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『花びらの中の刃』
その日、ウシ君は風に逆らって歩いていた。
真冬の夕暮れ、街路樹の枝先が、まるで何かを告げようとして震えている。スーツの襟を立てながら彼は、駅前のカフェに向かった。そこに、“彼女”はいる。いや、“彼”だった。
――知らなかったんだ。まったく、何も。
出会いは些細だった。大学の卒業パーティー、隅っこで一人ソーダを飲んでいた彼女。華奢で、睫毛が長くて、頬に赤みが差していて、言葉が少し遅れてやってくるタイプ。ウシ君は一目でやられた。「可愛い」と思った。というか、心臓が勝手にそう判断してしまった。
彼女の名前は“レイ”。
ウシ君には彼女がいた。でも、レイには彼女を超える「何か」があった。たとえば声のトーン、間の取り方、コートを脱ぐ仕草のひとつまでが、完璧だった。
数回のデートの後、彼はついにホテルのエレベーターの中に立っていた。喉が鳴った。緊張と罪悪感と、もう戻れないという事実が、彼の背中を押す。
「ねえ、ウシ君」
レイが言う。エレベーターの中、淡いライトが彼女――彼の肌をより白く見せる。
「……あたし、本当は男なんだよ」
カツン。何かが、脳内で落ちた音がした。
……何を言ってる?
だって、こんなに綺麗で、こんなに細くて、声だって……でも……いや、待て。今さら、引き返せるのか?
心臓が、暴れている。
けど、唇が、震えて、でも足は動かない。
レイは、笑った。まるで、わかってたように。
「でも、もう止められないんでしょ?」
ウシ君は――うなずいた。
そして、夜が、落ちた。
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その日、ウシ君は風に逆らって歩いていた。
真冬の夕暮れ、街路樹の枝先が、まるで何かを告げようとして震えている。スーツの襟を立てながら彼は、駅前のカフェに向かった。そこに、“彼女”はいる。いや、“彼”だった。
――知らなかったんだ。まったく、何も。
出会いは些細だった。大学の卒業パーティー、隅っこで一人ソーダを飲んでいた彼女。華奢で、睫毛が長くて、頬に赤みが差していて、言葉が少し遅れてやってくるタイプ。ウシ君は一目でやられた。「可愛い」と思った。というか、心臓が勝手にそう判断してしまった。
彼女の名前は“レイ”。
ウシ君には彼女がいた。でも、レイには彼女を超える「何か」があった。たとえば声のトーン、間の取り方、コートを脱ぐ仕草のひとつまでが、完璧だった。
数回のデートの後、彼はついにホテルのエレベーターの中に立っていた。喉が鳴った。緊張と罪悪感と、もう戻れないという事実が、彼の背中を押す。
「ねえ、ウシ君」
レイが言う。エレベーターの中、淡いライトが彼女――彼の肌をより白く見せる。
「……あたし、本当は男なんだよ」
カツン。何かが、脳内で落ちた音がした。
……何を言ってる?
だって、こんなに綺麗で、こんなに細くて、声だって……でも……いや、待て。今さら、引き返せるのか?
心臓が、暴れている。
けど、唇が、震えて、でも足は動かない。
レイは、笑った。まるで、わかってたように。
「でも、もう止められないんでしょ?」
ウシ君は――うなずいた。
そして、夜が、落ちた。