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物語を読む⑤小5国語「大造じいさんとガン」


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人間の発言には、叙述的な発言と、行為遂行的な発言があります。「教室に机がある」というのは、一つの事実の叙述ですが、「教室の机、整理しといて!」というのは、誰かに命じたり頼んだりする一つの行為です。叙述はその内容について真偽を確定できますが、行為には真も偽もありません。私たちが日常的に行う発言の大部分は後者です。そして後者には必ず、その発言を行為として成立させる存在である他者がいます。
動物の出る物語には、おとぎ話やファンタジーなど人間と同様に考えたり話したりするキャラクターが登場する話と、人間の目で観察した動物の姿を描く現実的な話がありますが、「ごんぎつね」など前者は、叙述文としては完全に「偽」だと言えるでしょう。一方、「シートン動物記」など後者は、「真」であることが前提になっています。
椋鳩十の書いた「大造じいさんとガン」は後者のタイプの物語ですが、真偽を問うと「偽」であろうと思われる部分が幾つかあります。一人の狩人と、渡り鳥のガンの頭領との知恵比べを描くこの物語は、その設定において誤りが指摘されています。まず、舞台となる鹿児島県の栗野岳にはガン亜科の群れが渡ってきた記録はなく、渡ってきていたのはカモ亜科でした。大造じいさんの相手はガンではなくカモだったようです。また、大造じいさんが捕まえたガンが彼になつき、その肩先にとまるようになったという描写がありますが、ガンもカモも人の肩を掴めるような脚は持っていません。
文体の面でもおかしな所があります。物語は筆者に語った大造じいさんの視点で進行していますが、じいさんの仕掛けた囮のガンがハヤブサに襲われた時は、「残雪の目には、人間もハヤブサもありませんでした。ただ、救わねばならないなかまのすがたがあるだけでした。」と述べられ、分かるはずのないガンのリーダー残雪の心情描写になっています。これは「偽」でしょうか。
「おーい。ガンの英雄よ。おまえみたいなえらぶつを、おれは、ひきょうなやりかたでやっつけたかあないぞ。」ハヤブサとの戦闘で傷ついた体の回復を待って、春の朝、大造じいさんは残雪を空に放してやります。戦いを通して既に残雪は大造じいさんの他者となっていましたが、この語りかけによってその他者性は確固としたものになります。それを踏まえて、筆者、読者という他者に語られる物語の全体も、一つの行為遂行文と解釈すれば、真も偽もありません。
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