セッション、なんてやるとしたら
わかってもらえない
伝わらなかった
なんてなることあるかもですが
当たってます!か
全然違います!か
どちらかです。
猿の器用ー不器用
虎のビジネス出来るー出来ない
そこにね
才能あるんですよ。
今までの自分を守るすべに使ってきただけかもしれない
ここは「関係性の世界」
表が出たら裏が引っ付いてる
比較、関係性、ここに基準を持たせてるから操られる。
出来る出来ないなんて基準がない
言葉
だから、出来るようになるために
習わなければ、の方に行かないこと。
自分がどこまで出来てるか、なんて問いをしないこと。
虎の人なら「出来る」しかないし
猿の人ならそれを「遊ぶ」しかない
出来るとか、出来ないなんて関係ない
それを、お金もらってやってる
仕事としてやってる、
あるいは、たくさんの人が来てくれるんです、
なんてことを「出来る」こと
「出来てる」人として捉えます。
「出来る、出来ない」の「基準」においてたりする。
動物占いなら、動物の解説全部できます、
数秘なら、数字の解説全部できます、とか
占星術なら、全部の星座の解説できます、今の星の流れを説明できます、とか
そんな知識を知ってたら、解説ができたら「出来る」って思い込んでるだけ。
それが出来ない、あるいは、
あの先生みたいになりたい、
なんてやるから、
どんどん自分から離れる。
自分ではない、違うものにならなければならない、
が一番しんどいですよね。
で、みんなしんどい、しんどい、ってなるんです。
だから
「好きなことをしましょう」
「好きなことをビジネスにしましょう」
って言ったって、
そっち側に行ったら、しんどくなるだけです。
ホントの自分から離れるから。
そうじゃない、
知識や他人じゃなく、徹底的に自分を観て
自分がどんなフィルターでこの人を観ているのか?
を観ていくだけ。
で、その人に正しい知識を教えなければ、正しいことを言わなければ、
ってなってたら、その人は
どんどん本質から離れます。
だから、もっと教えてください、ってなるので、
どんどんビジネスになる。
それやればやるほど、生徒さんは来るけど、
生徒さんは、どんどん自分の本質(source)から離れていきます。
高い金払って、どんどん本質から離れていくだけ。
違うものになれないから結局挫折する。
結局、諦める。
で、私がダメ、か、あの先生ダメだ、かどっちか
で、結局どっちかに分かれる。
この世界は永遠にどっちかに分かれる世界。
現象を観て、評価する、判断するだけ。
そうじゃないんです。
本来の自分を観る、ためだけに
現象が起きてるんだから、
あ、違うな、と違和感感じたら
こっち(source)へ戻るだけ。
だから、知識を習えば習うほど
本来の自分から離れます。
勉強すればするほど、答えから離れるってこと。
知識の方に操られるから。
だから、どっかで、あ、違うなって
違和感覚えたら、こっちへ戻るだけ、本来自分の「感覚」に。
そのために、何に反応したのか?
何か反応したものがあるな、って本来の自分に「問う」だけ。
何に反応したのか?は永遠にわからない。
なぜ「ピーマン」ご嫌いなのか?
なんて、どこまで聞いても答えは見つからない。
答えのない質問。
「なんかありますよねー」後ろに放り込んでほっといたらいい。
「なんかありますよねー」と
後ろに放り込んでほっといたら
後ろから勝手に物事起こしてくれる、ヒントが出てくる。
で、それに乗ってりゃいい。
だけど、起こったことに僕らは反応する、
反応して、どうしよーってなる。
その瞬間に、また戻るだけ。
で、「私の中に、これに反応する、何かがあるんですねー」
って「問い」を後ろに投げるだけ。
動物占い、数秘術、占星術…
誕生日で見るやつは全部、その設定があるだけ
だけど、なぜその設定なのか?はわからない。
ただなんでその設定で生まれてきたのか?
なんてわからないけど、
その設定のせいで、そう感じてしまうんやなってだけ。
で【その自分を愛する】
「わたし、それ苦手なんですー」
って言ってきたやつを自分だと信じてきたから、
そこから離れて
「なんかあるんですよねー」だけ。
出来る出来ないにいかない。
反応する、ということは
「何かある」ということ。
これからのあなたの大きなヒントがある、ということ。
「出来る出来ない」
「やるやらない」
「苦手得意」
なんて言葉が出てきたら
一回離れる。
セッション、なんてやるとしたら
わかってもらえない
伝わらなかった
なんてなることあるかもですが
当たってます!か
全然違います!か
どちらかです。
猿の器用ー不器用
虎のビジネス出来るー出来ない
そこにね
才能あるんですよ。
今までの自分を守るすべに使ってきただけかもしれない
ここは「関係性の世界」
表が出たら裏が引っ付いてる
比較、関係性、ここに基準を持たせてるから操られる。
出来る出来ないなんて基準がない
言葉
だから、出来るようになるために
習わなければ、の方に行かないこと。
自分がどこまで出来てるか、なんて問いをしないこと。
虎の人なら「出来る」しかないし
猿の人ならそれを「遊ぶ」しかない
出来るとか、出来ないなんて関係ない
それを、お金もらってやってる
仕事としてやってる、
あるいは、たくさんの人が来てくれるんです、
なんてことを「出来る」こと
「出来てる」人として捉えます。
「出来る、出来ない」の「基準」においてたりする。
動物占いなら、動物の解説全部できます、
数秘なら、数字の解説全部できます、とか
占星術なら、全部の星座の解説できます、今の星の流れを説明できます、とか
そんな知識を知ってたら、解説ができたら「出来る」って思い込んでるだけ。
それが出来ない、あるいは、
あの先生みたいになりたい、
なんてやるから、
どんどん自分から離れる。
自分ではない、違うものにならなければならない、
が一番しんどいですよね。
で、みんなしんどい、しんどい、ってなるんです。
だから
「好きなことをしましょう」
「好きなことをビジネスにしましょう」
って言ったって、
そっち側に行ったら、しんどくなるだけです。
ホントの自分から離れるから。
そうじゃない、
知識や他人じゃなく、徹底的に自分を観て
自分がどんなフィルターでこの人を観ているのか?
を観ていくだけ。
で、その人に正しい知識を教えなければ、正しいことを言わなければ、
ってなってたら、その人は
どんどん本質から離れます。
だから、もっと教えてください、ってなるので、
どんどんビジネスになる。
それやればやるほど、生徒さんは来るけど、
生徒さんは、どんどん自分の本質(source)から離れていきます。
高い金払って、どんどん本質から離れていくだけ。
違うものになれないから結局挫折する。
結局、諦める。
で、私がダメ、か、あの先生ダメだ、かどっちか
で、結局どっちかに分かれる。
この世界は永遠にどっちかに分かれる世界。
現象を観て、評価する、判断するだけ。
そうじゃないんです。
本来の自分を観る、ためだけに
現象が起きてるんだから、
あ、違うな、と違和感感じたら
こっち(source)へ戻るだけ。
だから、知識を習えば習うほど
本来の自分から離れます。
勉強すればするほど、答えから離れるってこと。
知識の方に操られるから。
だから、どっかで、あ、違うなって
違和感覚えたら、こっちへ戻るだけ、本来自分の「感覚」に。
そのために、何に反応したのか?
何か反応したものがあるな、って本来の自分に「問う」だけ。
何に反応したのか?は永遠にわからない。
なぜ「ピーマン」ご嫌いなのか?
なんて、どこまで聞いても答えは見つからない。
答えのない質問。
「なんかありますよねー」後ろに放り込んでほっといたらいい。
「なんかありますよねー」と
後ろに放り込んでほっといたら
後ろから勝手に物事起こしてくれる、ヒントが出てくる。
で、それに乗ってりゃいい。
だけど、起こったことに僕らは反応する、
反応して、どうしよーってなる。
その瞬間に、また戻るだけ。
で、「私の中に、これに反応する、何かがあるんですねー」
って「問い」を後ろに投げるだけ。
動物占い、数秘術、占星術…
誕生日で見るやつは全部、その設定があるだけ
だけど、なぜその設定なのか?はわからない。
ただなんでその設定で生まれてきたのか?
なんてわからないけど、
その設定のせいで、そう感じてしまうんやなってだけ。
で【その自分を愛する】
「わたし、それ苦手なんですー」
って言ってきたやつを自分だと信じてきたから、
そこから離れて
「なんかあるんですよねー」だけ。
出来る出来ないにいかない。
反応する、ということは
「何かある」ということ。
これからのあなたの大きなヒントがある、ということ。
「出来る出来ない」
「やるやらない」
「苦手得意」
なんて言葉が出てきたら
一回離れる。