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S2#29 ストーカー彼氏の話


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『おかえしに来ました』


あの夜、高地くんは一人でラーメンを食べていた。

大してうまくもないのに、食後にいつも胃が重たくなるのに、なぜかそのラーメン屋に通い詰めていた。


「高地くん、だよね?」


不意に、隣の席に男が座っていた。

髪は濡れていて、Tシャツの袖が破けていた。なのに妙にニコニコしていた。


「彼女から、いろいろ聞いたよ」


高地は眉をひそめた。

“彼女”とは、数ヶ月前に別れた元カノのことだ。

その隣には、たしか今彼がいた。

SNSのプロフィール画像で見た記憶がある。

…この男だ。


「君のこと、ほんとはまだ好きなんじゃないかって、言ってたよ」

男の声はやさしかった。

「だから僕ね、高地くんに“おかえし”しようと思ってさ」


「……は?」

高地は思わずラーメンを啜るのをやめた。


男は首を傾げた。

「ねえ、高地くん。君、まだ彼女の“爪”持ってるよね?」


一瞬、店のBGMが止まったような錯覚がした。


「ほら、引っかかれたところ。治ってないじゃん」

男は笑った。

「君に返すね。僕がもらった彼女の“歯”、ぜんぶ」


男はポケットから、ガチャガチャと音を立てて、

小さなジップロック袋を取り出した。

そこには、小さな乳白色の、いくつもの歯が詰まっていた。


「これで平等だよね」

「…いや、何の話をして…」

「“おかえし”だよ。きみも彼女に爪をもらって、

 ぼくも歯をもらった。

 だから、次は――君の番だよね?」


男の目がにっこり笑った。

瞳孔が開きすぎていた。

店内がぐにゃりとゆがんで見えた。


高地くんが気づいたのは、その男の腕だった。

腕に、白い糸で縫われた跡がある。

いや、それは糸ではなく――髪の毛だった。


「高地くん、

 “彼女”、どこに埋めたの?」


ラーメンのスープが急に血の味に変わった気がした。

誰かが、笑っている気がした。


男は、笑顔のまま言った。


「ぼくね、“彼女の声”がまだ耳に残ってるんだ。

 君のことばっかり呼ぶ声がさ。

 …返しに来たんだよ。君に、全部」


男が差し出したもう一つの袋には、

舌が、入っていた。



終。



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