「なんで頑張ってない人の心理的安全性まで、こっちが確保してやらなきゃいけないんだよ」——そんな一言から始まる今回。
自由とわがままを履き違えた"心理的安全性"への違和感、"怒らない教育"の話、大谷翔平を引き合いに出した練習論などなど。
情報の差分に価値がなくなった時代に、誰が喋るかがなぜ重要になるのか。AIには絶対に代替できない「体験」「感情」「人とのつながり」とは何か。気づけば経営の話のはずが、気づけば哲学の話に。
忙しない日々の中で、たまにはこのくらい自由に正解のない話をさせていただいてます。