余白の朗読室

三等分屋


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三等分屋


朝礼で、大滝はよく話した。


「数学の世界に、三等分屋と呼ばれる人たちがいる。コンパスと定規だけでは角を三等分できないと証明されているのに、できるはずだと信じて挑み続ける人たちのことだ。ドン・キホーテのように、不可能に槍を向け続ける愚か者、というわけだ」


会議室に十数人が並んでいた。


「だが、仕事は数学じゃない。できない、からは何も生まれない。できると考えることから、斬新なものが生まれるんだ」


大滝は続けた。


「私は三等分屋でありたい。できないからは何も生まれない。できると信じる者だけが、誰も見たことのないものを作れる」


うなずく者もいた。感心したように聞いている者もいた。


宮田には響かなかった。


できない、の意味が違う。できないことを証明するのは、否定ではない。前進だ。この道は塞がれていると分かるから、次の目標が定められる。不可能の輪郭を掴むことが、可能性の地図を描くことになる。社長には、その区別がついていないのだと思った。


六十二歳。中卒から叩き上げ、家電の卸問屋を一代で年商五十億の企画会社に育てた男だ。不可能だと言われたことを信じなかった。だから今がある。それは本当のことだろう、と宮田は思う。ただ、それだけではない。


その日の朝礼の最後に、大滝は言った。


「新商品の企画を出せ。来月までに」


沈黙が落ちた。


「充電不要の携帯扇風機はどうだ」


誰も答えなかった。大滝が宮田を見た。


「どう思う」


「物理的に不可能です」


宮田は言った。バッテリーを積めば充電が必要になる。積まなければ動かない。どちらにしても、充電不要にはならない。


「できないのはやらないからだ」


大滝は言った。それ以上の説明はなかった。



三ヶ月後、宮田は試作品を会議室のテーブルに置いた。


縦四十センチ。重さ二キロ超。持ち手の部分に小型の風車と振動発電ユニットが内蔵されていた。扇風機を振れば風車が回り、歩けば振動で発電し、その電力でモーターを動かす。バッテリーは積んでいない。


「仕様通りです」と宮田は言った。「バッテリーは積んでいないので、充電の必要がありません」


大滝は試作品を手に取り、スイッチを入れた。腕を大きく振ると、ファンが弱々しく回った。


「重いな」


「2.1キログラムです」


「売れんな」


「はい」


大滝はしばらく無言で、試作品をテーブルに戻した。


「やればできただろう」


「もちろん、これじゃ商品にならん。だが最初から『できない』と言うのは違う」


大滝は続けた。


「三等分線の引き方を教えてやろう。何度も線を引くんだよ。これぐらいかな、と思う線をな。納得したら完成だ」


宮田には、言いたいことはわかった。わかったが、どこかで誤魔化されている気もした。数学的に正しくない三等分線は、三等分線ではない。納得と正確さは、別の話だ。


ただ、と宮田は思った。大滝のような夢見る三等分屋がいるからこそ、動き出すことがある。その尻拭いは周りがすることになるが、それもまた仕事というものかもしれない。


会議室を出た。


どうするか。この仕様では軽量化はできない。それが分かったから、次が探せる。全く別のアプローチで、本当に使えるものを作れるかもしれない。


できないという答えは、地図の上に引かれた一本の線だった。


苦笑いしながら、宮田は歩き続けた。


三等分屋とは、夢を見る人のことではない。


夢と現実の境界線を、自分で引いてしまう人のことなのだ。

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余白の朗読室By tosusia