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S2#11 高級焼肉の話


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「空に残るもの」


カッツーは、父親の病状を知らされたのは、10月の寒風が街を吹き抜ける夜だった。自転車に跨り、帰り道を急いでいた彼のポケットに、電話が鳴り響いた。受話器越しの母親の声は震え、言葉は途切れ途切れだった。「お父さん、がんだって…」


その瞬間、カッツーの心の中に何かが音を立てて崩れ落ちた。父親の姿が脳裏に浮かぶ。笑顔で庭の草刈りをしている父、夏の夜に花火を見上げる父、そしてついこの間までの元気な父

そんな姿が、一瞬で遠くに感じられる。


病院で父を見舞った時、彼の手は驚くほど冷たく、痩せ細っていた。癌が進行していることを医者は告げたが、その言葉は遠い世界の話のように感じた。現実感がなく、ただ時間だけが過ぎていく。


カッツーはバイトを増やすことを決意した。

病院代、治療費、そして父親を支えるための生活費

すべてが圧し掛かってくる。しかし、どれだけ頑張っても、どこか追いつけない焦燥感があった。彼は毎日遅くまで働き、冷え切った夜空の下、自転車で家路につく。


ある夜、疲れ果てた体を引きずりながら自転車を漕いでいると、ふと足を止めた。澄んだ秋の空には、無数の星が瞬いている。冷たい風が彼の頬を撫でた瞬間、涙が溢れ出した。仕事や家族、病気の重圧に押しつぶされそうだった彼にとって、その夜空の美しさは、まるで全てを包み込むかのようだった。


「なんで、今こんなに綺麗なんだ…」声にならないつぶやきが唇から漏れる。父が元気な頃、家族で星を眺めた夜を思い出した。父はいつも、星を指差して名前を教えてくれた。「オリオン座が見えるな。あれが冬の星座だぞ、カッツー。」


今、その父はもう星を見ることができないかもしれない。そう思うと、胸が締めつけられ、涙は止まらなかった。けれど、なぜか心のどこかで感じる安堵もあった。それは、夜空が変わらずそこにあるという確かな存在感だった。


カッツーは父に会うたびに、自分の無力さを痛感する。頑張って働いても、父の病は容赦なく進行していく。しかし、それでも何かが心に芽生え始めていた。それは、彼が父から教わった、何気ない日常の中にある美しさや希望だった。


ある日、父が病床でふと微笑んで言った。「カッツー、外はどうだ? 星は見えるか?」

「うん、見えるよ。相変わらず綺麗だ。」彼は、込み上げる涙をこらえながらそう答えた。


数ヶ月後、父は亡くなった。病室で見送ったカッツーの心は、悲しみに覆われた。それでも、父が最後に見たかった星空を思い出すと、不思議と冷静でいられた。


冬の夜、再びカッツーは自転車に乗り、いつもの道を走っていた。あの夜と同じ場所で、彼は足を止め、空を見上げる。透き通るような星空が、今もそこに広がっている。「お父さん、見てるか…?」


夜空は何も言わない。ただ静かに輝き続けていた。その光は、冷たいはずなのにどこか暖かく、彼の心に染み渡っていく。涙がまた流れ出す。それは、父のいなくなった寂しさと、彼が残してくれたものの大きさを思い知った瞬間だった。


「ありがとう、お父さん。」

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