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Wilcoの「レジェンド像」とSpotifyの数字が示す乖離
Wilcoの『A Ghost Is Born』。最近、XでPitchforkの過去レビューが流れてきたけれど、スコアは9.4(記憶では9.2だったか)。やはり、とてつもなく高い。その流れで久しぶりに聴き直そうとSpotifyを開いてみたら、マンスリーリスナーの数に少し拍子抜けしてしまった。
アーティストページを確認すると、リスナー数は300万人ほど。「え、Wilcoってこんなもんなんだ」というのが正直な感想だ。自分たちのような90年代の音楽を熱心に聴いてきた人間にとって、Wilcoはオルタナ界のレジェンドであり、もっと圧倒的な数字を叩き出しているイメージがあった。
結局、日本での評価、あるいは特定の世代が抱いている「神格化された評価」と、現代のリアルなストリーミングの数字には、かなりの乖離があるのかもしれない。Wilcoで300万人程度なら、例えば自分が大好きなCrackerあたりはもっと少ないはずだ。このあたりのリスナー層の分析は、掘り下げてみると面白いかもしれない。ちなみに、BlurやOasisクラスになると1000万人を優に超えてくる。やはり、あの時代のトップランナーたちは桁が違う。
『A Ghost Is Born』再考とサウンドのキレ
アルバム『A Ghost Is Born』自体は、Wilcoの全作品の中で個人的に「最高傑作」と呼ぶほどのお気に入りではない。けれど、改めて聴くと、この時期のサウンドには独特のキレがある。まだ「オルタナ」としての鋭利な質感が残っていて、そこがたまらなく良い。
自分がWilcoを聴き始めたきっかけは、当時アメリカの**CMJ(College Music Journal)**だった。当時は現地で流行っているアーティストや楽曲が20曲ほど入ったサンプラーCD付きの雑誌が、日本でも1,000円くらいで買えた。今ならSpotifyのプレイリストで済む話だが、当時は現地の空気をリアルタイムで知るための貴重なメディアだった。
少なくとも、当時住んでいた仙台で一番最初にWilcoを聴き始めたのは自分だと、勝手に自負している。それくらい目をつけた時期は早かったはずだ。
『A.M.』から『Being There』への深化
初期を振り返ると、実際に衝撃を受けたのは2枚目のアルバム**『Being There』**からだった。デビュー作の『A.M.』はもっとポップな質感で、あれはあれで良さがある。けれど、セカンドの『Being There』は、いわゆる「アメリカーナ」という言葉の枠を超え、グランジの影響も随所に感じさせるオルタナ・ロック・バンドとしての凄みがあった。
アメリカ全般の音楽を吸収した包括的なロック・サウンド。個人的には、そこに70年代初頭のThe Rolling Stonesのような空気感を感じていた。そこからスムーズにWilcoの世界に引き込まれていったし、何よりJeff Tweedyのボーカル、あの声が当時から本当にかっこよかった。
フジロックで観た時は、正直そこまでグッとこなかった記憶がある。けれど、ライブ・バンドとしての実力は間違いない。またどこかで、今の彼らの音を体感したいと思っている。
By Beat TERAOWilcoの「レジェンド像」とSpotifyの数字が示す乖離
Wilcoの『A Ghost Is Born』。最近、XでPitchforkの過去レビューが流れてきたけれど、スコアは9.4(記憶では9.2だったか)。やはり、とてつもなく高い。その流れで久しぶりに聴き直そうとSpotifyを開いてみたら、マンスリーリスナーの数に少し拍子抜けしてしまった。
アーティストページを確認すると、リスナー数は300万人ほど。「え、Wilcoってこんなもんなんだ」というのが正直な感想だ。自分たちのような90年代の音楽を熱心に聴いてきた人間にとって、Wilcoはオルタナ界のレジェンドであり、もっと圧倒的な数字を叩き出しているイメージがあった。
結局、日本での評価、あるいは特定の世代が抱いている「神格化された評価」と、現代のリアルなストリーミングの数字には、かなりの乖離があるのかもしれない。Wilcoで300万人程度なら、例えば自分が大好きなCrackerあたりはもっと少ないはずだ。このあたりのリスナー層の分析は、掘り下げてみると面白いかもしれない。ちなみに、BlurやOasisクラスになると1000万人を優に超えてくる。やはり、あの時代のトップランナーたちは桁が違う。
『A Ghost Is Born』再考とサウンドのキレ
アルバム『A Ghost Is Born』自体は、Wilcoの全作品の中で個人的に「最高傑作」と呼ぶほどのお気に入りではない。けれど、改めて聴くと、この時期のサウンドには独特のキレがある。まだ「オルタナ」としての鋭利な質感が残っていて、そこがたまらなく良い。
自分がWilcoを聴き始めたきっかけは、当時アメリカの**CMJ(College Music Journal)**だった。当時は現地で流行っているアーティストや楽曲が20曲ほど入ったサンプラーCD付きの雑誌が、日本でも1,000円くらいで買えた。今ならSpotifyのプレイリストで済む話だが、当時は現地の空気をリアルタイムで知るための貴重なメディアだった。
少なくとも、当時住んでいた仙台で一番最初にWilcoを聴き始めたのは自分だと、勝手に自負している。それくらい目をつけた時期は早かったはずだ。
『A.M.』から『Being There』への深化
初期を振り返ると、実際に衝撃を受けたのは2枚目のアルバム**『Being There』**からだった。デビュー作の『A.M.』はもっとポップな質感で、あれはあれで良さがある。けれど、セカンドの『Being There』は、いわゆる「アメリカーナ」という言葉の枠を超え、グランジの影響も随所に感じさせるオルタナ・ロック・バンドとしての凄みがあった。
アメリカ全般の音楽を吸収した包括的なロック・サウンド。個人的には、そこに70年代初頭のThe Rolling Stonesのような空気感を感じていた。そこからスムーズにWilcoの世界に引き込まれていったし、何よりJeff Tweedyのボーカル、あの声が当時から本当にかっこよかった。
フジロックで観た時は、正直そこまでグッとこなかった記憶がある。けれど、ライブ・バンドとしての実力は間違いない。またどこかで、今の彼らの音を体感したいと思っている。

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