木下飴太郎はアイドルの
ライブに初めて足を運んだ
会場には ライブ開始1時間前に到着したが、
予想通り結構な列が
出来ていた
飴太郎がまず気になったのは、
すぐ前に並んでいる女子二人組だ
ちょっとしたアイドルのようにも
見える可愛らしいルックス
原宿や吉祥寺あたりを
歩いていそうなファッションで
とてもオシャレだった
会話の内容から
女子大生だということが分かった
さらに彼女達の話に聞き耳を立てていると、
ほぼ全てのライブや
イベントに参加しているらしく
モコピコ少女連合のかなりコアな
ファンだということも伺えた
飴太郎は、話には聞いていた、
かわいい女性アイドルが好きな、
かわいい女子のファンが実在する
という事実に驚きを隠せなかった
ライブ会場の入場口でチケットを渡し
ラウンジスペースに入場する
そこでは物販が行われている、
キャンペーンのCDを購入すると
ライブの終了後に指定のメンバーと
握手が出来るという情報を
飴太郎はあらかじめHPでチェック済みだった
飴太郎も 生まれて初めての
アイドルとの握手を試みるため
キャンペーンのCDを購入するつもりだ
ここでもちょっとした列が出来ていて、
10枚ほど購入している猛者もいた
こういう猛者の存在は
メディアを通して知ってはいたが
先ほどの女子同様
実際に目にするとやはり違和感を感じる
飴太郎もCDを購入した
握手するメンバーは琥珀芽々華さん
実は飴太郎が今回初めて
アイドルのライブに参戦するきっかけ
になったのはこの、
メメタンこと琥珀芽々華さんが目的だったのだ
飴太郎がメメタンの存在をしったのは
モコピコ少女連合が
最初では無かった
琥珀芽々華さんは大手投稿動画サイト
メロメロ動画の
あるジャンルでは名の知れた人物だった
そのジャンルとはポエムコアと
呼ばれている表現形態だ
メロメロ動画のジャンルの中では
相当マイナーな部類に入る
ポエムコアとは、ドローン
ダークアンビエントなどの
アブストラクトなトラックの上に
物語性の強いポエムが朗読される、
2009年辺りから広まりだしたジャンルだ
飴太郎は2年ほど前に
このポエムコアにはまった時期がある
自身でも幾つかのポエムコアを作って投稿したが、
全く再生数が伸びなかった
その中で琥珀芽々華は、
「ダークエルフ」という名義で
このポエムコアの作り手として、
トップクラスのクリエイターだった
飴太郎がポエムコアに
入れ込んでいたいたときには、
一日に何回もメメタンの投稿した
動画を再生したものだった
そのメメタンがモコピコ少女連合という、
このアイドル戦国時代において
結構な地位を確立している
アイドルグループに加入していると知ったのは
つい一週間前だった。モコピコ少女連合自体は
2、3年前からあるグループで
飴太郎もその存在は何となく知っていた。
半年前 その第二期メンバーとして
3人の新メンバーが加わり現在8人で構成されている
そういう情報も
サブカルサイトなどをチェックしていて知ってはいた
しかし その新メンバーの一人が
あのメメタンだとは思いもよらなかった
飴太郎は最近はポエムコアをチェックしていなかったし、
何よりも投稿した動画の
アップ主の顔は分からなかったのでメメタンが
どんな顔をしているのか知らなかった
それが一致したのは、いつも聴いている
深夜ラジオに、モコピコ少女連合自体
がゲストに出たときにメメタンが
ポエムコアの作り手でメロメロ動画に
投稿していたというエピソードを
語っていたのを聴いてからだ
その事実はモコピコ少女連合の
ファンの間では既に周知のことだったようだが
飴太郎はとても驚いた
改めてモコピコ少女連合のHPで
琥珀芽々華=メメタンの写真を確認してみる
とてつもない美少女という分けではないが、
素朴な可愛らしい女の子だ
現在、現役高校生というプロフィールからすると、
ポエムコアを投稿していた
ときは中学生くらいか・・・ 何て才能だ
飴太郎はこの一週間、メメタンへの思いが
ぐるぐると周り耐えられなくなり
2日前にチケットを購入して
このライブに参戦したという訳だ
ライブフロアに入場して 驚いたのはその客層だった
完全に原宿辺りにいるいまどきの
ファッショにに身を包んだ若者達
飴太郎が想像していた典型的なオタク系の
人達の割合は1割程度だろうか
女子の姿も多く見られる
完全にアイドルを応援することが
ファッションサブカルとして定着している
かつて、アニメ、ゲームなどオタク的な趣味は、
いけてないとされ、ファッショナブルな
人種からは敬遠されがちだったものだった。
しかし その価値観が徐々に変わり始めて来たのは、
海外からの そうしたカルチャーへのラブコールだった
誰がいったのかホットジャパンとして
日本特有のオタク文化は讃えられた。
それまでは欧米の文化こそホットだ、
日本的なオタク文化なんて ださいと思っていた層も、
欧米で褒められていると聞くと
徐々にその態度を改めていくしかなかった。
今や、アニメ、ゲーム、アイドル、こん棒
などは完全にクールなものなのだ。
クラブなどではアニソンDJ、アイドルDJが
モテるなんていうのもネットでよく見る
飴太郎はそのことにいまいち
ついて行けていない最後の世代だった
モコピコ少女連合のライブが始まった
1曲目は 団子鼻の夕暮れ
そのあとは自己紹介
最年少メンバー
猫野ホニ子はこの日のライブを欠席していた
2曲目 「モーテルで菖蒲湯に」
3曲目 「猫 クルミ 猫 もやし」
4曲目 「イチジク女に 鬼畜姫」
5曲目 「引退!!水玉文化際」
6曲目 「節度を守って指人形」
ラスト 7曲目には 30分にもおよぶプログレッシブロック
「汎用漁船で半ケツを」 の熱唱で幕が閉じられた
ライブ後 握手会が行われた 列に並んでいると
20代前半の可愛い女子が前にいる
そして その隣には50代くらいの男性
親子できているのか・・・
しかし会話を聞いているとどうもそうではない。
その二人はまるで他人で
ネットで知り合って一緒にライブにきているのだ
こんなことがあっていいのだろうか
この女性は、こんなオヤジとアイドルの
ライブを見て楽しいのだろうか
この親父の顔は典型的な昔ながらのオタクといった感じだ
このオヤジは、ライブに来ていた
他の何人かの女子とも知り合いらしく、
「君も来ていたんだ」などと声をかけていた
なんともゲスな野郎だ飴太郎は怒りがこみあげてきて、
このオヤジがどんな顔ををしているのか よく見てやろうと
顔を覗き込んでみる
メガネの奥の目が全く笑っていない
飴太郎は得体のしれないどす黒いものを感じた
メメタンとの握手の番が近づいて来た、何て声をかけよう
言葉が出てこない
他のファン達は僅かな時間で、
何とか爪痕をのこそうと必死に会話してるのに・・・
そのまま飴太郎の番になってしまい
「がんばってください」と一言だけつげて
あっさり握手は終了した
いろいろな思いもあったがそれは、
ネットでさらに拡張された虚像
全ては自分一人の思い込みのものでしかない
自分の頭の中の思考がネットにより簡単に
外部に発信できるようになった結果の弊害
自意識は肥大しつづける
そのこととどう、折り合いをつけて生きて行くか
下の世代はそんなことなんか気にせずに楽しそうだ
帰り道 通りの向こうでは夜にも関わらず大勢の人で溢れてる
これが噂のデモか
プラカードを持った人 音楽を奏でる人
こん棒を携えた人
なんだかフェスのようだ
飴太郎はかまわず足を速める
駅について
電車に乗り込む
そこまで混雑はしていない
席にも座れる
スタンディングのイベントだったので
やっと座れたことに飴太郎は安心した
電車は出発し、数分後に次の駅に到着する
この駅では結構な人数が乗車してくる
その中で大分泥酔したオヤジが入って来た
明らかに足下がおぼつかない
手すりを掴みそこね
ふらふら ふらふら よろっ
タトゥーをした怖そうなお兄さんに
思いっきりもたれ掛かる
場に緊張が走る
だが、お兄さんも切れることなく
なんとか場はおさまる
泥酔オヤジはまだ ふらふらしている
泥酔オヤジの周囲に人がいなくなる
電車が大きく揺れたとき
オヤジが後ろに思いっきり倒れる
え、ちょっとやばいんじゃない
あれ 後頭部から思いっきりいったぞ
死んだかもな・・・
周囲が騒然となるなか
飴太郎は携帯に目を移し
ポイッター で 「泥酔オヤジ 電車 死んだ」
と検索してみた
すると既に
「電車で今目の前の
泥酔オヤジが頭から転けたよ これは死んだね」
というつぶやきが投稿されていた
飴太郎は周囲を見渡す すると人だかりの間から
黄色の雪だるまのようなキャラクーがニヤッとしながら
こちらを見ている
手には携帯も握られている
間違いない あいつだ
飴太郎は席を立ち黄色いキャラクターに近づく
そこで電車は停車し 扉が開かれる
黄色いキャラクターはさっと 駅に降りる
飴太郎は なぜかやつを
追いかけなければならないという 衝動にかられ
黄色いキャラクターを追いかける
ホームを駆け 改札を抜け 商店街まで走る
もう見失ったかに思えたとき後ろの暗がりで
声がする
声
「僕たち似ているね もう、
ああすることでしか現実を感じられないんだろ」
飴太郎
「俺は違う お前のようなネットに完全に取り込まれてる
やつらが許せないんだ」
声
「それじゃあ きみは完全なリアルな側の人かい?
それも違うよね
君は今日まともに他人と会話をしてないよね
君は結局リアルとネット
どっちにも属すことが出来ていないんだね」
飴太郎
「それは・・・ 」
暗がりから黄色いキャラクターが姿を現す
黄色いキャラクター
「ごめんよ、ちょっとキツく言い過ぎちゃったね
お詫びに君好みの
2次元幼女を取り揃えた
プニプニサイトを紹介するから許してよ」
そういって黄色いキャラクターの持っている
携帯の画面が激しく光りだし
辺りがホワイトアウトする
飴太郎は気は 気づくといつものように
真っ暗な自分の部屋に
ブリーフ一枚で突っ立って モニターを眺めていた
机には 丸められたティッシュが転がっている
リアルかネットかなんて
もうどうでもいいくらいだるかった
今日の出来事も 全部 リアルかネットかなんて
どうでもよかった
ただこのまま睡魔に襲われて何となく
一日を終えるのだけは嫌だった
そうだよ 俺はこのまま今日を終わらせちゃいけないんだ
飴太郎はブリーフ一枚で5帖の1Rマンションを飛び出す
燃料は自意識
ギリギリの意識の中で思いついたことは ただ一つ
ポエムコアを続けるんだ
走りながら飴太郎は 呪文のような言葉を発する
深夜の国道沿いがバックトラック
闇に理由は要らない
『メメタン』