オーディオドラマ「五の線3」

174.2 第163話【後編】


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「あり合わせで用意しました。」

そう言って出されたのはハンバーガーだった。

「自分、奥にいますのでごゆっくり。」

マスターが奥に引っ込んだを見届けてふたりはそれを頬張った。

「うまい。」

京子も三波もその確かな味に唸る。

「このボストークって最近映えるとかで有名な店だろ。」
「はい。」
「この手の雰囲気重視の店って、どっちかっていうと味は微妙ってのが多いけど、ここは違うね。」
「そうでしょ。しっかりおいしいんです。」
「ランチですとかいってワンプレートのもん出されても、え?こんだけで1,000円するのって量の店もあるじゃん。でもほらこのハンバーガー、普通に大きいんだけど。」
「まかないっていうのもあるかもしれませんよ。」
「あ、そうか。」
「ってか肉がおいしいですよ。これ。よくみたら網で焼いてる。」
「本当だ。くそー…しっかしなんか悔しいな。」
「何がですか?」
「なんか女子とかカップルとかでキャッキャ言って映えばっかり気にされる店にされてんじゃん。」
「なんですか三波さん。私のことそのキャッキャしてる女子って言ってんですか。」
「いやそうじゃなくて。もっと俺らみたいなおじさんにも利用しやすい感じにしてくれって言ってるだけだよ。」
「そんなの構わずガンガン利用すれば良いじゃないですか。」
「出来るわけ無いだろ。」
「えーでもいろんな人が利用して、その店の雰囲気って良くなっていくと思いますよ。」
「なにそれ。」
「ほら私もよくわかんないですけど、ヨーロッパの方の老舗カフェとかBarっておじさんもおばさんも、あんちゃんねぇちゃんもいろんな人が利用してるイメージあるじゃないですか。そういったところって著名作家とか芸術家が足繁く利用していたりして、店としての格式が高いでしょ。」
「おう。」
「この店もそうなれば面白いと思うな。」
「そのためには俺みたいなおっさんが人柱となって積極的に利用するのも必要、ってか。」
「三波さんみたいな人だけだと困りますが…。」

彼は苦笑いした。

「いやぁ美味かった。」

ハンバーガーを平らげた三波は出されていたコーヒーに口を付けた。

「相馬と来たことあんのか。ここ。」

京子は首を振る。

「あいつ東京で何やってんのさ、実際のところ。」
「バイトって聞いています。」
「それは俺も聞いたことあるけど本当にそうなのか?海外留学して、現地バイトで食いつなぐってのは分かるけど、日本に帰ってきてバイトって…。あれか何か目指すものがあんのかな。」
「多分嘘ですよバイトって。」
「へ?」
「言えないことあるんでしょ。だからそこのところは私、敢えて聞かないようにしてるんです。」
「あ…そうだったんだ…。」
「こういうの私、慣れていますから。」
「慣れてるって?」
「私の父です。」
「あ、あぁ…。」
「父も絶対に嘘だってことを家族に言ってました。多分、父自身も家族が分かっていることを知っていたでしょう。父は家族をだまし公安としての任務に身を投じる。私や母は父が公安なんて知る由もない。父から見て善良な妻と娘。三人が三人、同じ舞台の上で役割を演じていた。」
「ってことは相馬も…と。」
「全く同じ仕事をしてるか分かりません。でも父も周もどちらも東京です。」

ーそうだよな。公安の親父がいて、同じニオイを感じないわけがない…。

「つらいか。」
「いえ。なんとも思っていません。」

即答だった。

「でも。」
「でも?」
「危険がありますから、そこだけが心配です。」
「それは京子、君もそうだよ。」

こくりと頷いた京子の頬から一筋のものが流れるのが見えた。

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「父も絶対に嘘だってことを家族に言ってました。多分、父自身も家族が分かっていることを知っていたでしょう。父は家族をだまし公安としての任務に身を投じる。私や母は父が公安なんて知る由もない。父から見て善良な妻と娘。三人が三人、同じ舞台の上で役割を演じていた。」163

イヤホンを付けたマスターは手で顔を覆った。

「…。」

「ってことは相馬も…と。」
「全く同じ仕事をしてるか分かりません。でも父も周もどちらも東京です。」163

「親父も彼氏も公安か…。それを分かった上で少佐はこの京子という女と接触を図っていたのか…。」

電話呼び出し音

「どうした。」
「いかかでしたか。ベネシュ隊長への弁明は。」
「なぜ君がそれを気にする。」
「あ、いえ…。」
「…問題ない。ご理解いただいた。」
「あ…それはよかった…。」
「それだけか。」
「いえ。」
「今度は何だ。」

マスターは3秒ほど黙った。

「マスター?」
「あ、いや…。」
「何もなければ切るぞ。」
「明日は店を閉めようと思います。」
「なに?」
「不測の事態に備えて、自分も動けるようにしておいた方が良いかと。」
「不測の事態とは。」
「雨です。いまは小康状態となりましたが、明日の16時ころから再び大雨の予報です。例の行動に影響を与えかねないタイミングです。」
「確かにそうだな…。」
「場合によってはそのままこの店を引き払えるよう、今日中に痕跡も消そうかと。」
「素晴らしい。さすがは信頼する同志だ。頼む。」
「了解。」

電話を切ったマスターは机の引き出しから一枚の写真を取り出し、それに目を落とした。

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「京子。」
「はい。」
「だったらこの件についてはもう首を突っ込むな。」
「…。」
「なにかひょっとして相馬や片倉さんの力になれるかもしれない。そう思っての日頃の仕事なんだろ。」

京子は頷くだけだ。

「何か役に立つ情報をそれとなく公安に提供できないかって気持ちで、今回の特集だろ。どこかの誰かがテロの予行演習としてあんなことやってんじゃないかって。だから気をつけろって公安にも市民に言ってるんだろ。」
「はい…。」
「んなもん気づいていない訳ないじゃないの。デスクも気づいてるよ。」

うんうんと頷く京子の涙は止まらない。

「全部ひっくるめて特集は止めた方が良いって判断のはずさ。デスクは。」

それは薄々分かっている、分かっている故に自分が出来ることのちっぽけさに打ちのめされ、かえって反発してしまうのだ。そう京子は三波に心境を吐露した。

「あぁちっぽけさ。人間ひとりができることなんて。でもそんなちっぽけな人間ができることがある。」
「なんですかそれは。」
「演じることさ。」
「…。」
「そんな大人の事情は知ってますが、知りません。私はただの善良な一市民です。こう演じることくらいは出来るだろ。」
「いつもの私ですね。」
「今の君にはそう振る舞われることが、多分彼らにとって一番ありがたいことなんじゃないかな。」
「三波さんもやっぱり何か知ってるんですね。」

彼は静かに頷いた。

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