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戦後80年の今年。
MBCラジオでは8月1日から14日まで、「#そして語り継ぐ~特攻の記憶~ 」を
お送りしてきました。
近年、戦争を実際に経験した方に当時の話を聞くのが難しくなったことに加え、
それを受け継いだ語り部も減少しています。
各市町村出身の10代の若者が聞き手となり、
語り部からストーリーを受け継ぎ、特攻、そして戦争そのものを振り返り、
考えるきっかけとなることを願いながら放送してきました。
これまで放送してきた10回の放送を、総集編としてまとめてお送りします。
今回は、番組ナビゲーターの椿井紗代さんが、20代から語り部活動を行っている肝付友美さんにお話を聞きました。
なぜ語り部になろうと思ったのか?
これまで受け継いだお話で印象深いストーリーは?
若い人に届けたいメッセージは?
インタビュアー:椿井 紗代
語り部:肝付 友美さん
大隅半島の中央部に位置する鹿屋市。
太平洋戦争時、鹿屋市には3つの飛行場が存在し、
日本で最も多くの特攻隊が出撃した歴史があります。
鹿屋海軍航空基地からは908人、串良海軍航空基地からは363人の
特攻隊員が出撃し、尊い命を失いました。
兄の徳永幸雄さんが特攻隊員だったという、89歳の稲村ツヤ子さん。
お兄さんはなぜ特攻隊員になったのか?
家を出る前に残していった言葉は?
家族はどんな思いだったのか?
稲村さんにお話を聞きました。
インタビュアー:蔵ヶ崎 美月(鹿屋高校)
語り部:稲村 ツヤ子さん
鹿児島県本土の中央部にある霧島市。
太平洋戦争時、現在の陸上自衛隊国分駐屯地周辺には第一国分基地が、
現在の鹿児島空港一帯には十三塚原飛行場とも呼ばれた第二国分基地が置かれ、
427人が飛び立ち、尊い命が奪われました。
第二国分基地があった地元の方の話を受け継いできた内村さん、
そして、十三塚原記念館を建設された山元さんにお話を聞きました。
インタビュアー:榎園 奈桜(国分中央高校)
語り部:内村 俊博さん(論地自治公民館長)
山元 正博さん
鹿児島市からフェリーで南におよそ5時間。
周囲およそ20キロの自然豊かな島に、
173人が暮らしている三島村の黒島。
太平洋戦争末期、米軍機の襲撃により、島民に多くの犠牲者が出ました。
鹿児島県本土から沖縄へ向かう特攻機の通り道になっていた黒島の上空。
機械の不具合などで4機が近くの海や山に不時着。
けがをした隊員6人を住民たちが看病しました。
黒島の大里集落で生まれ育った、現在90歳の米盛さん。
兵隊が着陸した時はどのような様子だったのか?
どんな交流があったのか?
そして、戦時中の黒島の生活は?
米盛さんにお話を伺いました。
インタビュアー:土方 蔵之介(三島村立三島大里学園)
語り部:米盛 レイ子さん
大隅半島の北部にある曽於市。
太平洋戦争末期、岩川航空基地からは約80回出撃し、
105人の隊員がなくなりました。
この岩川航空基地に拠点をおいたのは、芙蓉部隊。
静岡県で編成され、鹿屋航空基地に展開しましたが、頻繁に米軍の空襲に遭い、
岩川航空基地に移りました。
隊を率いた美濃部正少佐は、特攻作戦に異議を唱え、
夜間攻撃に特化した作戦を実行しました。
芙蓉部隊は1機の特攻機も出すことなく、
終戦まで夜間攻撃をもって戦い続け、米軍に甚大な損害を与えました。
詳しいお話を持田さんに伺いました。
インタビュアー:牛山 愛理(曽於高校)
語り部:持田 初穂さん(芙蓉部隊の記録をつくる会)
鹿児島の北西、熊本県と隣接する出水市。
太平洋戦争時、海軍航空隊の訓練用だった出水基地は、
戦局がひっ迫した終戦間際、実践基地となり、
約200人が特攻隊員として出撃しました。
出水にはなぜ基地が置かれたのでしょか?
どんな特攻隊員がいたのでしょうか?
今月からオープンしている、「出水市戦争の記憶展示室」で、
語り部活動を行っている、西さんと神さんからお話をお聞きました。
インタビュアー:元島 匠之助(出水中央高校)
河野 秀誠(出水中央高校)
語り部:西 和泉さん(出水市平和学習ガイドの会)
神 信裕さん(出水市平和学習ガイドの会)
薩摩半島の南部にある、南さつま市。
太平洋戦争末期、陸軍最後の飛行場「万世飛行場」から、
わずか4か月の間に、200人近い特攻隊員が飛び立ちました。
万世特攻平和祈念館で語り部として活動している、小屋敷さん。
万世はどんな基地だったのでしょうか?
どんな特攻隊員が所属していたのでしょうか?
これまで語り継いできたお話を、小屋敷さんからお聞きました。
インタビュアー:大藤 悠(鳳凰高校)
大園 啓太(鳳凰高校)
語り部:小屋敷 茂さん(万世特攻平和祈念館)
鹿児島市から南におよそ380キロ、奄美大島の東に位置する喜界島。
太平洋戦争後期、沖縄へと向かう特攻機の整備・給油のための
中継地となっていたほか、250キロもの爆弾を積んだ木製の小型ボートで
体当たりをする、特攻艇=「震洋」の部隊が配置されました。
戦争の時代を生きた、現在91歳の上山さん。
特攻隊員の方と戦時中、交流があったとのことです。
普段はどのような会話をしていたのか?
終戦時は、どのような言葉を残したのか?
上山さんからお聞きしました。
インタビュアー:生田 光陽(喜界高校)
語り部:上山 満則さん
薩摩半島の南端にある指宿市。
太平洋戦争時、「田良浜」には、指宿海軍航空基地が置かれ、
特攻隊の出撃の地となりました。
戦闘機が不足する中、水上偵察機に乗って82人の隊員が出撃し、命を失いました。
また、敵機の迎撃により、100人以上の基地の隊員がなくなりました。
戦争の時代を生きた、現在95歳の大吉さん。
終戦当時は指宿高等女学校の3年生でした。
学業ではなく、特攻隊員たちが飛び立つための滑走路作りをしたということです。
どんな学生時代を過ごされていたのか、大吉さんからお聞きしました。
インタビュアー:秋元 悠里(指宿高校)
吉元 太一(指宿高校)
語り部:大吉 通子さん
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今年は戦後80年。
戦争を体験した方に当時の話を聞くのが難しくなったことに加え、
それを受け継いできた語り部も減少しています。
知覧や鹿屋以外にも鹿児島県内には特攻拠点がいくつもありますが、
私たちが知らない事実が多くあります。
★ナビゲーター&テーマソング
椿井 紗代(つばい さよ)
鹿児島県在住の10代のシンガーソングライター。
中学1年生の頃からギターを始め、弾き語りを中心に活動。
MBCテレビ「NEWS NOW」のED曲「タイムリミット」を高校生の時に手掛けるなど、
オリジナル曲をYouTubeやSNSで公開。
番組テーマソング:『またね』
★聞き手サポーター
小薗 秀汰アナウンサー
村田 晏奈アナウンサー
山辺 丈瑠アナウンサー
若手アナウンサーが語り手と聞き手のつなぎ役に。