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意識と神経とアルゴリズム 第十回『外集団と内集団』デイビッド・イーグルマン「あなたの脳の話」より


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私たちは隣人の微細な表情の変化を見てそれを自分の顔にコピーし、その表情に対応した痛み、悲しみ、怒り、喜びといった感情を自分の中に再現するミラーリングという能力を先天的に持っています。この共感こそが人間社会の道徳の根源で、無意識の集団的共感の連鎖が「見えざる手」となって人間を社会秩序に従わせるのだと、倫理学者で経済学の祖アダム・スミスも『道徳感情論』において説いています。
隣人に共感し、同時に隣人の共感を期待しながら人間は集団の中で生きていますが、そんな個体の集合が一つの生命体として部族や民族や国家の集団的思考と行動を生み出す事は、人間の強みである一方、怖さでもあります。
1995年7月11日 、ボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァで、国連の駐留地から追い出された8000人以上のイスラム系ボスニア人が、外で待っていたセルビア人武装集団の手により、国連軍の目の前で10日の内に殺害されてしまいました。この事件を含め、ユーゴスラビア紛争中の1992年から95年の間に、10万人を超えるイスラム教徒がセルビア人に虐殺されています。第二次大戦中のナチスによるユダヤ人虐殺に恐怖し、二度と同じ事を繰り返さないと誓ったヨーロッパで行われた現代のジェノサイドです。
なぜ隣人の痛みに共感できる私たちに、こんな虐殺をしてのけることが出来てしまうのか?その理由は、外集団と内集団の違いにあります。スレブレニツァでは、ついこの前まで同じ学校で学び、同じ街で働いていた人々が、隣人に銃を突きつけて撃ち殺しました。人間は、自分の属す集団の中で共感し合う一方で、その外にいる人々のことを物として扱えるような感情の神経スイッチを脳の中に持っているのです。
綿棒を手に当てた写真と、注射針を手に突きつけた写真を見比べた時、後者には脳の痛みを感じる領域が活性化します。しかし、この写真にキリスト教徒、ユダヤ教徒、無神論者、イスラム教徒、ヒンズー教徒、サイエントロジストといったラベルを一つ貼り付けるだけで、脳の活性具合は変わります。自分の属す集団のラベルが付いた手の写真には痛みを感じるのに、外集団のラベルが付いた写真だと、内側前頭前野の活性具合が落ちるのです。
内集団と外集団を分けるスイッチは身近なイジメでも押されています。このおかげで、昨日まで友人だった人の痛みに反応せずにいられるわけです。
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考える塾 in TAIPEIBy Takashi Jome


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