渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

注文の多い料理店


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🎧 宮沢賢治『注文の多い料理店』——文明の虚飾と自然のまなざしが交差する、静かな山中の寓話

深い山奥。木の葉がかさかさと音を立て、白熊のような犬が命を落とすほどの不気味さが満ちる森の中を、都会からやってきた二人の若い紳士がさまよっていました。狩猟に訪れた彼らは、立派な身なりと高価な猟銃を手に、都会的な自信と階級的な優越感をまとっています。

しかし、思いもよらぬ事態に見舞われる中で、彼らの目の前に突如として現れたのは、一軒の瀟洒な西洋館——「山猫軒」と名乗る西洋料理店でした。

「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
入口に掲げられたやさしい言葉に誘われ、空腹を抱えた二人は、疑いもせずその扉を開きます。けれども、内部には「当軒は注文の多い料理店です」という、不可解なメッセージが。さらに進むごとに、彼らに突きつけられる「注文」は次第に異様さを増していきます——
「髪を整えてください」「鉄砲を置いてください」「外套を脱いでください」……
次第に“食べられる側”へと誘導されていくその構造に、彼ら自身はなかなか気づくことができません。

この物語は、宮沢賢治が生前に出版した唯一の童話集『注文の多い料理店』(1924年)の表題作です。表面上は奇妙でどこかユーモラスな童話として進みますが、その奥には、文明の奢りや都会的階級意識に対する、深い懐疑と批評精神が流れています。

宮沢賢治自身もこの作品を、「都会文明と放恣な階級とに対する、やむにやまれぬ反感」の現れと述べています。豊かさを当然のものとし、自然や地方を軽んじる者たちが、自然そのものに試され、翻弄される——そんな静かな逆転劇が、穏やかな語り口のなかにひそやかに潜んでいます。

そしてもう一つ、この物語が持つ魅力は、どこか“透明な皮膚”のように、読者自身の価値観を映し出すところにあります。読者はいつしか、二人の紳士に自分を重ねながら、「自分はこの物語のどの側にいるのか?」と問われることになるのです。

“食べる側”から“食べられる側”へ。
支配する者から、自然に迎えられる者へ。
文明社会の中で無自覚に抱いている価値観が、ふとぐらつくような感覚——
それこそが、この物語の静かな余韻なのかもしれません。

自然の中で、人間とは何かを見つめ直すこと。
それは、宮沢賢治の全作品に共通する、大きなテーマでもあります。


#猫 #傲慢

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渡部龍朗の宮沢賢治朗読集By 渡部製作所