昨日発生したススキノの事件、全容がまだはっきりしてないままで判断するのは厳しいが、京アニ事件や梅田の精神科襲撃事件と類似してる点がチラホラ見える訳で、その背景で共通すんのは、被疑者の自惚れや被害妄想からの暴徒化です。コレ、規模は違えど数多の暴動や紛争、戦乱の要因でもあり、“対話”を言葉通りしか認めてない事で拗れてる話とも言えるのです。
言葉だけで相手を知った風に見下したり、侮蔑してる限り、あらゆる格差を埋める事はできないし、自分の幸福のみを追求し過ぎれば、必ず大多数の者に迷惑をかける結果になります。そして、その自惚れを指摘され、その事で激昂したら、もはや話を聞いてくれません…ただ感情に任せ、暴力に訴えるのみです。こうなると、双方破滅のスパイラルに堕ちるのみです。
つまり、高学歴でもバカはバカであって、過去からの教訓や注意事項、警告なんて、当事者からすりゃ煩わしく目障りなモノでしかなく、また“自分と無関係”として斬り捨てます。そう、“生涯学習”なんてのは“不要”であり、自分こそ“全知全能”と自惚れてるだけです。その気持ちを抑え、自分が感知しない分野を真摯に学ぼうとする者は、中卒程度の学歴でも、大学教授以上の博識になる事も可能であり、それがひいては心の豊かさと柔軟な発想につながるのです。