森雪之丞 Poetry Readingの世界『感情の配線』

太陽のある国(女=牧野、影=森) <代官山 蔦屋書店スペシャルSeason.1より>


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太陽のある国(女=牧野、影=森) <代官山 蔦屋書店スペシャルSeason.1より>


女:涙に色があって
  もし真っ赤だったら
  今の私は血だらけの惨殺死体だろう

影:女は台所の闇に転がっている
  冷蔵庫から洩れる光が
  胸に刺さった物語の破片に
  小さく反射する

女:あなたは太陽の匂いがした
  男だけが暮らす真昼だけの王国で
  獰猛な自分の影と闘う戦士だけが持つ匂い
  あなたの背中に指を這わせ
  一つひとつ骨の形を確かめながら抱かれる夜
  他人という存在を
  これほど愛(いと)おしく感じたことはなかった

影:男は旅人
  確かに太陽の匂いがした
  でもそれは
  初めて嗅いだ愛の匂いだったのかも知れない

女:重ねようとした唇の隙間に
  桜の花びらが舞い降りたのは春

影:空も風も微笑みに跳ねる光のサカナ達も
  すべて運命に記されていたような夏の午後

女:私は嘘をついた
  あなたを怒らせるために
  ただちょっと優しさと退屈の違いを
  教えて欲しかっただけなのに

影:男はすでに知っていた
  太陽の沈むこの世界には
  美しいがゆえに儚いものが幾つも隠されている
  女が今触れようとしているのは
  その中のひとつ
  〝失って初めてここにあったと気づくモノ〟だ

女:〝失って初めてここにあったと気づくモノ〟

影:手に入れるためには失うしかない
  だから人はすでに持っていたとしても
  手に入らないものとしてひたすらそれに憧れ続ける

女:例えばそれは?

影:...幸せ。

女:さみしいよ...さみしい…
  ねぇ聞こえる?
  あなたが消えてから
  太陽の昇らないこの部屋で
  あなたに言えなかった言葉を
  何度も囁いています。
  あのね 最後に一言
  ありがとうって言いたかったんだ。
  こんな私でも 他人(ひと)を愛せるんだって
  あなたが教えてくれたんだよ。
  うん今は泣いてるけどね
  泣いてる自分も嫌いじゃない。
  だってあんなに夢中であなたを愛せたこと
  せめて涙で誉めてやらなきゃって
  そう思うの。

影:涙に色があって
  もし真っ赤だったら
  女は無残な惨殺死体だろう
  でも愛を知った涙はこんなにも透き通っていて
  溢れるたびに温かい

女:ありがとう…
  私はあなたに感謝している。
  そして今こうして生きていることにも
  感謝したいと思う。
  幸せに憧れて旅を続ければ
  悲しみはまたどこかで待ち伏せしているだろうけど
  大丈夫、ほら私も太陽の匂いがするでしょ。
  それは臆病な自分と闘う戦士の匂い
  あなたからもらった愛の匂い。

影:女は台所の闇に転がっている
  冷蔵庫から洩れる光に
  そっと指を伸ばすと
  不思議な輝きに彼女は満たされる

女:私は立ち上がり
  冷蔵庫のドアを大きく開ける

影:するとそこには太陽

二人:燃え盛る永遠の太陽

女:どこまでも広がる夏の青空に向かって
  私は歩きだす


《for your ears only ver.》


1976 年作詞作曲家としてデビュー以来、昭和・平成・令和の3 世代でジャンルを超えてヒットチューンを生み出し続ける森雪之丞が、自選詩集『感情の配線』の発売を記念して詩を朗読する番組。
メロディーを脱ぎ捨てた諧謔とエロスと波動(グルーヴ)詩人・森雪之丞の言葉の軌跡を是非ご体感ください。

森雪之丞 自選詩集『感情の配線』
2024年1月14日(日)発売
特設サイト:⁠https://www.mori-yukinojo.com/emotional_wiring/⁠

ハッシュタグ:#感情の配線 #推詩森雪之丞
スタッフX:⁠⁠⁠⁠ ⁠https://x.com/yukinojo_news

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森雪之丞 Poetry Readingの世界『感情の配線』By 森雪之丞