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「日本的経営」とは何だったのか(1)


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これから何回かに亘って、「日本的経営」とは何だったのかというテーマでお話をしてみたいと思います。ここで言う日本的経営とは、高度経済成長期に注目された日本企業に固有の雇用慣行や商取引の特徴を意味しています。因みに高度経済成長期とは、概ね1950年代の後半から1973年のオイルショックまでの期間を言います。
「何だったのか」という問い方は、既に日本的経営を過ぎ去ったものとして語っているかのように聞こえるかも知れませんが、そうではありません。この問いの意図は、そもそも何であるのかが忘れられている日本的経営の特質を再検討してみることにあります。その特質が既に過去のものになったのかどうかは、追々みていくことにします。そうすると、こういう古めかしい問いの現代的な意味も追々ご理解いただけると思います。
はじめに2つの点に注意していただきたいと思います。まず、一口に日本企業と言っても、その実態はもとより業種、企業規模、立地などの属性によって異なり、あらゆる企業に共通する特徴などはないということです。しかし、日本に発祥した企業の経営を欧米の企業のそれと比較した過去の研究は、歴史的・文化的な背景に由来すると見られる明らかな特徴を見出してきました。日本的経営とは、そうした特徴に基づいて構成された理念的なモデルであり、日本企業とは、このモデルが多かれ少なかれ当て嵌まる企業に他ならないと言うことです。こういう社会科学的な認識方法の基本も弁えず、企業の多様性を拡げてみせた上で、「日本企業という企業は存在しない」などと放言して悦に入っている経営学者もいますが、こういう言明は単に人を驚かせるための言葉遊びに過ぎないと言うことを知っておくと良いでしょう。
第二に、高度成長期に注目されたと言うことが端的に示しているように、日本的経営に対する関心は、経済的な業績に帰結する優位性に向けられてきた訳ですが、実のところ日本的経営にはどのような特質があるのかという問いは、それが競争優位の源泉であるのかという問いとは別次元の問題だということです。ところが、この2つの論点はしばしば混同されてきました。その結果、高度成長期に見出された日本的経営の特質は大した根拠もなく高度成長を支えた要因として称賛され、その同じ特質がバブル経済崩壊後の不況期にはまた大した根拠もなく低成長の要因として攻撃されることにもなったのです。言うまでもないことかと思いますが、景気変動は経済政策、特に金融政策の影響を強く受けるものであって、その要因を企業経営の良し悪しのみに帰することはできません。従って、日本的経営に対するこのような評価は、経営の特質を競争優位または劣位の要因と同一視すると同時に、それをマクロ経済変動の要因に短絡させるという二重の間違いをおかしている訳です。以下では、この点に注意しながら、日本的経営に関する議論を振り返ってみたいと思います。
日本的経営に関する議論は、アメリカの文化人類学者であるジェームズ・アベグレンの研究から始まっています。アベグレンは、日本がアジア的な性格を維持しながら、欧米以外の国で唯一、工業化を達成できたのは何故かという問題意識に立って、1955年から1956年に日本企業の工場を対象とする調査を実施し、主に大企業で観察された雇用慣行を分析しました。その結果は『日本の経営』という本にまとめられ、1958年に出版されています。アベグレンは、特に「一旦入社した従業員は引退するまでその企業で働き続けるものだと考え、企業側も極端な状況が生じない限り、一時的にも従業員を解雇しない」という慣行に着目し、これを「終身(ライフタイム)のコミットメント」と呼びました。これは終身雇用として知られている雇用慣行です。
またアベグレンは、日本企業における従業員の処遇は、昇給や昇進が基本的に勤続年数によって決まる制度に従っていることを指摘しました。これは「年功制」として知られている処遇制度です。さらにアベグレンは、戦後GHQの指令によって組織された企業別労働組合の影響力が労使交渉においては限定的であり、概して経営に対して協力的である点にも言及しています。
一方、アベグレンは、この終身雇用と年功制の下では、大規模な従業員を抱えるとともに昇進の機会を与える必要が生じるため、業務上の機能を持たないポストを増やし、意思決定権限を細分化させる結果になり、業務効率を犠牲にせざるを得ないなどの問題が発生することも指摘していました。こうした分析を踏まえて導かれた結論は、「欧米と人間関係の制度が違う国で工業化を進めるためには、それによって効率性が犠牲になると思えても、その国の習慣や方法をかなりの程度まで許容する必要がある」というものだったのです。日本的経営に関する議論は、初めからそこに優位性を見出していたかのように誤解されていることがありますが、研究の端緒を開いたアベグレンの結論はそうではなく、言わば工業化を達成するための必要悪として捉えたものだった訳です。
ところが、高度成長期を通じて日本的経営に対する関心が高まるにつれ、その特質は優位性の源泉と見られるようになりました。1970年代になると終身雇用、年功賃金および企業別労働組合からなる日本企業の雇用慣行は、経済成長をもたらす「三種の神器」と呼ばれるようになったのです。日本の産業が製品・サービスの高付加価値化や省エネルギー化を実現する構造転換によってオイルショックを乗り越えると、日本的経営に対する関心は益々高まり、1980年前後には、エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン アズ ナンバーワン』、ウィリアム・オオウチの『セオリーZ』など、雇用慣行を基盤とする日本企業の集団的な経営の優位性を説く文献が相次いで出版されました。
ここまでの話は、1970年代を経験された方にはお馴染みかも知れません。次回は、日本的経営の特質とされた雇用慣行が、その後変化したのかどうかを追跡してみたいと思います。
今回のまとめ: 「日本的経営」とは、終身雇用や年功制などの雇用慣行を要素として構成された理念的なモデルです。
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