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第一章 白い破壊者
その年の春は、やけに風が強かった。
世界最大のアートイベント《エンプティータイル》。
音、色、沈黙、光、衣、鼓動、影、振動、言葉――
9人の若きアーティストたちは、世界を再構築するように、この日を迎えた。
それは、何もない場所に「意味」を浮かび上がらせる祭典だった。
空白の上にしか咲かない芸術。
だからこそ、その名は――《エンプティータイル》。
彼らは、仲間だった。
痛みを知り、孤独を越えて、創作を分かち合った者たち。
ただの若造ではない。命を注ぎ、己を削ってきた者たちだ。
だが――
その「空白」に、彼は現れた。
クラ君。
イベントオーナー。年齢は50を過ぎ、かつては小さな広告代理店でチラシを作っていたという。
芸術家ではない。ただの金と権限を持った“オジサン”だった。
彼は、こう言った。
「君たちのやってること、すごいと思うよ。うん、まぁ俺にはよくわかんないけどさ。
でも――“無”に意味があるってのは、やっぱりさ、嘘だと思うんだよね。
だから、俺がちょっと手を加えてやるよ。“ホンモノ”にしてあげる。」
白いペンキの缶。
会場の中央、“空白”として残された巨大な白床に、
彼は無遠慮に足を踏み入れた。
踏み抜かれたその一歩で、音響センサーが狂った。
作品の照明がバグり、光と闇がせめぎ合い、破壊のリズムが始まった。
「やめろ、クラ君!」「そこは作品の一部なんだ!」
怒声が響く。だがクラ君は笑っていた。
「君ら、芸術家なんだろ?なら、こういうのも“味”だって思わないと!」
仲間たちが駆け寄るも、遅かった。
白いラインは床に広がり、センターの意味は崩れ去る。
レンの沈黙は壊れ、ヨリの光は意味を失い、ミカの布は破られ、Daiの構築物は粉砕された。
クラ君は満足そうに言った。
「ほら、俺もアーティストの端くれってことで。SNSにあげていい?」
その瞬間だった。
Lalaのドレスが炎上し、スプリンクラーが作動。
ジョーのスピーカーが水を被り、火花を上げ、フミの言葉は沈黙に溺れた。
シュヴァルツの影絵は闇に飲まれ、カトリーナの鍵盤は水没し、すべてが、終わった。
⸻
最終章 終演
観客は立ち尽くした。
スタッフは混乱し、カメラは宙を泳ぎ、ライブ配信は切れた。
風だけが会場を吹き抜ける。
クラ君は、白いシャツにペンキを浴びながら、ただ笑っていた。
「ごめんね、でも、自由ってこういうことでしょ?」
9人は、誰も答えなかった。
誰も、怒鳴らなかった。
ただそこに立ち尽くし、崩れたステージを見つめていた。
ジョーが口を開いた。
「……全部、終わったな。」
誰も否定しなかった。
誰も、救おうとしなかった。
もう、意味はなかった。
夜が来た。
誰もいないステージに、風が舞い、ペンキの跡が残った。
9人は、解散した。
シュヴァルツは国を出て、フミは言葉を封じ、Daiは作品を燃やした。
誰も、もう再び交わることはなかった。
クラ君は――
翌週、雑誌のコラムでこう書いた。
「若い子たちは繊細すぎる。もっと余白を許せる社会になってほしい。」
⸻
終わりに
何も残らなかった。
ただ空虚な床と、壊れた機材と、名前のない怒りだけが、そこにあった。
だがそれでも、誰かが言ったという。
「美しいものは、壊れても美しい。
でも、あれは美しさではなかった。
ただの、暴力だった。」
そう、それが――《エンプティータイル》事件の全てである。
By 666666RADIO第一章 白い破壊者
その年の春は、やけに風が強かった。
世界最大のアートイベント《エンプティータイル》。
音、色、沈黙、光、衣、鼓動、影、振動、言葉――
9人の若きアーティストたちは、世界を再構築するように、この日を迎えた。
それは、何もない場所に「意味」を浮かび上がらせる祭典だった。
空白の上にしか咲かない芸術。
だからこそ、その名は――《エンプティータイル》。
彼らは、仲間だった。
痛みを知り、孤独を越えて、創作を分かち合った者たち。
ただの若造ではない。命を注ぎ、己を削ってきた者たちだ。
だが――
その「空白」に、彼は現れた。
クラ君。
イベントオーナー。年齢は50を過ぎ、かつては小さな広告代理店でチラシを作っていたという。
芸術家ではない。ただの金と権限を持った“オジサン”だった。
彼は、こう言った。
「君たちのやってること、すごいと思うよ。うん、まぁ俺にはよくわかんないけどさ。
でも――“無”に意味があるってのは、やっぱりさ、嘘だと思うんだよね。
だから、俺がちょっと手を加えてやるよ。“ホンモノ”にしてあげる。」
白いペンキの缶。
会場の中央、“空白”として残された巨大な白床に、
彼は無遠慮に足を踏み入れた。
踏み抜かれたその一歩で、音響センサーが狂った。
作品の照明がバグり、光と闇がせめぎ合い、破壊のリズムが始まった。
「やめろ、クラ君!」「そこは作品の一部なんだ!」
怒声が響く。だがクラ君は笑っていた。
「君ら、芸術家なんだろ?なら、こういうのも“味”だって思わないと!」
仲間たちが駆け寄るも、遅かった。
白いラインは床に広がり、センターの意味は崩れ去る。
レンの沈黙は壊れ、ヨリの光は意味を失い、ミカの布は破られ、Daiの構築物は粉砕された。
クラ君は満足そうに言った。
「ほら、俺もアーティストの端くれってことで。SNSにあげていい?」
その瞬間だった。
Lalaのドレスが炎上し、スプリンクラーが作動。
ジョーのスピーカーが水を被り、火花を上げ、フミの言葉は沈黙に溺れた。
シュヴァルツの影絵は闇に飲まれ、カトリーナの鍵盤は水没し、すべてが、終わった。
⸻
最終章 終演
観客は立ち尽くした。
スタッフは混乱し、カメラは宙を泳ぎ、ライブ配信は切れた。
風だけが会場を吹き抜ける。
クラ君は、白いシャツにペンキを浴びながら、ただ笑っていた。
「ごめんね、でも、自由ってこういうことでしょ?」
9人は、誰も答えなかった。
誰も、怒鳴らなかった。
ただそこに立ち尽くし、崩れたステージを見つめていた。
ジョーが口を開いた。
「……全部、終わったな。」
誰も否定しなかった。
誰も、救おうとしなかった。
もう、意味はなかった。
夜が来た。
誰もいないステージに、風が舞い、ペンキの跡が残った。
9人は、解散した。
シュヴァルツは国を出て、フミは言葉を封じ、Daiは作品を燃やした。
誰も、もう再び交わることはなかった。
クラ君は――
翌週、雑誌のコラムでこう書いた。
「若い子たちは繊細すぎる。もっと余白を許せる社会になってほしい。」
⸻
終わりに
何も残らなかった。
ただ空虚な床と、壊れた機材と、名前のない怒りだけが、そこにあった。
だがそれでも、誰かが言ったという。
「美しいものは、壊れても美しい。
でも、あれは美しさではなかった。
ただの、暴力だった。」
そう、それが――《エンプティータイル》事件の全てである。