『トモシゲとタマエのバレンタイン戦争』
1. 運命のチョコレート
2月14日。
トモシゲ(28)は、朝から落ち着かなかった。
「今年こそ……タマエさんからの本命チョコを……!」
会社の先輩であり、密かに想いを寄せるタマエ(30)。彼女は美人で気が強く、仕事もできる完璧な女性。毎年、義理チョコをくれるが、本命はもらったことがない。今年こそは!
昼休み、社内の女性たちが次々とチョコを配り始める。
「トモシゲくん、はい、義理チョコ」
「あ、ありがとう……」
同僚から渡されたチョコを受け取りながらも、彼の視線はただひたすらタマエを追っていた。
そしてついに——
「ほら、トモシゲ、これ」
タマエが差し出したのは、小さな包み。
しかも、手作りっぽい。
「えっ……これ、本命……?」
「は? 違うけど?」
即答だった。
「なんだ、違うのか……」
「でも特別なチョコではあるわよ」
タマエがニヤリと笑う。
「どういう意味?」
「食べてみなさいよ」
怪しい。だが、トモシゲは期待を込めて一口かじった。
……その瞬間——
「ん!? ぐぅぅぅ!!!」
舌がビリビリし、喉が急激に腫れたような感覚!
「おい! これ、何のチョコだ!?」
「ピーナッツバター入り」
「俺、ナッツアレルギーなの知ってるだろ!?(ガクガク)」
「知ってるわよ?」
「知ってて渡すなよ!!」
「……フフ、やっぱりね」
「やっぱりね、じゃねぇ!?」
トモシゲは慌ててポケットから抗アレルギー薬を取り出し、水で流し込んだ。
「……ったく、死ぬかと思った……」
「大丈夫よ、死ぬほどじゃないでしょ?」
「いや、ギリギリだったからな!? なんでそんなもん食わせたんだよ……」
「だって、あんた毎年『義理か本命かわからない』ってウジウジするから、ちゃんと分かるようにしてあげたのよ」
「どういうことだよ……?」
「もし本命だったら、ピーナッツバターなんて絶対入れないでしょ? つまり、これは完全な義理チョコよ。分かりやすいでしょ?」
「いや、もっと普通の方法で伝えろよ!!!」
タマエは楽しそうに笑った。
「まあ、今年も無事に義理だって分かったことだし、よかったじゃない」
「俺は全然よくない!!!」
2. 逆襲のホワイトデー
それから1か月後、3月14日。
「タマエさん、ホワイトデーのお返しです」
トモシゲはタマエに特製クッキーを差し出した。
「へぇ、意外とちゃんとしてるじゃない」
「もちろんです。タマエさんにぴったりの、特別なクッキーですよ」
タマエは疑いもせずに一口食べた。
——その瞬間。
「……あれ? ちょっと待って……これ……」
「美味しいですか?」
「……めっちゃ辛い!!!!」
口の中が燃えるような激辛クッキーだった。
「トモシゲ、お前、何入れたのよ!?(ゴホゴホ)」
「キャロライナ・リーパー(世界一辛い唐辛子)です」
「バカじゃないの!? 私、辛いの苦手なの知ってるでしょ!!」
「知ってますよ?」
「知ってて食わせるな!!!」
「フフ、やっぱりね」
「やっぱりね、じゃねぇ!!!」
涙目で水をがぶ飲みするタマエを見ながら、トモシゲは満足げに頷いた。
「これでおあいこですね」
「……アンタ、今年のバレンタイン根に持ってたのね」
「そりゃそうですよ。死にかけたんですから」
タマエは呆れた顔をしながらも、クスリと笑った。
「……まあ、面白かったから許してあげるわ」
「え、本当に?」
「ええ。でも……来年のバレンタイン、覚悟しなさい」
「えっ……?」
「今度は本気で仕掛けるから」
「本命チョコで?」
「さあ、どうかしらね」
タマエは意味深な笑みを浮かべた。
——こうして、トモシゲとタマエのバレンタイン戦争は、来年へと続くのだった。