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スペース(TXitterの対談機能)だとやはり音質があんまりよくならないですね。
記録魔なので残しておきます。
お暇つぶしにどうぞ。
【AIによる概要(チェックは雑)】
ジャッキー氏が長野県小諸市の宿泊施設「読書の森」から緊急配信を行い、ポッドキャスト対談企画、11月8日発売の新刊ジン「役に立つジン」、誕生日イベントなど今後の活動予定を告知するとともに、現地での偶然の再会をきっかけに、土地と人との関係性をめぐる独自の場づくり論を語った。
配信場所は、島崎藤村の詩『小諸なる古城のほとり』ゆかりの地である長野県小諸市の宿泊施設「読書の森」であり、地理的には上田と軽井沢の間に位置する。ジャッキー氏が運営するポッドキャスト「ジャッキーさんのお散歩遠く」は現在第4回まで配信されており、直近では東京・東陽町の「古本と肴マーブル」店主・さきさんとの対談が公開されたばかりである。さらに明後日には、長野県長和町で活動する人物(夜学バーの合宿にも参加経験がある)との対談が予定されており、この音源は将来的に第8回として本ポッドキャストに掲載される見込みであると説明された。ジャッキー氏は、こうした友人とのよもやま話をそのままラジオとして発信していく運用方針を示しており、今回のスペース配信自体も、問題がなければ後日ポッドキャストへ転載される予定である。
11月8日に東京ビッグサイトで開催される文学フリマ東京43にて、新刊ジン「やくにたつZINE」を発売する。ジャッキー氏は、世の中のジン(ZINE)は自己満足で作られることが多く実用性に乏しいという持論を展開した上で、あえてその形容矛盾を狙い「やくにたつZINE」と命名したと解説した。非常にニッチなテーマ(例:PTA広報誌の作り方)は需要が限定的であるため、今回は文学フリマの来場者層が関心を持ちやすい「本づくり・場づくり」をテーマに設定したという。内容としては、株式会社夜学の社長であるナカダチ氏が「完全商業出版マニュアル」を寄稿し、商業出版の仕組みや資金計画を詳述しているほか、ゲスト寄稿としてマスモ氏(「ただし、うつ病ではある。」著者)と黒川隆介氏(「いい店の見つけ方」執筆)が参加。アートディレクターにはイラストやデザインを手掛ける中尾氏を起用している。
11月1日の誕生日を記念し、10月30日・31日、11月1日の3日間にわたり誕生日イベントを開催する。来場者特典として、手塚治虫・藤子不二雄A・藤子F先生が愛用した「三菱ユニ」の鉛筆(夜学バー名入り)を42本限定で配布する。この施策は小沢健二のライブツアーにおける仕掛け(削った鉛筆とハガキの配布)を参考にしたもので、あえて削った状態で渡すことで使用を促す狙いがある。なお発注数は4ダース(48本)であり、1本は店舗保存用、残り5本は「初回来店時に鉛筆を受け取った人が翌月以降それを持参すると、未使用の鉛筆と交換できる」という実験的な企画も検討されている。また10月31日13時からは武蔵大学(西武池袋線江古田駅/大江戸線新江古田駅)にて「国語の授業の種明かし」と題した特別講義を実施する。このほか、11月4日には帯広市図書館で自著の読書会、11月15日には芋煮会、12月中旬には宮崎・鹿児島への遠征も予定している。
ジャッキー氏はJR東日本の「どこかにビューン」を利用し、4000ポイント(クーポン使用)で新幹線往復券を取得。当初の行き先ガチャでは飯山が当選したが、軽井沢で下車し在来線で小諸の「読書の森」へ移動した。現地では、8〜9年前に夜学バーでライブを行った馬頭琴・ホーミー奏者の岡林立哉氏と偶然再会し、さらに二人が名古屋市立向陽高校の出身で干支一回り違いの先輩後輩であることが判明した。同時に、東信地方で活動し7年前に「読書の森」で夜学バーの存在を知ったさらみ氏とも現地で再会するという、人間関係が二重に重なり合う出来事が起きたという。
ジャッキー氏はこれを「読書の森」特有の「磁場」によるものと捉え、日々の活動においても、素敵な出会いや面白い話といった「奇跡」が起こる確率をいかに設計して高めていくかが場づくりの最大のテーマであると語った。さらに、「読書の森」の主宰である雄(ゆう)氏は、御牧原の土地の素晴らしさに目をつけ、自ら藪を払い、原っぱや畑、手作りの小屋(電気の配線まで自作)を整備してきた人物であると紹介。ジャッキー氏は、こうした藪を払い人が歩けるように整備する行為こそが、人間と土地の間に物理的な関係性を生み出し、土地が本来持つパワーを人の前に立ち現れさせるために不可欠なプロセスであるとの持論を展開した。この見解をゆう氏に伝えたところ、「長年考えてきたことをたった一言でまとめられた」と強い同意と称賛を得られたことが、この日最も嬉しい出来事であったと振り返っている。
マーブル回第2回です!
あったまって参りました。仲良く喋っています。ついにあの(?)2年前の伝説のツイート(来店頻度を減らすようお客さんに進言)について話すことができて、J個人的に感慨深いです。当時かなり「おおっ!」となったので。
【AIによる概要(Jチェック済)】
(雑なまとめなので、あくまでも参考に。必ず音源にあたってください!)
・導入と日常の偶発的アクシデント
・店舗の物理的・心理的敷居とアクセス性
・常連客の固定化と空間の占有に対する課題意識
・店舗の健全性を保つ「交通整理」と構え
・理想的な酒場のあり方と「広場」としての店舗
ジャッキー氏とマーブルの沙希氏が、店舗という空間が持つ公共性や敷居の意味、そして狭小店舗における常連客の固定化がもたらす「居場所の占有」問題、さらに店の健全性を保つための「交通整理」や店主・客双方の心構えについて深く語り合った対談回。
本対談は「ジャッキーさんのお散歩遠く」第5回で、マーブルの沙希氏をゲストに引き続き行われたものである。収録冒頭、ジャッキー氏のもとに「死に損ない」と称する知人から電話がかかってきており、その人物から2月の生誕に合わせた文章の執筆依頼を受けたというハプニングが語られた。さらに収録中には、子供が帰宅してくる場面など、偶発的な日常の出来事が発生した。
ジャッキー氏は、「店」という空間が持つ最大の凄みは「入っていい」という公共性にあると述べた。飲食店では座るとお冷が出てくるなど一度入ると帰りにくさが生じる場合があるが、マーブルのような古本屋は何も買わなくても自由に出入りできる点が優れているという。また、湯島の雑居ビル4階(エレベーターなし)という一見治安が悪そうに見える立地にある夜学バーでも、「店」という看板があることで客は勇気を出して扉を開けることができると指摘した。個人の家との決定的な違いはこの敷居の低さにあり、店舗という看板自体が他者が立ち入る際の心理的な保証になっているとした。
人が階段を上がって店舗へ向かう行為には必ず理由があり、特に中が見えない場合、扉を開けること自体に一定の勇気が必要だと応じた。路面店は誰でも簡単に入れてしまうが、あえて階段を上るような空中階の店舗にすることで、客が「意志を持って上がってくる」というプロセスが生まれ、扉を開けた瞬間の嬉しさや空間的価値が高まる。ジャッキー氏の小説『小学校には、バーくらいある』の冒頭でも、校舎の非常階段を上った先にバーがあるという設定を用いたことを紹介し、こうした店舗配置は家賃の安さだけでなく、客が自らの意志でたどり着くという神秘性を演出する狙いがあると説明した。児童書に登場する「一人で行くと存在するが、誰かと行くと存在しない部屋」の例えも挙げ、またたどり着けるかどうかわからないような神秘性を持つ店構えの魅力について語った。なお、店先に本を置くという目印は、本好きにとっては目印になる一方、そうでない人にとっては心理的なバリアーとして機能することもあるとされた。
沙希氏は、自身の店舗が狭小(椅子なしで最大10人程度、実質的には6人程度が適正)であるため、2024年ごろ(コロナ明け頃※J注:7/25でした)にX(旧Twitter)上で、週4日営業の中で常連客に来店頻度を半分程度に控えてほしいという趣旨の発信を行ったことを明かした。この発言に対しては、常連客から「何様だ」という怒りや寂しさといった反発があったが、来店拒絶の意図ではなく、自分自身が店を開けることに対して息苦しさを感じないための予防的な表明であった。
狭い店において常に同じ常連客が存在する状況は、必然的に「その人以外の場所」を奪うことになり、新規客や他の客が入りにくい心理的・物理的な障壁となる。また、店主がこの状況をコントロールせず全て任せきりにしてしまうと、店の雰囲気が固定化し、店主自身が入り口の戸を開けたくないと感じてしまうような本末転倒な事態を招く恐れがある。「みんなが仲良くする必要はない」と考えていても、限られた人数しか入れない空間では、常連の固定化によって他者が「歓迎されていない」と感じるリスクは排除できない。
飲食店や古本屋などの店舗は本来「公共の場」であるにもかかわらず、特定の常連客が定着しすぎると「その人たちの私的空間」化してしまい、店主が新規客を迎え入れる余白を失うリスクがある。常連客自身も「この店はこういう役割・キャラ」という固定化された期待に応えようとして疲弊することがあり、店舗の健全性を保つためにはある程度の流動性と交通整理が必要である。こうした交通整理の表明は、店主が自分自身の居場所(店)を守ると同時に、結果として特定の常連客に依存しすぎない、より風通しの良い空間を維持するための不可欠なプロセスである。
常連という存在そのものは悪くないが、常連同士のコミュニティが完成してしまうと、無意識のうちに新しい客を脅かし入店を拒むバリアとなってしまうため、店主による交通整理が必要だ。常連客が気を利かせて席を譲るなどの配慮はありがたい一方、店主がそれに完全に任せきってしまうと、気づかないうちに店の空気が固定化し、声の大きい顧客が入ってきた際に雰囲気がガラッと変わってしまうリスクがある。
ジャッキー氏は、店主がどのようなイレギュラーな事態にもすぐ対応できるよう、常に臨戦態勢でいられる「忍者の座り方」(片膝を立て、拳を床につけ、いつでも飛び上がれる構え)のような心構えを維持すべきだと述べ、これは店主だけでなく顧客も含め全員が意識すべきものだとした。また、顧客を「この人はこういうキャラクターだからこういう反応をするはずだ」と決めつける「キャラクター化」が進むと、顧客本人がその役回りに縛られ、リラックスできない空間になってしまうと指摘した。
顧客が固定化せず、その時々で参加メンバーや役回りが変わることで、新しい「風」が入り、新鮮さや広場としての対等性が維持される。さらに、顧客側が「場を盛り上げなければならない」といった過剰なサービス精神を発揮することが、結果として閉鎖的で息苦しい空気感を生むことがあるため、こうした優しさの過剰をコントロールすることも店主の役割である。会話の中で知識をひけらかす「ウィキペディア的な会話」を避けるための意識やルールを持つことが、対話を成立させる有効な工夫である。
店舗のメンバーが固定しないことで役回りが変わり、その都度新しい面白さが生まれる。特定の誰かに依存せず、メンバーによって雰囲気が変わる劇場のような「平等広場」としての空間が理想的である。店は「路地の延長」や「路地の奥の広場」のような存在であり、嫌だと思ったらすぐ出ていける退店の自由があることが重要だとした。キャッシュオン(都度払い)のようなシステムは、帰りたいと思った時にすぐ帰れるという点で、こうした広場的な場のあり方に適している。
アルコールが入る場では「本当のこと」や「正解」だけを言う必要はなく、誰かが傷つかなければそれ以外の会話が存在しても良いと述べ、酒場ネーム(仮名)で通していた昔の酒飲み文化を例に挙げた。「どうでもいい不正解」を言い続けることや、滑り続けている人たちがいる空間はそれ自体が非常に面白い現象である。
最後に、対話は「知ってること言うの禁止」のエピソードや、サービス精神から生まれる一方通行な会話(いわゆるウィキペディア的な受け答え)の難しさにも及び、次回のトークテーマとして「旅先の酒場」および地元など固定した場所での酒場との関わり方について議論を継続することが確認された。
これから4回にわたって「古本と肴マーブル」店主、蓑田沙希さんとお散歩トーク! めっちゃ飲みながら語り、最後のほうはお互いだいぶ「進んで」おりました。楽しかったです。これぞお散歩遠くだなという感動的な一連です。ぜひ!
【AIによる概要(Jチェック済)】
夜学バーのジャッキー氏と「古本と肴 マーブル」の店主・蓑田沙希氏による対談。既存の業界枠組みに属さない「野良」な店舗運営のスタンス、場所づくりやイベントバー文化の変遷、そしてジャッキー氏の著書『常連のいない場所づくり』を軸に、間借り営業のスモールスタートの有用性、店主のストーリーが持つ信頼性、常連の内輪ノリによる疎外感を生ませない空間づくりについて幅広く語り合った。
●はじめに
1. 蓑田沙希: 江東区東陽町で「古本と肴 マーブル」を営む店主。古書組合等に属さず週4日営業という独自のスタンスで店を続けながら、本と酒場を掛け合わせた独自の場を提供している。
2. ジャッキー: 「夜学バー」を10年間運営し、ゴールデン街(無銘喫茶)や「おざ研」等での経験を含めると約18〜19年のキャリアを持つ店主。著書『常連のいない場所づくり』などを通じて独自のコミュニティ空間を提案している。
●主要なポイント
1. 「古本と肴 マーブル」と「夜学バー」は、本屋や一般的なバーの既成概念にとらわれない独自のスタンスを保ち、既存の業界枠組みから少し離れた「野良」のポジションで運営されている。
2. 店舗同士の交流や人材の巡り合わせは、熱意あるスタッフやお客さんの自然な行き来によって長期的に育まれてきた。また蓑田氏はジャッキーの古巣である無銘喫茶にて2013年に飲食イベントを行ったことがある。
3. ここ10年ほどで曜日店長制から日替わり・間借りイベントバー形式への空間利用のトレンドが大きく変化してきた。
4. 飲食や店舗運営において、間借り営業などのスモールスタートから始める手法は、初期リスクを抑えて感覚を掴むための現代的な王道ルートとなっている。
5. 店主の経歴(元教員など)や店舗の背景にあるストーリーは、初回来店時の心理的ハードルを下げ、信頼感を担保する要素として強く機能する。
6. 常連客の内輪ノリや新規客の疎外感は店舗が抱えやすい課題であり、誰でも気軽に立ち寄って立ち去れる物理的・心理的な開放性の確保が重要である。
●洞察
1. 蓑田沙希
- 新規客がルールや内輪の空気を知らずに入った際、無視や放置をされる体験は疎外感を生む。自身の店のようにガラス戸を開け放ち路地の延長のようにすることで、何も買わずに帰ることも許容される「入りやすく出やすい」空間づくりが機能している。
2. ジャッキー
- 本を売るわけでもなく、派手なノリの酒場でもない夜学バーは、本界隈からもバー界隈からも一定の距離がある独特な立ち位置を保っている。
- かつての無銘喫茶の「オーナーによるスカウト型・曜日店長制」から、近年のオープンな間借り・日替わりイベントバー形式への文化の変遷を実感している。
- 間借り営業やイベント出店はお試しとしての意義が大きく、そこから本格的な店舗展開へとつなげる流れが定着している。
- 店主の肩書きや学歴・職歴は、初見の顧客に対して安心感と信頼性を与える強力な要素となる。
- 著書『常連のいない場所づくり』は、バーの専門書として狭く捉えられる懸念があったが、多くの読者が自身の人間関係や場づくりの話として引きつけて受け止めている(ありがたい)。
●チャプター
1. ジャッキー: 本日のゲストはどなたですか?
- 江東区東陽町で「古本と肴 マーブル」を営んでいる蓑田沙希であると自己紹介した。
2. - ジャッキー: 2017年7月(!)から夜学バーで働いていたスタッフの「ちかさん」がある日、「良い店を見つけた」とマーブルを紹介してくれたのがきっかけで通うようになった。(その日のちかさんによる忘れられぬ名言:月・木・金・土!)
- 蓑田: 自身の子どもが小さい頃に夜学バーへ行き、ちかさんにミロを作ってもらった思い出などを振り返り、長年行き来はあったが今回ジャッキー氏の出版を機に対談が実現した経緯を述べた。
3. - ジャッキー: 夜学バーは本を置いているが販売はしておらず、酒を出すが一般的なバーのようなノリでもないため、本界隈ともバー界隈とも距離があり、どこかのコミュニティに属しにくい孤独感があると説明した。
- 蓑田: 自身も古書組合に入っていない「野良の古本屋」であり、ランチもやらず週4日数時間しか開けないため、周囲から何をやっている店か不思議がられると共感を示した。
4. 蓑田: 夜学バーには面白く、ものごとをよく考える若者たちが集まる。
- ジャッキー: 運が良かった面も大きい。最初期から、来てすぐに「働きたい」と言ってくれたちかさんやKくんといった優秀なスタッフに恵まれたと語った。
5. 蓑田: 今の場所で夜学バーを開いてからは何年になりますか?
- ジャッキー: ゴールデン街時代などを含めると約18〜19年になるが、現在の場所で「夜学バー」として営業を始めてからは10年になると答えた。
6. - ジャッキー: 最初にいたのは無銘喫茶であり、当時のオーナーが信頼する人物に任せる「曜日店長制」で木曜日を担当していた歴史を説明した。
- 蓑田: 自身も会社員時代だった2013年に1日だけ無名喫茶を借りておでんを出すイベントを行った経験があると明かした。
- ジャッキー: 無銘喫茶の創業経緯や、その後のイベントバー台頭による場所貸し文化の10年間の変化について語り合った。
7. - ジャッキー: 都内で最初から店を構えるのはリスクが高いため、間借りで感覚を掴んでからステップアップする手法は王道であり、非常に意味があると述べた。
- 蓑田: 最初から大きなリスクや初期費用を背負うよりも、段階を踏む方が安心感があると共感した。
8. - ジャッキー: 元教員という肩書きは強力なストーリーとなり、客にとって最初の信頼性を担保する要素として機能していると語った。
- 蓑田: 客側も納得できる要素や安心感を求めており、肩書きや背景は初回来店の壁を突破しやすくすると述べた。
9. 『常連のいない場所づくり』の構成や反響について
- ジャッキー: バーの専門書として狭く捉えられる懸念があったが、多くの読者が自身の人間関係や場づくりの話として引きつけて受け止めてくれていると述べた。
- 蓑田沙希: 章立てが非常に実用的であり、店をやらない人にとっても人とのつながり方として具体的な学びがあると評価した。
10. - 蓑田: 内輪ノリで新規客が放置されるような空間は避けるべきであり、書店のように気軽に立ち寄って違えばすぐ出られる開放的な空間設計が有効であると述べた。
- ジャッキー: 新規客への配慮は店の根本に関わる重要なテーマであり、常連と店のあり方についてはさらに深く議論すべきテーマであると語った。
●AIからの提案
今回の対談全体を通じて、最適化できる可能性のあるインタビューの質問がいくつかあります。以下にAIからの提案を記載しますのでご参照ください。
お互いの店舗運営における「野良(独自の立ち位置)」という興味深いキーワードが出た際、具体的に組合や業界の型に縛られないことで得られた自由度や、逆に直面した営業・集客上の苦労について一段踏み込んで尋ねることで、より実践的な店舗運営論が引き出せたと考えられます。
この10年間の「間借り・イベントバー文化の変遷」に話が及んだ際、そうした文化の変化が現在のお互いの客層や空間作りにどのような影響を与えているかを掘り下げることで、単なる歴史の振り返りを超えた深い洞察に繋げることができました。
「遠心」というキーワードが出た段階で、「『中心』ではなく『遠心』を目指す場づくりとは、具体的にどのようなコミュニケーションや仕組みを指すのか」と一歩踏み込んで問いかけることで、書籍の核心部分をより深く引き出すことができました。
また、常連問題についての議論では、「常連の結束が新規客を遠ざける」という課題提起に対し、「既存のファン(常連)を大切にしつつ、新規客への疎外感を生まないために、現場では具体的にどのような声かけやルール設計を行っているか」といった実践的な工夫を尋ねる質問を挟むと、対談の実用性がさらに高まります。
↑なんか最後AIからご採点とおアドバイスをいただいてしまいました。おもしろいのでこのまま載せます。
【AIによる概要(本人チェック済)】
スピーカーのジャッキー氏が、自身のポッドキャスト「お散歩遠く」を一人で収録しながら、最近の気づきについて語る。主なテーマは、バーの接客において「楽しませる」こと以上に「快適さ」を提供することが本質的であるという発見と、その考えが自身の著書『常連のいない場所づくり』の理念とどう結びつくかについての考察である。
●ポッドキャスト収録の背景と動機
今回の「ジャッキーさんのお散歩遠く」は、10月6日の午前5時過ぎにスピーカーが一人で散歩をしながら収録されたものである。本来、この番組のコンセプトはゲストを招いて対話形式で進めることであり、既に第2回としてゲスト(かなみさん)との収録は完了している。しかし、その音源の音質が悪く「人様に聞かせるのは忍びない」との判断から公開を保留している。一方で、他人のコンテンツは音質が悪くても聴いている自分に気づき、公開も検討中であると語った。
今回の一人語り形式は、散歩を生業とする自身のスタイルを活かす新たな試みであり、そのきっかけは1998年に短期間放送されたラジオ番組「hideのオールナイトニッポンR」を聴いたことであった。ミュージシャンであるhide氏が一人でボソボソと話すスタイルに面白さを見出し、影響を受けて実践を決意したという。番組内で聞こえる風の音などの雑音も「ラジオの一環」と捉え、完璧を目指すよりも気軽に発信することの重要性を強調し、今回の収録スタンスを明確にした。
●テーマ提示:「快適さ」というキーワードの導入
スピーカーは、9月30日の夜から10月5日頃まで、心身の不調により長期休暇を取っていた近況を報告した。本来4連勤の予定を急遽4連休として休養に充てていたという。この休養期間を経て、現在は早朝の公園を散歩しながら、今回のトークの主題である「快適さ」というキーワードについて考察を深めようとしている。
この「快適さ」というテーマは、9月後半に書いた自身の日記で2度ほど触れ、「10月に詳しく書く」と予告していたものである。日記執筆時と同様に、明確な結論がない状態から、散歩をしながらとりとめもなく話すことを通じて、思考を整理・構築していくスタイルで語ることを宣言した。
●「快適さ」の発見:みつきちさんとの対話
「快適さ」というキーワードが生まれた直接のきっかけは、スピーカーが経営する「夜学バー」で働く「みつきちさん」との対話であった。スピーカーは9月20日にみつきちさんの学園祭を訪れ、その翌日には彼女が店に来て二人でゆっくりと話す機会があった。
スピーカーはみつきちさんを、十代でありながら厳しいダメ出しを静かに受け止め、実践に移せる「立派で偉大な人」と高く評価している。その対話の中で彼女が発した「快適さ」という言葉に、スピーカーは「慧眼(けいがん)」あるいは自らが作った造語「慧句(けいく)」だと表現するほどの感銘を受けた。さらに、みつきちさんは過去に「特定の一人と話すのではなく、話題を自分が受け止め、それを放射状にその場全体へ放つべきだ」という趣旨の発言(Jによる解釈、要検討)もしており、その考えの深さに気づかされたと語る。この一連の対話が、後の接客論の転換点となる重要な発見であった。
●接客の本質:「面白い」から「快適である」へ
みつきちさんとの対話から得た気づきを基に、スピーカーは自身の接客哲学を深掘りする。バーカウンターの中に立つ人間が最もすべきことは、客を「楽しませる」「喜ばせる」といった能動的な刺激を与えることではなく、「この場が快適である」と示し続けることだと結論づけた。この「快適さ」の本質は「無害性」にあるとし、客から「この人は自分に害を及ぼさず、むしろ益をもたらしてくれる存在だ」と認識してもらうことが核心であると語る。
スピーカーは、自身も過去に疲労や飲酒で冷静さを欠き、「面白くしろ」と他者にストレートに要求して失敗した経験を省みる。そこから、「面白いか/つまらないか」という基準ではなく、「快適であるか/不快であるか」という基準を先に持つべきだと主張。「楽しい」や「面白い」といった強い方向性を持つ言葉よりも、「快適さ」という静的な言葉の方が、目指すべき状態を的確に表現していると分析した。そして、「面白さ」や「楽しませる」という行為は、あくまで快適さを生み出すための有力な「手段」であり、それ自体が目的ではないと明確に位置づけた。
●空間論への展開:常連のいない場所と「みんなの快適さ」
スピーカーは「快適さ」の概念を個人の接客論から、空間全体の運営論へと拡張する。カウンターに複数の客がいる状況を例に挙げ、特定の一人とのみ会話する「線的」なコミュニケーションでは、他の客が疎外感を抱き不快になる。そうではなく、バーテンダーが中心点となり、その場にいる全員に向けて「放射状に」あるいは「弧を描くように」語りかけることで、直接の当事者でなくとも「自分も意識されている」と感じられ、空間全体が快適になると説明した。
この思想は、自身の著書『常連のいない場所づくり』の根幹にある考え方そのものであると語る。この本で問題にしているのは、常連客の存在が非・常連客にとって不快になりがちな状況であり、その解決策として「誰もが快適である状態をめざす」を掲げている。すなわち「誰もが人間扱いされている(意志や気持ちを持つ存在として意識されている)」状態である。
さらにスピーカーは、この「みんな」という言葉には、サービス提供者である自分自身も含まれなければならない、という極めて重要な視点を加えた。提供者自身が快適でない空間で他者が快適さを享受している状態は、不完全かつ不健全であると断言。自らが楽しむ、利益を得るという従来の発想を「自分が快適である」という言葉に置き換えることで、より本質が伝わりやすくなるのではないかと締めくくった。
前回に引き続きかなみさんと、「またお前か!」などと言い合いながら東京で収録。夜学バーstaff向けマニュアル動画の撮影後。冒頭、かなみさんが感動してくれているのはその「マニュアル」の内容に対してです。
ただし音声がすこぶる悪く、最初のほうはちょん切ってありますし、途中もかなみさんの声が聞き取りづらいなどちょっとお外に出すのに憚られる品質ですが、せっかくなので一応出しておきます。飛ばしていただいて構いませんが、ちゃんといいことは言っております。
あるいは要約だけ読みますか?(改行されておらず読みにくいという場合は、別のプラットフォームから見ると改善されると思います。)
【以下、AIによる分析を手直ししたもの】気分
夜学バーの運営哲学について、情熱と愛情を込めて語り合う、示唆に富んだ温かい対話。
会話全体の感情は、一貫して情熱的かつ前向きでした。特にSpeaker 1が自身の運営哲学を熱く語り、Speaker 3が共感と具体例で応答することで、非常に高いエンゲージメントが保たれていました。議論は具体的かつ哲学的で、互いのアイデアを尊重し、深め合うことで、心地よい一体感が生まれていました。
会話は、夜学バーのスタッフ向けマニュアル動画の撮影を振り返ることから始まりました。参加者は、開店準備からコーヒー提供、そして「夜学バーの精神論」まで、細部に込められた愛情と配慮に深く感動した様子を共有します。特に、衛生面を考慮したおしぼりの渡し方(僕注:いやそんな単純な話ではない。おしぼりだけで10分話せるんだから!)や、場に動きを生むための所作の重要性が熱心に語られました。
続いて、議論はバーサービスの背後にある哲学へと深化します。Speaker 1は、おつまみの選定理由からチェイサーの提供に至るまで、すべての行動が顧客への配慮と論理に基づいていると説明します。聞こえない音域が音楽の「色気」として残るように、目に見えない細部へのこだわりが店の雰囲気を作り出すという独自の美学が語られました。さらに、店主と客の価値交換を「割り勘」という比喩で表現し、ビジネスにおける公平な関係性について考察がなされました。
最後に、会話は夜学バーの心構えの核心に触れます。スタッフとお客を「友達」と捉え、対等な関係を築くことの重要性が強調されました。特に「楽しそう問題」として、スタッフが内心どうであれ“楽しそう”に見せることの意義を説き、楽しそうな人の周りに人が集まるという考えで一致します。最終的に、スタッフも客も「割り勘」の精神で共存し楽しむという思想で締めくくられ、今後の活動への期待が示されました。
夜学バーの心構えは、お客を“友達”と捉え、対等な関係を築くこと。(僕注:ちょっと単純すぎるけど大まかにはそう。)
おつまみは塩分補給や胃の保護など、健康面も考慮して選定される。
おしぼりは衛生面から、客が直接引き抜ける「マックのストロー方式」で提供する。(僕注:これについてはまぁそう。)
片手で済む所作も両手を添えることで、丁寧さと場の動きを生み出す。
“楽しそう問題”:実際に楽しくなくても“楽しそう”に見せることが重要。できない時はその理由を説明する。
「割り勘」の思想:店主と客は対等な関係で、共に場を楽しむ。
夜学バーはポッドキャストのゲスト(遠隔参加も可)を募集している。
インフォームドコンセント
おしぼりの渡し方
ポッドキャスト募集
マニュアル動画撮影
割り勘と対等性
健康的なおつまみ
場に揺らぎを作る
夜学バー精神論
好奇心と対話
心の教室の例
接客哲学
楽しそう問題
衛生配慮の所作
開店準備ルーティン
細部へのこだわり(色気)
友達感覚の接客
2026/8/16日 新潟市西区内野町にて
「駄菓子と喫茶みずのみば」店主かなみさんと。
かなみさんは新潟市出身。就職で上京し、夜学バーおよびジャッキーsunに出会ったがためだかなんだか、いつの間にか新潟にお店をつくっていた。
イベント参加の熱さめやらず、30分だけ、と始めて2時間の長話に。作業用にどうぞ。
【エーアイによる梗概】
東京のバー店主ジャッキーsunが、新潟で喫茶店を営むかなみさんと対談。新潟の文化拠点「内野」と「沼垂」の発展を振り返りつつ、今日参加したトークイベントで得た「事業」「商売」「アート」という三軸を基に、個人店の経営哲学や持続可能性について深く掘り下げ、自身の店を「待ち合わせ」という独自の概念で捉え直す。
導入と新潟訪問の背景
ジャッキーsunが今回新潟を訪れた目的は、内野にある「内野食堂」店主・野呂さんと、新発田市でコーヒー店「三角フラスコ」を営む星野さんのトークイベントに参加するためであった。このイベントは、内野食堂の拠点である複合施設内にある本屋「こんこん堂」が主催したもの。ジャッキーsunはこのイベントについて、10年来新潟に通ってきた活動の「集大成」のようなものであり、個人的にとても感動したと語っている。
新潟の文化ムーブメント:沼垂と内野
ジャッキーsunはライターの仕事で10数年前から新潟に通い、街の変化を定点観測してきた。東側の「沼垂(ぬったり)」地区では、通い始めた頃に「流れが来ている」と噂され、実際にHoshino kaffee&labo.(現・三角フラスコ、星野さんが2015年3月31日に開業)や、ガラクタのような宝物を売る「松本商店」などの拠点が盛り上がっていた。
一方、西側の「内野(うちの)」地区では、野呂さんが2017年に開業した「内野食堂」を中心に、複合施設や古書店「こんこん堂」などが文化的な拠点として機能している。また、以前内野地区にあった古本屋「ゆよん堂(古本詩人ゆよん堂)」は、飲食も提供しつつ、街から少し浮いたような逃げ場的な存在だったと振り返られている。
ジャッキーsunは、人生や町歩きを「RPG」のように捉えており、中心部の町村人から得た「東に沼垂」「西に内野」といった情報を頼りに冒険していった感覚があったと語る。10数年の定点観測の中で、古町から古い店が消え、新しい文化的な活動が芽吹く様など、新潟のダイナミックな再生の流れを見てきたとし、地方都市においては外からの人間(岡目八目)の方が土地の変遷や特徴がよく見えることがあるという視点を示した。東の沼垂、西の内野という離れた場所で、それぞれ十年にわたって独自かつ先鋭的な活動が行われている点が印象的だったと述べている。
「みずのみば」のコンセプトと店舗設計の思想
「駄菓子と喫茶 みずのみば」は、今年の4月に新店舗をオープンしたタイミングで「喫茶みずのみば」から店名を変更したもの。かなみさんはお店の本質はあくまで「喫茶店」であると説明する。店舗にはカウンター席がなく、テーブル席が3つと小上がり席がある。かなみさんは、カウンター席とテーブル席を両方作ると客同士が分断されてしまう感覚があるため、このレイアウトを採用しなかったと語る。「みずのみば」は「公園」というコンセプトで作られており、真ん中に水(みずのみば)があり、それを囲うように客や店主がいる空間をイメージしている。
ジャッキーsunはこれと対比して、徳島の深夜喫茶「トランプ堂」の例を挙げた。同店は客同士が絶対に目が合わないように席を配置し、カウンターに背を向ける立ち飲み席などを設けている、一般的なカフェや喫茶店では視線を遮る配置が多い。また、新潟の「ミータイム」というカフェは「みずのみば」と配置が似ており、テーブル席がジグザグ(雷状)に配置され、異なる高さの席(テーブル席とソファ席)を組み合わせることで視線が塞がれず、どの席からもすべての席の人と会話ができる車座のような空間になっていると評した。店舗のレイアウト(席の配置)によって店主や客との関係性、店のあり方は大きく変わる。
事業・商売・アートの三軸で捉える店のあり方
今日のトークイベントで語られた話をもとに、「事業」は数字を大きくすることや店舗を増やすなどの拡大を目指すものであり、「商売」は顧客を喜ばせたり街を盛り上げたりすることを重視するものと定義された。星野さんが大変な経験をしてもやめるという選択肢がなかったのは、「事業」ではなく「商売」として店をやっていたからだと語られたという。
ジャッキーsunは、夜学バー、みずのみば、ゆよん堂は、いずれも利益拡大を目的とする「事業」モデルとは異なると指摘し、さらに第三の軸として「アート」を提示した。かつて内野にあった「ツルハシブックス」が続かなかった理由は、商売というより「アート」に寄りすぎていた(作品としてやりすぎた)ためであるとし、ゆよん堂の経営も商売よりアートの性格が強かったとかなみさんも同意した。アートに寄りすぎると持続性が失われる側面があるため、店として経営していくには「商売」あるいは「事業」ベースの意識が必要であるという視点が共有された。ジャッキーsunは、夜学バーが「アート」として作品性を大事にしつつも、「商売」として成り立つよう工夫するバランス感覚を持っていると語り、個人事業や小規模事業において金儲けだけを追求しても面白みはないと結論づけた。
独自の経営哲学:「待ち合わせ」と「割り勘」の概念
ジャッキーsunは、自身の店の経営を「事業」でも「商売」でも「アート」でもなく、「待ち合わせ」という概念で捉えていると語る。店を開けることは告知をして人を待つことであり、その時間に来ないことは「待ち合わせしたのに来てくれなかった」というすっぽかされたような気持ちになるという。店という場所は、知らない人同士でもいい時間を作るために双方(店主と客)が努力して作り上げる場であるとした。
さらにジャッキーsunは、店の経営が「事業」として利益を追求するよりも、店の維持費と客が支払うお金が結果的に「割り勘」に近い関係になっているのではないかという独自の視点を披露した。儲けを目指す「事業」ではなく、生活ができる程度の収益を維持するスタイルだからこそ、あえてこの「暴論」を提示していると自認している。客の中には店を気に入って余裕がある時に多めに支払ってくれる存在もいれば、小中高生のように安く設定する場合もあり、その都度バランスをとって運用しているという。ジャッキーsunは「夜学バー」の経営において、売り上げなどの統計を細かく追うような「事業」的な経営手法はとっていないことも明かした。
「入りづらい店」が持つ意味と役割
野呂さんや星野さんはともに「入りにくい店」を作るように心がけており、「入りたいという意志を持った人に入ってきてほしい」という意図に基づく。店構えが入りづらいことで、必要としていない人が不用意に入るミスマッチを防ぎ、本当に店を必要としている人とマッチングさせる機能があるのだとジャッキーsunは分析する。
ジャッキーsunの店(夜学バー)は、歓楽街の雑居ビルの4階という勇気のいる立地であり、客が「自分でこの扉を引いた」と後から思える特別な場所、秘密の場所として機能させている。ドキドキしながら勇気を出して扉を開けるという行為は、自身の直感を信じるという一種の「儀式」であり、入店をより重みのある体験にしているとの見解を示した。浅羽通明先生の20歳の時の文章によれば、店は基本的には誰でもいつでも入っていい場所であるからこそ、入りやすさ・入りづらさという店構えによって客層の調整を図る必要があるという。
具体例として、長野県上田市には店か民家かわからないほど入りづらい店があり、勇気を出して入ると歓迎される体験談が語られた。また埼玉県熊谷市には、一軒家の窓にバドワイザーのネオンだけがあり、二重扉の間に橋がかかっているなど尋常ではない状況の店があり、「勇気のあるものはこのドアを開けよ」というメッセージもあったとし、ジャッキーsunにとって人生指折りの名店体験であったと語られた。かなみさんも、みずのみばは民家でやっていた間借り時代よりガラス張りで入りやすくなったはずだが、それでも意図せずとも入りづらい店になっていると振り返っている。
店の持続可能性と「飽き」への向き合い方
トークイベントで野呂さんと星野さんが語ったように、仕事や店を続ける上で「飽き」や「止まっている感覚」は生じるものである一方、ジャッキーsunは10年店をやってきて飽きたことがないと述べる。その理由として、仕込み等の準備時間を最小限に抑え、疲労や飽きを防ぐ工夫をしていること、また常に店を綺麗に片付けて帰ることで次の出勤時のハードルを下げており、これが行きたくない気持ちを生まない工夫となっていることを挙げた。
かなみさんの「みずのみば」も、毎日営業を続けることを優先順位の軸に置いているため、凝った仕込みが必要な料理は提供せず、簡単なメニューに絞っているという。ジャッキーsunは、老舗の喫茶店から「ランチ営業をやると疲弊して長く続かない」という教訓を何度か聞いたことがあると紹介し、飲食を扱うこと、特に手間のかかるランチは息切れやフードロスのリスクがあると指摘した。かなみさんも、毎日営業を続けるためにはお客さんがいる時に片手間でできる程度の仕込み量に抑えるのが現実的であると同意した。最後に、10年という期間は店主にとってようやく胸を張れる一つの区切りであり、ホッとするポイントであるという共通認識が示された。
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