余白の朗読室

予報のない朝|CLEAR #8


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予報のない朝|CLEAR #8


「知ってるか」と健太が言った。「CLEARって、実はまだ動いてるんだ」


「とっくに止まってるだろ」と翔が言った。窓の外を見ながら、鞄に教科書を押し込んでいた。


「表向きはな。でも完全には止まってない。経済予測と政治予測の部分は、引き続き動いてる。でもその情報はA国だけが持ってる」


「どこで読んだ」


「いろいろ」


翔は鞄を肩にかけた。「いろいろって何だよ」


「まあ聞けって」健太は椅子を引いて翔の方に向き直った。「今でも全部のスマホのデータはCLEARに送られてる。俺たちが何を検索して、どこに行って、誰と話したか。全部。それをA国が握ってる。だから世界の動向を先読みできる」


「だとしたら」と翔は言った。「ここ最近のA国の失敗は何なんだ。去年の選挙の読み違え。一昨年の経済政策の大外れ。CLEARで全部わかるなら、なんであんな不手際が続くんだ」


健太は少し黙った。


「それはだな」


「それは、じゃないだろ」翔は立ち上がった。「陰謀論ってそういうもんだよ。うまくいったことはその証拠になって、うまくいかなかったことは隠蔽の証拠になる。どっちに転んでも陰謀が成立する」


「じゃあ、これはどう説明する」と健太が言った。「三年前、C国とD国が貿易協定を結ぶ直前に、A国が突然関税を引き上げただろ。あのタイミング、誰も予測できなかった。専門家も全員外した。でもあの関税引き上げのせいで協定が流れて、結果的にA国だけが利益を得た」


「それは外交判断だろ」


「翌月、A国の国防長官が辞任した。表向きは健康上の理由。でも辞任の二週間前に、長官の側近が大量に異動してた。何かを知っていた人間が、事前に動いてたとしか見えない」


翔は少し黙った。


「それは、内部情報だろ。CLEARじゃなくても、スパイでも諜報でも説明できる」


「まあな」と健太は言った。「でもCLEARなら、全部一つの話になる」


翔は答えなかった。


一つの話になる、という言葉が、少しだけ頭に残った。


「冷めてるな」と健太が言った。


「現実的なんだよ」


健太は不満そうな顔をしたが、それ以上反論しなかった。


「でも」と健太は言った。「なんかロマンあると思わないか。世界のどこかで、まだ全部が見えてる存在がいるって」


翔は少し考えた。


「ロマンはないな」


「なんで」


「全部見えてたら、つまらないだろ」


健太はそれを聞いて、少しの間、黙っていた。それから笑った。


「お前、意外と哲学的なこと言うな」


「哲学じゃなくて普通のことだろ」


二人は教室を出た。廊下を歩いて、階段を下りた。昇降口で上履きを脱ぎ、外に出た。


空は曇っていた。雨が来そうだった。


「傘持ってきたか」と健太が言った。


「持ってない」と翔が言った。「天気アプリが曇りって言ってたから」


「俺も」


二人は並んで歩いた。


駅までの道を、特に急がずに歩いた。自販機の前で健太がジュースを買った。翔は買わなかった。信号を二つ渡った。


健太のスマホが鳴った。


通知だった。


この経路は混雑が予想されます。別ルートを提案しますか?


健太は通知を閉じた。


「AIか」と翔が言った。


「そう。でもまあ、提案だからな。従わなくてもいい」


「CLEARは従わないと怖かったんだろ」


「親の世代はそうらしいな」健太はジュースを飲んだ。「なんか病気みたいになった人もいたって、授業でやったよな」


「やった」


翔のスマホも鳴った。同じ通知だった。翔も閉じた。


二人はそのまま、元の道を歩き続けた。


雨が来た。


小雨だった。傘がなかった。健太が少し足を速めた。翔はそのままの速度で歩いた。


「濡れるぞ」と健太が言った。


「少しくらい濡れてもいい」と翔が言った。


健太は翔を見た。それからまた前を向いて、足を緩めた。


二人は並んで、雨の中を歩いた。


角を曲がったところで、翔が空を見上げた。曇っていた。どこまで雨が続くか、わからなかった。


それだけのことだった。

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余白の朗読室By tosusia