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雨の日|CLEAR #1
通知が届いたのは、前日の夜だった。CLEARに登録していない麻生のスマホにも、スタジアム周辺の住民向け公共通知として届いた。
明日13時から17時、降水確率94%。スタジアム周辺、強雨。レインマッチ開催を確定します。通常チケットの払い戻しは自動処理されます。— CLEAR
翌朝、麻生は窓の外を見た。まだ雨は降っていなかった。空は白く、重たかった。
マンションの向かいに住む老人が、傘を持たずに買い物袋を下げて歩いていた。麻生はそれを見て、少しだけ気になった。雨が来る。CLEARを使っていなければ、知らないのだろう。
麻生もCLEARを使っていなかった。
使わない理由は、特にない。スマホのデータを送ることへの抵抗感、というより、なんとなく登録する気になれなかった。それだけのことだった。古い天気予報アプリを使っていた。降水確率60%と出ていた。
昼過ぎ、雨が来た。CLEARの言った通りの時刻だった。
麻生はコーヒーを淹れて、窓際に椅子を引いた。外を見るつもりは特になかったが、雨音が静かで、そのまま座っていた。
スタジアムは、このマンションから歩いて十分ほどの場所にある。今日は地域のサッカーリーグの試合が予定されていたはずだった。中止になったと聞いていた。正確には、通常試合が中止になり、レインマッチに切り替わったのだということは、後から知った。
雨の中、人が歩いていた。
傘を持っていなかった。持つつもりがないように見えた。二人、三人、五人。みんな同じ方向に歩いていた。スタジアムの方向だった。レインウェアを着た人もいたが、ただのTシャツとジーンズの人もいた。子どもを連れた親がいた。中年の男が一人で、少し急ぎ足で歩いていた。
麻生は窓ガラスに少し近づいた。
雨は強くなっていた。傘なしでは、すぐに濡れる雨だった。それでも人は来た。むしろ、増えていた。
通りの向こうから歓声が聞こえた気がした。スタジアムからかどうかはわからなかった。雨音に混じって、よく聞き取れなかった。
麻生はコーヒーを一口飲んだ。
冷めていた。
CLEARを使っていれば、今日があの雨の中に入っていく日になっていたのかもしれない。通知が来て、チケットが自動で切り替わって、みんなと同じ方向に歩いていたのかもしれない。
雨はしばらく続いた。
人の流れは途切れなかった。濡れながら歩く人たちは、特に急いでいなかった。当たり前のことをしているように見えた。麻生には、それが少し不思議だった。
夕方、雨が上がった。CLEARの言った通りの時刻だった。
通りを、帰る人たちが歩いていた。全員が濡れていた。笑っている人がいた。疲れた顔の人もいたが、暗い顔の人はいなかった。
麻生は窓から離れた。
古い天気予報アプリを開いた。明日の予報は、晴れのち曇り、降水確率20%と出ていた。
それを見て、特に何も思わなかった。ただ、20%という数字が、少し粗く見えた。
By tosusianoteでも公開しています
雨の日|CLEAR #1
通知が届いたのは、前日の夜だった。CLEARに登録していない麻生のスマホにも、スタジアム周辺の住民向け公共通知として届いた。
明日13時から17時、降水確率94%。スタジアム周辺、強雨。レインマッチ開催を確定します。通常チケットの払い戻しは自動処理されます。— CLEAR
翌朝、麻生は窓の外を見た。まだ雨は降っていなかった。空は白く、重たかった。
マンションの向かいに住む老人が、傘を持たずに買い物袋を下げて歩いていた。麻生はそれを見て、少しだけ気になった。雨が来る。CLEARを使っていなければ、知らないのだろう。
麻生もCLEARを使っていなかった。
使わない理由は、特にない。スマホのデータを送ることへの抵抗感、というより、なんとなく登録する気になれなかった。それだけのことだった。古い天気予報アプリを使っていた。降水確率60%と出ていた。
昼過ぎ、雨が来た。CLEARの言った通りの時刻だった。
麻生はコーヒーを淹れて、窓際に椅子を引いた。外を見るつもりは特になかったが、雨音が静かで、そのまま座っていた。
スタジアムは、このマンションから歩いて十分ほどの場所にある。今日は地域のサッカーリーグの試合が予定されていたはずだった。中止になったと聞いていた。正確には、通常試合が中止になり、レインマッチに切り替わったのだということは、後から知った。
雨の中、人が歩いていた。
傘を持っていなかった。持つつもりがないように見えた。二人、三人、五人。みんな同じ方向に歩いていた。スタジアムの方向だった。レインウェアを着た人もいたが、ただのTシャツとジーンズの人もいた。子どもを連れた親がいた。中年の男が一人で、少し急ぎ足で歩いていた。
麻生は窓ガラスに少し近づいた。
雨は強くなっていた。傘なしでは、すぐに濡れる雨だった。それでも人は来た。むしろ、増えていた。
通りの向こうから歓声が聞こえた気がした。スタジアムからかどうかはわからなかった。雨音に混じって、よく聞き取れなかった。
麻生はコーヒーを一口飲んだ。
冷めていた。
CLEARを使っていれば、今日があの雨の中に入っていく日になっていたのかもしれない。通知が来て、チケットが自動で切り替わって、みんなと同じ方向に歩いていたのかもしれない。
雨はしばらく続いた。
人の流れは途切れなかった。濡れながら歩く人たちは、特に急いでいなかった。当たり前のことをしているように見えた。麻生には、それが少し不思議だった。
夕方、雨が上がった。CLEARの言った通りの時刻だった。
通りを、帰る人たちが歩いていた。全員が濡れていた。笑っている人がいた。疲れた顔の人もいたが、暗い顔の人はいなかった。
麻生は窓から離れた。
古い天気予報アプリを開いた。明日の予報は、晴れのち曇り、降水確率20%と出ていた。
それを見て、特に何も思わなかった。ただ、20%という数字が、少し粗く見えた。