防に向けた取組をするのは腰が重たいので、このような場作りを提供するサービスは自治体や高齢者を持つご家族にとって非常にニーズが高いと言えます。公文式で有名なKUMONは、高齢化施設に対して学習療法というサービスを提供しています。これは音読、計算を中心とする教材を用いて学習することで、高齢者の認知機能やコミュニケーション機能、身辺自立機能などの前頭前野機能の維持・改善を図ります。認知症は国全体が抱える大きな社会課題でもあり、今後認知症を取り巻く産業は成長産業であると言えます。特に予防は治療に比べると課せられる許認可のハードルが少ないので参入障壁は低いと言え、大きな市場になる可能性が十分にあります。
今日のまとめです。日本の65歳以上の高齢者の割合が人口の21%を超える超高齢化社会で、認知症の患者も国内だけで600万人を超し、65歳以上の約5人に1人が認知症になると予測されています。認知症は初期であれば既存の治療方法で進行を遅らせることが出来るので早期発見が重要で、それを可能にする技術やサービスが開発されています。高齢化が進む日本や他の先進国においては、認知症予防に対するニーズは高く、今後成長する産業の一つになります。