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FAQs about 「異常気象」から身を守るために:How many episodes does 「異常気象」から身を守るために have?The podcast currently has 10 episodes available.
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(10) 災害と心さて、災害から身を守る具体的な方法を整理してきました。このように整理すると普段から気を配っていると思っていた私も不十分なところがあることに気がつきます。人間の頭は普段からそれほど整理されていないので、ときどき自分で整理したり、家族や友人と話をしたりすることが大切なように思います。ところで、人間はひとり残らずそのうちには死ぬのですが、死というのは自分や家族にとって最大の災害とも言えます。でもそれは仕方がないので、多くの人がそれを受け入れます。それでは死より小さい災害はどのような心構えが必要でしょうか?私は「昨日は晴れ、今日も朝」ということをモットーにしていて、ときどき、色紙などに書かせてもらいます。人生は順風満帆ではなく、嫌なこと、苦しいことが起きるのですが、それは人だから仕方がないと思って「昨日がどんなにどしゃ降りでも、晴れと思う」ことにしています。幸いなことに「昨日」は過去なので、もう二度と帰ってこないのです。だから土砂降りだった(ひどい目にあった)と思えばそうですし、それをすっかり忘れて晴れだったとすればそれで良いというところがあります。そして、眠れなくても眠れても、朝が来たら新しい一日が始まります。なにしろ昨日は晴れですから、朝起きたら昨日のことはあまり覚えていないという状態で、「なにか良い日だったな」ぐらいしか思い出さないのがコツです。そして「本当は今日はなかったのだけれど、有ったのか!それじゃ、今日一日だけ頑張るか!」と思うことにしています。人間はやがて死にます。死ぬ前の日に「明日死ぬ」ということがわかる場合もあるでしょうが、普通は人間は明日死ぬとわからないのですから、本当は「今日しか生きていない」と思わないと生きていけないからです。でも、人間は一つ一つをそれほど論理的に考えているわけではないので、ぼんやりと「明日も、明後日もある」と思っているだけです。そこで、思い切って、「人間はいつ死ぬかわからない。だから、今日が最後と思うおう」と思うと結構、それに近い気持ちになります。かといって、貯金をすべて使い果たそうとも思いません。今日一日と思うと、かえって普通の生活をしたくなります。今日、やるべきことをやり、明日はまた明日だ、明日のことは明日やろう。でもやがてできなくなる日が来るだろうという感じになります。そうなると、仮に地震にあって「もうだめだ」と思っても、「そうか、今日が終わりだったのだ。でも自分は満足だ。これも運命だから」と受け入れることができるでしょう。私はまだ死んだことがありませんが、失明したことがあります。でもその時に、普段から「今日も朝」と思っていたので、動揺せずに切り抜けることができました。災害に遭わないようにするには、具体的に災害の状態を知り、対策を立て、日常的に注意をすること、政府・専門家・NHKのいうことを参考程度に聞くこと、そして「今日も朝」と思うことと私は考えます。(平成26年10月10日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more10minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(9) 災害を避ける方法(地震)自然災害に私たちがビクビクするようになったのは、「東海地震予知」からです。それまでは、「地震も台風もときどき来るものだから、来ても大丈夫なように準備しておこう」と思っていたのですが、東海地震が予知できると言われ、それからずっと「地震がくるとわかったら、逃げよう」というように「準備」より「逃げる」ことに気持ちが行ってしまいました。その結果、東海地方だけは「明日にも来る」と40年も言われて、枕元に防空頭巾やはては乾パンまで準備して寝たものです。でも、それはすべて「ウソ」だったのです。日本人は素直な性質ですから、政府、専門家、NHKなどが繰り返すと、頭にそれが刷り込まれて何回もダマされても、信用しているところがあります。その典型的なものが「石油が枯渇する」というのと「温暖化する」というもので、この二つともすでに間違っていたことがはっきりして、特に石油が枯渇するというのは、最初に「30年でなくなる。すぐ無くなる」といって庶民はトイレットペーパーまで買い漁ったのですが、それから40年たって、また改めて「あと40年」といっても、「信用する」という具合なのです。温暖化も同じで、1988年に「2010年までに1.5℃上がる」と言っていたのに、現実には0.1℃も上がらない、むしろ少し下がり気味なのに、また2010年になると「100年後は4.3℃上がる」というのを信じる始末ですから、素直すぎるとも言えます。これと同じように、東海地震が明日にも来ると言われて40年、その間に阪神淡路大震災、二度の新潟地震、そして東北大震災と大地震をくり返し経験し27000人もの犠牲者を出し、「噴火は予知できる」と言われた噴火でさらに50人の犠牲者を出しても、予知を信じて準備をしないということが続いています。この際、きっぱりと「地震や噴火は予知できない。台風の進路もいい加減だ。だからいつ来ても良いように準備だけはしておこう」と思えば、すっきりします。地震の準備はすでにこのブログでも再三、書いていますが、海岸のそばに家を構えないこと、自分の家の最大震度を調べてそれに応じて家の中を整理することがもっとも良い方法です。私の場合、二階建てなので、二階のものをかなり下ろして二階の重さを軽くしました。もともと日本の住宅は家具も物も諸外国に比べてものすごく多く、しかもすでに社会は「欲しいものがあったら買いに行けばある」ということになっているのですから、古い風習から脱して、その時、その時にいるものを中心とした生活に切り替えることが良いと思います。これもこのブログに書いているように、資源(石油など)も十分にありますし、温暖化もしないのですから、なんでも溜め込む生活から脱することも大切と思います。(平成26年10月10日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more10minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(8) 災害を避ける方法(台風、豪雨、津波)交通事故や火災を防ぐことはできても、天災は避けられないような気もしますが、「やる気があれば避けることはできる」ということをまずは「非現実的などうか」を考えずに、整理してみたいと思います。私は「自分はそれほど複雑なことは考えられない」と思っていて、最初から「出来るかできないか」、「お金がどのぐらいかかるか」などは考えずに、「やるべきこと」を整理して、それからできないことを外すという方法を取ることがほとんどです。そのほうが頭が整理されて、方針がはっきり決まるからです。まず、台風の被害を避けるためには「台風が来たら休んで家にいる」ということです。今年(2014年)は二回これをやりました。一回目が台風8号で、仕事で石川県に行き、そこから沖縄の那覇に飛んで講演をして、東京へ向かうというスケジュールでしたが、やめました。二回目は台風19号で、名古屋から東京、東京でテレビ出演して大阪というスケジュールも調整して移動しました。実際に先方に連絡して「まだ進路ははっきりしないけれど、この時点で計画をやり直したい」とお願いするとおおよそは大丈夫ですし、もちろん金銭的な損害はあるのですが、それに倍して安全や仕事の信頼性が大きいようです。私の小さい頃の日本の家は貧弱で台風で窓ガラスが破れたり、屋根瓦が飛んだりしましたが、すでに現在では普通の台風では家が破損することはなくなりました。ですから、台風や豪雨で家の中にいて損害を受けるという場合は、1)低地に家がある、2)河川のそば、3)海岸線、4)遮るものがない高台、5)崖の下、などです。かつては川が氾濫すると土砂を一緒に運びますから、低い土地に泥が貯まり、自然に「平ら」になっていったのですが、最近は堤防が発達して川が氾濫しなくなり、たとえ氾濫しても土砂を片付けてしまうので、低い土地は低いままになっています。まず「低いところに住まない」ということです(非現実的かどうかは別です。私はいつも少し高いところに住みます)。次に川が氾濫した時に水が来ないようなところに住み、さらに海岸線から少し離れることです。川が氾濫して水があふれる場合、おおよそ1メートルを越えることはなく、また海岸では台風の時の風と雨、それに津波がありますから、標高で言えば10メートルぐらいあればOKということになります。低いところがダメというと「高台ならOK」と思いがちですが、高台は風が強く、得てして崖くずれの多いところがあるので、崖の下とともに避けるのが賢明です。第二次世界大戦のあと、アメリカ軍が沖縄に来て、住民が谷間に住んでいるのを見て「せっかく景色が良いのに」と高台に宿舎を立てたら、最初の年の台風でアメリカ軍の宿舎が倒壊したという事がありました。自然に逆らわずに、粘り強く住居を探すのは、その後の何十年がとても安心になり、これまでの私の経験ではそれほど地価に差があるとは思えません。崖の下でもそこから少し離れたところでも、「駅から何分」の方が土地の値段には影響があるようです。たとえ1分ほど長くあるくことになっても、安心して住める方が良いように私は思います。川や海のそばではなく、少し土地の標高が高いところで、崖に近くないという場所に家を移動し、そこであまり火気を使わず、家の中を整頓し、出かけるときには「事故多発地点」をあらかじめ調べてそこに近づかないようにする・・・これで格段に安全になるでしょう。台風や豪雨の被害をテレビで放送していても、自分のところは大丈夫という感じで人生を送ることはとても大切と思いますし、人口が減少していくのですから、徐々に危険なところの住宅を減らして、畑や公共施設にするような都市計画も必要でしょう。(平成26年10月10日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more10minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(7) 災害を避ける方法(事故、火災)毎年のようにやってくる台風、豪雨、それにたまに来る地震、噴火、津波、ほとんど経験はしないけれどないわけではない竜巻などの自然災害に加えて、人間が原因を作っている原発の事故、テロの攻撃、交通事故、火災、新しいウィルス性の病気(デング熱、ダニが媒介する致命的なウィルスなど)があり、それに加えて日常的に発生する心臓の発作、食中毒、不意の怪我などを考えると、私たちは「危険の中の人生」のようにも思えます。本来は「社会が進歩すれば徐々に安全になる」というのが普通ですが、原発や交通事故、それにあまりに環境が綺麗になりすぎて免疫力が低下してなる病気などもあり、最近の日本は不安な生活を送っていうようにも見えます。このような現状のもとで、私たちは安心で幸福な人生を送ることができるのでしょうか? それはやろうと思えばできるので、まず「できるだけ安全な生活を送るのか、少しの危険を冒してもあとは運を天に任せるのか」を決めておいたほうが良いと思います。極端に言えば、交通事故による負傷者は年間100万人もいるのですから、他の災害に比べると比較にならないほど危険です。だからといって「外に出ない」という人はいないでしょう。せいぜい、「車に轢かれないように注意する」、「車を運転するときは乱暴な運転は避ける」というところではないでしょうか。東北大震災は桁違いに大きな自然災害でしたが、それでも犠牲者は2万人で、このぐらいの大きな地震は100年にいちどぐらいですから、1年を平均したら200人ぐらいの災害ということになります。噴火に至っては50年に50人ぐらいですから、1年に1人です。さらに、台風や大雨でも一回に10人程度の犠牲者が出ることが年に5回程度ありますから、1年に50人ぐらいです。交通事故、火災、地震、台風大雨、噴火だけを並べてみると、1年あたり、交通事故は24時間以内の犠牲者だけを統計していることも考慮して、おおよそ、1万人、2000人、200人、50人、2人というぐらいになります。つまり、交通事故や火災をまず心配して、地震、台風、大雨に注意し、それ以外は「やや気にしている」というぐらいが良いことがわかります。交通事故では、まず「交通事故多発地点」を知っておくことで、「難所」というのはある程度決まっているからです。愛知県では、高岳、東新町、東新町北、浅間町、鶴間公園前の5つが交通事故のワースト5ですが、いずれも「道幅の大きなところの交差点」であり、驚くべきことに「全て高速道路の下」です。名古屋にお済みの方はピンとくると思いますが、いずれも高速道路が上にあるので暗く、高速道路が目に入るので、交差点が複雑に感じます。これは交差点の設計上の問題があると思います。高速道路を道路の上に作るときには、交差点の設計を考え直してもらうことは求めるとして、「高速道路の下の交差点は危険」と覚えておくだけでかなり違うでしょう。また当然ですが、狭い道、信号のない見通しの悪い交差点なども事故が起こりやすいので、その意味では、「高速道路の下、狭い道、信号のない交差点」をできるだけ避けるか、あるいは注意して運転したり、歩いたりすれば交通事故に遭う可能性が激減することになります。次に火災ですが、火災は「火のないところに煙はたたず」ですから、「火を使わない」というのがベストです。これはすでに可能で、暖房はエアコンか床暖房で、調理は電気で行えば火災は激減します。また現在はガスがかなり改善され、長いあいだ空焚きしていると自動的にガスの供給が止まる器具も売っていて、少し高いけれど思いきって器具を購入するのも良いと思います。もちろん火事は「火の元」と「燃えるもの」の組み合わせですから、家の中を整理整頓しておくとそれだけ火災の危険性が減り、精神的にも安定し、かつ最近の研究では免疫にも役立つとされています。免疫を強くしておくことはウィルスや不意の病気の可能性も減らしますから、「部屋を片付ける」ということの重要性がわかります。(平成26年10月10日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more10minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(6) 富士山は噴火するのか?火山が噴火するには地下からマグマが上がってきて、それが少しずつ山の地下に溜まり、その圧力が高くなって、上の土を一気に吹き飛ばすぐらいの状態になるか、それとも、マグマの中に水が入って水蒸気になり、急激に圧力が上がった場合だ。だから、火山の噴火は太平洋の真ん中(たとえばハワイ)のようにいつも地下からマグマが吹き出して、太平洋の底を動かしているようなところと、日本のようにプレートが潜り込むことで歪が起こり、それがもとでマグマの蓄積がおこる場合がある。その一つが富士山で、歴史的にはっきりしているのは西暦781年に噴火があり、800年に延暦噴火があり、合計8回の噴火は1083年まで約300年続いた。それから永正噴火が1511年に起こるまで約400年休み、この時には計5回の噴火で1707年に終わっている。この間は200年だが、最後の宝永噴火が大規模だったので、それ以後の噴火は見られない。このことから、大雑把に言えば、富士山は400年休んで、300年噴火するという周期なので、1700年から400年というと2100年だからそろそろとも言えるし、もともと宝永大噴火のあと、1854年の安政の地震まで地殻変動が続いたとすると、それから400年だから2250年ぐらいになる。つまり富士山の次の地震は2100年から2250年の間におこるとも言える。しかし、100年ぐらいはどうにでもなるし、東北大地震と東海地震のこともあるので、21世紀のはじめに噴火してもおかしくない。つまり、400年休止して、300年噴火が続くといっても、それは1回か2回のことで、かならずその周期で噴火するというにはデータが少なすぎる。すでに宝永大噴火から300年経っているので、爆発しても不思議ではなく、その爆発規模は宝永大噴火より小さいか、大きいかもわからない。小さければ小さいで理屈がつけられるし、大きければ大噴火の説明がされるだろう。東北大震災を予知できなかったのは、三陸沖の地盤の固着状態から言って、大きなエネルギーが貯まる前に崩壊する(地震が起きる)と思われていたのに、現実には地盤の固着はかなり大きく、そのためにエネルギーが蓄積して、マグニチュード9になったと解釈されている。地震学も噴火学もその程度であることは御嶽山の噴火でよくわかっている。ところで、なぜ「富士山が噴火する」と考えるのだろうか? それは「火山が噴火する」と決めてかかっていること、「大きな火山は大きな噴火をする」と思っていることによる。もちろん、火山の場合、地下の岩盤の構造やマグマの道がついているので、火山の方が噴火の確率が高いが、たとえば昭和新山のように昭和になって(1944年)畑の湧水の温度が上がり、続いて噴火が始まった。畑が噴火して山になり、今では標高400メートルにもなっている。だから、火山だけが噴火するわけでもなく、また大きい山が大きな噴火をするということでもない。さらには「破局噴火」と言われるカルデラ噴火の場合には、かつて地下に大きなマグマだまりができて、それが大噴火を起こす。たとえば鹿児島湾(錦江湾)が有名でこのような大規模な噴火が起こると南九州一体が全滅する(大分でも噴煙が50センチも積もる)例がある。世界で次に破局噴火が起こるとされているのはイエローストーン国立公園(アメリカ)で200万年前、120万年前、そして60万年前に噴火を起こし、そろそろではないかと言われている。ただ、地球の動きなので、「そろそろ」といっても1万年から10万年ぐらいはずれるから、警戒するといってもかなりむつかしく、「噴火したら運が悪いと思う」というぐらいだろう。いずれにしても、日本は火山列島で地震の巣の上にある。だから、古来から、台風、豪雨、火山、地震、津波などは「日常的な災害」であり、特別なものではない。しかし、今から100年前の関東大震災が起きてから、本当は大規模な地震もあったのだが、その記憶が薄れて、「東海地震の予知」以来、災害は予知できると錯覚したところに現在の私たちの不安があると思う。(平成26年10月10日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more11minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(5) 日本の安全は自分たちでオーストラリアはアングロサクソンなのに自然の脅威(洪水)を認めて護岸をせず、保険をかけてより良い生活をしている。ベトナムは自然の脅威(洪水)を認めて、水を呼び込み、肥料を少なく、自然の中で豊かな農業を営んでいる。日本は山があり谷があり、温帯の島国で雨にも恵まれている。もし日本人に「自然を生かす」という考えがあれば、日本ほど恵まれたところはないだろう。でも、「仮装」で社会を作っているので、いつまでも犠牲者を出している。崖崩れが頻繁に起こるのは自然を大切にするグループというのが、現状を変えるなということと、それが土建屋の売上にもなるので、崖崩れのたびに「旧に復する」という工事をする。土建屋は悪くない。注文が来るのだからそれを断ることは失礼だ。土には土の安息角があり、崩れるところはいずれ崩れる。古い山脈がなだらかで、若い山脈が急峻なのはそのためであることは中学校の理科で学ぶ。でも、いつも「旧に復する」から、いつまでたっても山は崩れ、山肌は汚いコンクリートで覆われている。景観を重んじて堤防を作らないオーストラリアに劣る。大雨ごとに都市のマンホールから水が噴き出す。川の護岸工事をして氾濫を防ぎ、さらに浚渫もしない。日本の平野は川が山から持ってきた土砂で出来ている沖積平野であることを忘れた人が多い。氾濫すると「何をやっているのだ!」と役所をバッシングする。役所は説明しても無駄とばかり、堤防を築く。そうすると川底が上がり、天井川になって大雨のときには水が川から下水へと逆流する。なにしろ平野の水をポンプで川に上げているのだから。ベトナムは自然の力を借りて、いつも川が下にある。御嶽山が噴火した。予報はなかった。火山の噴火は予知できると言って予算をとり、できないと言い訳をする。まだまだ学問的には予知はできないのに、それを言わない。学問はわからないことがあることを一般の人に知らせない。温暖化も地震予知も同じだから、東海地震は来ないし、阪神淡路、東北大震災で多くの人が死ぬ。省庁が縦割りになっていて、災害を減らすということより、自分の省益を守るので精一杯だ。マスコミも台風や災害があったほうが視聴率が上がるから助かる。誰も彼もが自分のことで精一杯になっている。だから、仕方がない。このブログを中心にして自分たちで日本列島の安全を守ろう。データは十分にあるし、科学的な考え方もできる。あとは事実を真正面から見る勇気だが、親なのだからそのぐらいの勇気を持つのは義務だろう。日本列島に毎年、降る一時間に100ミリ、一日に800ミリぐらいの雨を日本人一人の人が経験するのは400年に一度だから、「一生に経験したことがない」という気象庁の発表を毎年、聞かなければならない。これでは狼少年だから判断ができない。次回から現実に日本列島で災害を防ぐための具体的方法をブログで示していきたい。原発も含めて。(平成26年9月28日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more9minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(4) 少し視野を広げてみるちょっとした雨を「自分が経験する」のは140年に一度、かなりの豪雨に見舞われるのが2000年に一度ということになりますから、それで起こる水害や土砂崩れに備えるのも少し慎重すぎるかも知れないのです。そんなことにお金を掛けるなら、交通事故死が年5000人、火災による犠牲者が年2000人ですから、そちらにお金をかけて減らしたほうが「効率」としてはかなり良いということです。だから、治水に税金を使うにしても、それは大型河川のような集中的に工事ができるものは良いのですが、個人住宅などの対策をあまり過度にすることはできないことがわかります。まず大雨による浸水を防ぐにはどうしたらよいかということですが、まず外国の例を挙げてみましょう。オーストラリアのブリスベーンというところはゴールドコーストという非常に美しい海岸があり、日本の大金持ちが正月などを過ごすところとして有名です。ブリスベーンには内陸から大きな川が流れていて、その川はかなり蛇行しているので、10年から20年に一度、氾濫して河口付近の市街地を水浸しします。私が3年ほど前に行った時には、その大洪水のあと、1ヶ月ほど経ったところだったので、日本から行くときに「ブリスベーンはひどい被害を受けたからすこし時期をずらしたら」と言われたものです。ところが実際に行ってみると市街地は一階の軒先まで水に浸かり、みんな2階に逃げたということですが、もうすっかり修理が終わって街は賑わっていました。確かに洪水の痕跡はありましたが、その様子は予想外でした。オーストラリアの人に聞いてみると、「10年から20年に一度来るのだから、その自然現象を認めて、洪水に備えている」ということなのです。それも「川を護岸するとコンクリートになり、景観を損なうし、ヨットで海岸に遊びに出ることができないということで、護岸はしない。だから洪水は覚悟の上だ」というのです。だから、まず川上に観測所を設けて氾濫しそうな時には、「何時頃から氾濫する」という警告をだす」というシステムです(私の行った年の氾濫は上流の人がサボって警報を出すのが遅かったと怒っていました)。警報がなると、一階のものは二階にあげ、人間も二階に避難して洪水を待ちます。実に「自然と溶け込んだ対策」です。洪水が引くと土建屋さんが総動員されて、かねて各家でかけていた洪水保険で修理をするというのです。いや、その立派な対策と社会的なコンセンサスに驚いたものです。「川の氾濫を自然現象として捉えるか、それを人間が押さえ込むか」という点では、日本人のもともとの考え方は「自然現象としてそれも受け入れる」ということであり、むしろオーストラリア人(アングロサクソン)は「自然を押さえ込む」というのですが、それが逆転しています。もう一つの例はベトナムのメコン川です。サイゴンからすこし南に行ったところに世界でも有数の大河、メコン川のデルタ地帯があります。この地域は毎年、じわっと水位が上がって、氾濫し、畑もなにもかも見えなくなります。そしてしばらくすると水が引いて、上流から運ばれた肥沃な土で田畑は覆われ、連作で起こりがちな作物の病害虫なども一掃されます。だから、農民は毎年の洪水でも平気なようにやや高い床を持つ家を建て、田畑が沈んだら自然の現象として受け入れ、しばらく生活を変えるのです。ベトナムの農村は本当に豊かです。少しの雨では川は氾濫しません。それは一年に一回、氾濫した時の土が畑に乗るので川より畑の標高が高いからです。これは次回以後に整理しますが、日本のように人工的な護岸をして川の方が高いというような馬鹿らしい状態ではないということです。それでもベトナム人は都会で工場やサラリーマンとして生活するより農村の方が魅力的で、工場の悩みはせっかく18歳ぐらいから30歳ぐらいまで働いて、熟練した頃に農村に帰ってしまう人が多いことです。つまり洪水というのはそれほど悪いことではなく、それを「悪い」と決めつけて自然を押さえ込もうとしていう私たちになにか問題があるのではないかと思います。(平成26年9月24日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more10minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(3) 土砂崩れや床上浸水に遭わないためにまず、最近50年ほどの日本の豪雨を中心に整理をしてみました。一つ一つの調査は十分ではありませんが、全体を見渡すことができます。この表を見ると、一日(24時間)に1000ミリを超えるような豪雨は15年に一度ぐらい、一時間に150ミリを超えるのもそのぐらいです。次に、一日に500ミリ、一時間に80ミリぐらいの大雨は毎年という感じです。そして雨の降る地域は、九州、中国地方の山口、島根、広島、それに高知、和歌山、愛知、静岡など太平洋に面したところ、さらには福井、新潟などです。高気圧が東にあったり、低気圧が西にある時で東シナ海や太平洋から湿った風が吹く場所です。つまり、「九州、中国地方の広島まで」の地域は東シナ海からの風で、それも岡山までは達しにくいということがわかります。太平洋の場合は、高知、和歌山、愛知、静岡など直接、太平洋に面している場所は大雨が降りますが、ちょっと内陸になるとかなり少なくなります。たとえば兵庫県の加古川などは西からも南からも少し海に遠いので、希にしか災害は起こりません。ところで、考えるのがむつかしいのは、「自分の家は大丈夫か」ということです。まずは単純に「日本の平均的に言えば、何年おきにどのぐらいの水害にあうか?」と言いますと、まず水害の領域は広くても一つの県ですが、そのうち3分の1ぐらいが被害を受けます。そうすると47都道府県ですから141区分することになり、それが15年に1度の被害(一日1000ミリ、1時間150ミリ)を受ける確率は、「2000年に一度」ということになります。また1年に一度ぐらいの気象(一日500ミリ、一時間80ミリ)では「140年に一度」ぐらいで経験することになります。つまり世界の基準では毎年、起こるような気象でも、日本の気象庁の決め方では、毎年、「一生に一度もない異常な気象」ということになります。つまり、雨は部分的にしか降らないので、「毎年起こる気象」が「一生に一度も起こらない」という奇妙なことになるのです。また、一つ注意が必要なのは、大雨ごとに「一月に降る雨が数時間で降った」と言いますが、日本の平均雨量は年間1700ミリなので、一月に直すと140ミリです。だから、3時間で140ミリ、つまり1時間50ミリ以下の雨が降っても、テレビでアナウンサーが「一月に降る雨が3時間で降ったのです。信じられません!」と絶叫していますが、そんなことは毎年、普通に起こることなのです。もともと、「雨が降っている時間」というのは、全体の時間の10分の1ですから、一ヶ月30日のうち、平均して3日しか雨は降っていないのです。シトシトと降る雨は雨量はほとんどないので、「ザッーと降る雨」だけが雨量に関係し、その時間は1ヶ月でもそれほどないことを「人を脅かそうと思って大げさにいう」ということだけなのです。そこで考えなければなりません。確かに水害は怖いのですが、2000年に一度の可能性のあることにどのぐらい注意するかということになります。水害が防ぎにくいのは実はここにあるのです。次回は「2000年に一度」にどう備えるかを考えたいと思います。(平成26年9月21日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more10minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(2) 「異常」と「非日常」先回、異常気象というのは一体何を意味しているのかについて、少しブログに載せましたが、なかなか奥が深いので、この際、異常気象から身を守るということで少し考えてみたいと思います。子供を波打際で遊ばせておくと、ときどき、巨大な波がきて子供がさらわれることがあります。こんなことを防ぐためには親は「1000回に一回は平均的な並みの2倍の波が来る」ということを知っておく必要があります。こんなことを子供にいっても子供は覚えていないので、「大きな波が来るからあまり海の方に言っちゃダメよ」と言っておいて、さらにときどき、子供が少しずつ海の方に行っていないかを見なければならないということです。この時の「1000回に一回の大波」というのは、決して「異常」ではありません。でも、ここに日本語の語彙の問題があります。つまり、「異常」というのは「常ならず」ですから、「普段と違う」という時に「異常」という単語を使うこともあります。でも、普通の日本語の場合は、「異常」は、「常ならず」に加えて「ちょっと普通には起こらない」という意味が含まれています。「あの人は異常だ」という時には、「1000人のうち最も成績が良い人」という意味ではなく、「普通ではない」という意味を含みます。だから「異常気象」というのは「今までになかった」とか「最近、おかしい」という感じに聞こえます。正式には、世界気象機構は「平均気温や降水量が平年より著しく偏り、その偏差が25年以上に1回しか起こらない程度の大きさの現象」という定義をしていて、どちらかというと「非日常」という意味で使っています。”unusual climate”ということで、1000回に一回の波も「異常な波」に入ることになります。ところが、日本の気象庁は、「過去に経験した現象から大きく外れた現象で、人が一生の間にまれにしか経験しない(過去数十年に1回程度の頻度で発生した)現象」という超いい加減な定義をしていて、少しは科学的な訓練を受けた人が居るのか?と訝るほどです。「過去に経験した」、「人が一生の間にまれ」とか「数十年に1回」など定義になっていません。「過去に経験したことがない」といっても、その過去とは2000年前からか、100年か、5歳の子供かで全く違いますし、「人が一生の間にまれに」といっても、歳が80歳で転勤を重ねた人と、同じ場所で一生を終わった60歳の人ではかなり違います。また「数十年」といっても、20年と50年では大雨の程度も違います。気象庁がこのような曖昧な定義をしているのは、自分たちが異常であるかを判定したいという日本の役人の典型例と思います。ある気象を異常としようと思えば、すぐできるからです。それでも、NHKや朝日新聞の「異常」より少しはましな気がします。NHKの異常 =気象庁が異常と言えば異常と伝える朝日新聞の異常=国民が異常と思いたければ異常と記事を書くということなので、最近では「厳しい気候」や「悪い気候」を「異常な気候」と言っています。でも私たちは自分の身や家族を守らなければならないので、「非日常」と「異常」を区別することがまずは大切と思います。最近はそんなことをする人はいないと思いますが、「大雨は温暖化が原因だ」と言って、個人生活を犠牲にして電気を消したり、CO2を出さないようにしても、温暖化の結果として大雨が降っているのではなく、次回に詳しく書きますが、非日常(確率的に起こることが、自分にとっては2000年に一度ということになる)の現象ですから、見当はずれになります。これまでも気温(温暖化など)とは関係がないのに、もうすでに17年も温暖化対策をして、随分、経済にも生活にも影響を及ぼしています。その典型的なものが熱中症で、熱中症が日本で増えてきたのは、ちょうど京都議定書を締結するころですが、それからの地球の気温は「低下気味」なのに、熱中症は「増加の一途」なのです。つまり熱中症ですら、温暖化と関係がないのですから、私たちはNHKに洗脳されないようによくよく考えなければならないのです。(平成26年9月21日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more8minPlay
November 05, 2014「異常気象」から身を守るために(1)「局地的大雨」は「異常気象」ではない・・・気象と防災は違う2014年(今年)は梅雨が空梅雨で、少し時期がずれて8月下旬から日本列島の各地で「記録的大雨」とか「局地的大雨」と言われるものがあった。このことを「異常気象」と言っている専門家がいるので、その間違いを訂正しておきたい。「気象」というのは、比較的広い範囲で、地表気圧、上空気圧、高気圧、低気圧、前線、湿度、気温、水温、風、波、日射量などの配置によって、主として地表や海上でどのような天候になるかということを言う。したがって、8月下旬のように、低気圧が日本付近にあり、前線が停滞し、太平洋高気圧と大陸高気圧の関係で雨が降ったり、晴れたりするのは「ごく普通の気象」である。その時に、どこに前線があるかどうかというのは異常でもなんでもない。だから、ある地方に「その地方では過去にない大雨が降った」というのは異常気象ではない。前線の位置が少しずれたり、低気圧の気圧や位置がずれただけで、1時間に100ミリ程度の雨は「昔からどこでも降っている」ということだからだ。「異常気象」というのは「気象現象として異常」と言う意味だから、どこかで「その場所では記録的」という雨が降ったから異常気象というのはもともと非科学的である。また気象現象は、「まれに起こること」がある。たとえば、海で波にさらわれる人がいるが、これは「1000回に一回ぐらいは2倍ぐらいの波が来る」ということで、これは「確率的現象で分布のある場合、ある確率で「普通」とは違う状態になる」ということなので、「異常」でもなんでもない。このことを間違って考えていると、子供が波にさらわれることになり、テレビはそんな親を作りたいということではないだろうけれど、盛んに異常と言っている。この場合の「異常」の使い方は、読んで字のごとく「常ではない」ということであり、「予想はできる」ことでもある。つまり「異常気象」には二種類があり、一つが「今まででは考えられない新しい気象現象」、もう一つが「何時も起こることとは違うが、20年、100年など時間が長くなれば定期的に起こる気象現象」というのがある。あまりにマスコミのレベルが低くなって、御用的な気象予報士が異常気象と言うので、今年の大雨が「過去にないようなもの」なのか、「確率的にたまに起こるものなのか」がわからない。ところで、これとは別に「防災」と言う点でいえば、「どの地域に大雨が降るか」というのが問題で、防災だから、気象現象としては普通でも、普段はあまり雨が降らないところで降れば災害が起こる。だから、「防災」という点では「その場所で記録的」であることが肝心なことで、それは異常気象ではない。このようなことをしっかり区別して考えないと、気象的には異常ではないのか、異常なのかによって政策も変わって来るし、自分に有利に税金を取ろうとしている人もいるので、私たち納税者は気を付けなければならない。またマスコミも単に視聴率を稼ぐために大げさに言う放送局もあれば、できるだけ正しく伝えようと腐心している放送局もある。朝日新聞の捏造もあり、これからは「面白いからあのテレビ局」というのではなく、「正しいことを伝えようとするテレビ局」をみんなで見るようにしたいものである。名古屋でも本当に正しいことを伝えたいと一所懸命なテレビ局がある。(平成26年9月13日)音声データ武田邦彦のポッドキャスト一覧武田邦彦のブログ...more7minPlay
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