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This is the final episode of my journey with Suzuki Motor Company, focusing on its legendary former chairman, Osamu Suzuki.
My association with this remarkable man began in 1985 and continued until his passing in 2024. Under his leadership, Suzuki became a global powerhouse in key sectors of the automotive industry. Today, his legacy lives on through his son, Toshihiro Suzuki.
Capturing nearly four decades of observations, encounters, and lessons in a single episode is an impossible task. Nevertheless, I have tried to share what I learned from this extraordinary leader through my personal experiences.
スズキとの関わりについて振り返る話も、いよいよ最終回となりました。
今回のエピソードでは、そもそも企業間の提携とは何を意味するのか、そしてGMとスズキの長年にわたる提携関係の中で、その考え方がどのように実践されてきたのかを振り返ります。
また、私自身が携わった数々のプロジェクトを通じて出会った人々、重要な決断や転機となった出来事、直面したさまざまな困難、そして仲間たちと分かち合った楽しい思い出についても語ります。
私のビジネス人生において、ひときわ印象深い一章を締めくくる、最後の振り返りです。
I have come to the end of the road in recounting my involvement with Suzuki.
In this episode, I reflect on what a business alliance really means and how that concept played out in GM’s long-standing partnership with Suzuki.
I also revisit personal memories from the many projects in which I was involved—the people I worked with, the critical decisions and pivotal moments, the challenges we faced, and the happy times we shared along the way.
It is a final look back at a remarkable chapter of my professional life.
It traces my arrival to Japan, and my history of forming a new family there with marrying Ayumi and the birth of our first child, Niko.
今回はGMとスズキの関係や、どのような経緯で日本に赴任したかを少し振り返ります。その後は仕事の話から離れ、亜由美との出会い、ニコの誕生など、日本で新しい家族を築いた日々を振り返ります。
スズキとの関係に入っていきます。始まりから業界を揺るがした変動の時代に発生したアライアンス関係までの間の話の開始です。
10年間近くで寄り添って関わってきたんですが、もっと両社は深入りできたのではないかと思うこともあります。ニーズもあり、双方お互いを助け合う能力を所持していました。
でもそれがスズキにとってよかったかと思うと確信できません。精一杯生き残りをかけて会社を動かしているスズキ、GMとの関係がもっと深くなっていたら、今のスズキにはなっていなかったかもしれません。
この後もスズキと日本での話を続けていきます。イントロダクションの気持ちで聞いてください。
いつもありがとうございます。
This episode starts to describe how GM and Suzuki worked together within an alliance framework. It traces the beginning, its compexity, role of Suzuki within the overall GM family, and a few specific examples.
In my opinion, GM and Suzuki could have done more in terms of leveraging each other's capability, and executing joint programs. But knowing how Suzuki operates, I can also see how draining such undertakings would be on Suzuki's precious resources.
I hope this gives you an entry to the years I spent in Japan, leading GM's office at Suzuki, and later managing GM's sales operation.
Thank you for listening.
前回の続きで、このエピソードでは浜松での業務開始に関わるこのアライアンスプロジェクトに参画してくれたGMの仲間達、僕らの相手をしてくれたスズキチームの紹介などを主体として話を進めています。初めから最後までスズキの人たち、もちろん会長自身を含めて各部署の長の人たち、プラスそれぞれのスタッフ、本当にお世話になりました。やはりなんであろうと最後は人です。本当に我がチームは素晴らしいスズキ側のパートナーと仕事ができてラッキーでした。ちょっとガラガラ声で申し訳ないですが、お時間があるときに聞いてください。
ここ一年程このポッドキャストからご無沙汰。スクリプトは書き続けていたんですが、録音意欲がなくなり止まっていました。ここで又リブートします。
今回は1999年の年の呉の日本への赴任、まずその第一歩の話始めています。まずは寂しい話ですが智恵子との離婚、そしてRay Youngとの再会、同僚としての関わり、生活面もろもろの話です。
この赴任した年は自分がGMに入社してからちょうど15年、今振り返るとちょうど中期点でした。サラリーマンとしてこの先日本での10年間、特にスズキとのかかわりあい、そして中国に昔の同僚のダン・ソブランが呼んでくれなかったら人生どうその先展開していたかは不明です。
日本への赴任の話の突破口ですが、チャンスがあったら聞いてください。
これからもよろしくお願いいたします。
ここ一年ほどこのポッドキャストからご無沙汰。スクリプトは下記続けていたんですが、録音する意欲がなくなり止まっていました。ここで又リブートしたいと思います。
今回は1999年の年の呉日本へ赴任し、まずその第一歩を話始めています。まずは寂しい話なんですが、智恵子との離婚、そしてRay Youngと再会、同僚としての関わり、生活面もろもろの話です。
この年は自分がGMに入ってからちょうど15年、今からみれば中期点でした。この先日本での10年と中国での五年がなかったら僕の人生どうなっていたかは不明です。
日本への赴任の話の突破口ですが、チャンスがあったら聞いてください。
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