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「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんの足跡の2回目です。
河村さんの話では神功皇后の軍勢はおよそ1万人くらいだっただろう、という話です。
今回はその軍勢で香椎宮から羽白熊鷲の討伐に出発するところから。
羽白熊鷲は朝倉方面の山岳系の狩猟に携わる人達の集団。
一行は香椎から太宰府方面へ、さらに朝倉の中津屋へ。ここに本陣を張ります。
近くの砥上岳には神功皇后関連のたくさんの名前が残っています。砥上岳に上って付近の地形を調査したもので思われます。そして、羽白熊鷲を追いつめ秋月の方へ向かっていきます。
羽白熊鷲は最終的には嘉穂郡の大熊で討伐されたといわれます。
熊鷲の墓は現在は甘木市の水の文化村にあります。
この後、一行は宝満川を下って筑後川へ。さらに、有明海から矢部川を上り、山門の田油津姫を討伐。
そして、今度は佐賀市へぬけ、嘉瀬川を経由して糸島方面へ行くのです。
ここで、注目されるのは一行の足跡。不思議なことに邪馬台国山門説のルートである宝満川~筑後川~矢部川そして山門への道が重なるのです。
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「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんの足跡の2回目です。
河村さんの話では神功皇后の軍勢はおよそ1万人くらいだっただろう、という話です。
今回はその軍勢で香椎宮から羽白熊鷲の討伐に出発するところから。
羽白熊鷲は朝倉方面の山岳系の狩猟に携わる人達の集団。
一行は香椎から太宰府方面へ、さらに朝倉の中津屋へ。ここに本陣を張ります。
近くの砥上岳には神功皇后関連のたくさんの名前が残っています。砥上岳に上って付近の地形を調査したもので思われます。そして、羽白熊鷲を追いつめ秋月の方へ向かっていきます。
羽白熊鷲は最終的には嘉穂郡の大熊で討伐されたといわれます。
熊鷲の墓は現在は甘木市の水の文化村にあります。
この後、一行は宝満川を下って筑後川へ。さらに、有明海から矢部川を上り、山門の田油津姫を討伐。
そして、今度は佐賀市へぬけ、嘉瀬川を経由して糸島方面へ行くのです。
ここで、注目されるのは一行の足跡。不思議なことに邪馬台国山門説のルートである宝満川~筑後川~矢部川そして山門への道が重なるのです。
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