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「月夜に吠えろ、マリアたち。」
風が騒ぐ夜だった。
都心の裏通り、ネオンが雨粒をなめるように照らすなか、カツカツとブーツの音が響く。
歩いていたのは、佐伯レンジ。身長は低め、痩せ型、口数少なめ。けれども心はいつだって全力疾走。
ロックとパンクを混ぜて煮詰めたような孤独を胸に抱えて、焼酎片手に歩くのが夜のルーティンだ。
その日もコンビニの安焼酎をラッパ飲みしながら、世の中全部に中指立てるような気持ちで歩いていた。
だけど、そんなレンジに、声がかかった。
「お兄さん、どこ行くの〜?」
振り返ると、見た目はギャルっぽい女性が四人。
金髪、タイトスカート、スパンコール、ヒールの音。全員が夜そのものをまとってるような派手さだった。
「べっぴんばっかやん…」
思わず焼酎が喉に詰まる。
「ひとり?寂しくない?」
女のひとりが近づいてくる。香水の香りがやたら強い。
レンジが言葉を選ぼうとしたそのとき──
「つかまえたっ♡」
背後から腕が回され、がっちりとホールドされた。
レンジの肩に顎が乗る。呼気が耳にかかってゾクッとした。
「え?なにこれ、え?」
混乱している間に、前にいた別の“女”がスッと手を伸ばして、
「あら、かわいいタマちゃん♡」
「やめろや!!!」
焼酎のペットボトルを投げるが、ギャル風たちはキャッキャと笑ってよける。
「こいつらやべえ……」
そこでレンジは気づいた。
よく見ると、どこかしら“ゴツい”。
いや、むしろ“美しい”のに、“骨格が強すぎる”。
──全員ニューハーフだった。
目が合うと、どの顔も悪意がない。けれど、どこか「世間からはぐれた者たち」の悲しみと、強さがあった。
レンジは一瞬で悟った。
この人たちは、誰よりも夜と戦ってる。
「マリアたち」──レンジは勝手にそう呼んだ。
しかし、事件は起きる。
背後のホールド役、“マリアのリーダー”っぽい彼女(?)が、酔ったのかヒールが滑ったのか、バランスを崩す。
「あっ、やばっ」
そのまま、レンジの体重を支えきれず、ゆっくりと…
おそろしくスローモーションで、
「バックドロォォォップ!!!」
レンジの体が弧を描き、背中から地面に激突。
──が、落ちたのはマリアの方だった。
レンジは小柄で軽かったため、リーダーが自分の重みでぐるりとひっくり返ってしまったのだ。
「ッあっぶねぇ!マジで死ぬかと……て、えっ、起きてる?」
「……うふふ♡ やるじゃん、ロックンローラーくん。」
地面に倒れながら、マリアは微笑んでいた。
レンジは、なぜか心のどこかがじんわり温かくなった。
そのあと、マリアたちは手を振って去っていった。
ヒールの音が遠ざかる。
誰も警察を呼ばなかったし、レンジも焼酎を拾って黙って立ち去った。
でもその夜、彼は初めて日記にこう書いた。
「マリアたちに出会った。たぶん、俺の人生で一番まともな交流だった気がする。」
そして、彼はもうひとくちだけ、焼酎を飲んだ。
数日後の夜。
レンジはまた歩いていた。
あの日の“マリアたち”との遭遇は、脳裏に焼きついて離れない。
「なんだったんだろうな、あの夜は……」
しかし、その答えを考える暇もなく、目の前に再び現れる“あの4人”。
「やっほ〜♡バックドロップボーイ♪」
ギャル風マリアたちが、まるで再放送のように現れる。
ひとりがマックのポテトを食べながら、「おまえ、やっぱかわいいわ〜」と絡んでくる。
「なんでまた会うんだよ!ここ渋谷じゃねーぞ!?」
「うちら、どこにでもいるの♡夜に生きてるからさ」
まるで野良猫みたいに自由奔放。
でも今回は違った。彼女たちはなぜか“怒っていた”。
「実はさぁ……昨日、マリアの彼氏が他のニューハーフと浮気してたの」
レンジ:「え、そんなジャンルで浮気成立するのか」
「黙れボウズ! てことで、今夜は“復讐”に行くから、アンタも付き合って」
レンジ:「いや、巻き込むなや」
「つーかさ、レンジも最近寂しそうだったじゃん。ストレス発散にちょうどいいっしょ?」
まさかの理由で、マリアたちの復讐ミッションに同行するハメになったレンジ。
行き先は、場末のゲイバー『タルタル地獄』。
店に入ると、派手な照明のなかに、浮気男と思しき“元彼”が座っていた。
「よーし、仕上げはマリアの鉄拳よ♡」
リーダー・マリアがリップを塗り直す。
「ちょい待て、それで行くの?メイクバッチリで?」
「当然でしょ?あたしらの“戦闘メイク”なんだから」
「──でもよ、素顔で殴ったほうが、気持ちも拳も、本音ってやつじゃねぇの?」
その瞬間、バー全体が静かになった。
マリアはしばらく黙っていたが、ゆっくりと化粧ポーチを閉じた。
「……レンジ、おまえ、かっこいいな。」
そして、バッチリメイクをティッシュでゴシゴシ拭き取り、
素顔のまま、元彼にグーパンチを一発。
「嘘ついた顔に、嘘じゃない拳を。」
元彼は吹っ飛び、周囲は拍手喝采。
その夜、レンジはマリアたちに言われた。
「アンタさ、もしかして“夜側の人間”じゃない?」
「は?昼に寝てるだけだよ」
「じゃあ、うちらと一緒だ。昼間、まともなふりして息潜めて、夜にだけ生きてる」
「──そうかもな」
店を出たマリアたちは、再び闇に溶けるように消えた。
レンジはひとり、コンビニでまた焼酎を買い、
静かに夜空を見上げた。
星は出てなかったけど、なぜか今夜は心が軽かった。