オーディオドラマ「五の線3」

178.2 第167話【後編】


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現在

エレナは窓辺に立ち、東京の輝く夜景を眺めていた。

「姉さん。これが外の世界よ。」

冷めた声で独りごちる彼女は、その美しさに心を奪われることはなかった。
彼女の心は、姉のアナスタシアが連行されたあの日に囚われている。
彼女が最後に交わしたあの切ない微笑みを、エレナは決して忘れられなかった。

彼女はツヴァイスタン外務省の国際戦略調整局に所属し、国際政策の策定や戦略的情報分析、危機管理などの重要な任務に就いている。だがそのすべての知識と能力をもってしても、オフラーナの壁は厚く、姉の安否についての情報は一切手に入らなかった。

彼女がいまどこで、どうしているのか―
―生きてさえいるのかさえも。

ホテルの部屋でひとり、エレナは姉が引き起こした「外を見たい」という単純な願いが、どれほどの結末を迎えたかを思い返す。
アナスタシアが秘密警察に連行されるシーンが、彼女の脳裏に焼き付いて離れない。
そのすべての原因を作ったのは仁川である。
彼女は仁川を憎んでいた。
彼がいなければ、姉は今も自由だったかもしれない。
彼がいなければ、彼女が抱いていた外の世界への憧れを、あそこまで募らせることはなかったかもしれない。
エレナは、窓から東京の夜景を眺めながら、家族の影響と自分の感情との間で揺れ動いていた。

彼女は、なぜアナスタシアが仁川にそのような愛情を注げるのか理解できなかった。
両親の考え方が、今の彼女の心にも影を落としていた。

しかし今、彼女はそれを超えなければならなかった。
国際テロ組織ウ・ダバとアルミヤプラボスディアの抗争を、平和裏に収めるために彼女は日本に来ている。
しかもそれは日本の治安当局情報では明日の夕刻に迫っていると言うではないか。
この重要な任務は、姉の運命を左右するかもしれないし、エレナ自身の運命も変えるかもしれない。
いや、祖国ツヴァイスタンも、世界秩序も一変させかねない。

エレナは深いため息をつきながら、1時間後の会議で提案する日本への協力要請の詳細を頭の中で反芻する。
腕時計に目をやり、時刻を確認した。夜は更けていくが、彼女の心と任務は休まることを知らない。

東京の夜は静かにその輝きを深めていた。
エレナはホテルの部屋の窓辺に立ち、外の世界を眺めている。
彼女の心は重い思いで満ちていた。
姉のこと、ツヴァイスタンでの自分自身の運命、そして明日に迫った任務の重圧。すべてが彼女の心を圧迫していた。

携帯電話の音

ふと彼女の携帯電話が鳴り始めた。
エレナは一瞬ためらった。
それは新たな情報が入ることを意味し、彼女の任務にまた一つの転機をもたらすかもしれなかった。
深呼吸をして、彼女は電話に出た。

「Алло... Да, я немного отдохнула.もしもし…ええ、少しだけ休めたわ。」

彼女の声は落ち着いていたが、その奥には緊張と期待が隠れていた。

「 Узнала, кто будет представлять Офла́ну на следующем совещании... Как его зовут?... Харлмуне Суэ. Надеюсь, Офла́на об этом пока не догадалась?... Поняла. Тогда в назначенное время.
次の会議に出席するオフラーナの協力者が分かったのね…。名前は?…ハルムネ スエ。このことはオフラーナには悟られていないわね?…わかったわ。では予定時刻に。」

エレナの視線は再び窓の外に向けられるが、今度は遠くの光ではなく、窓ガラスに映り込む自分自身の姿を見つめていた。

長い間、彼女は姉の影に隠れ、家族の期待と社会の圧力に押しつぶされそうになりながら生きてきた。
しかし今、彼女は自分自身の役割と使命について深く考えていた。

「姉さんは自分の道を選んだ。そして今、私も自分の道を選ぶ時が来た。」

エレナは静かに呟いた。彼女は、これまでの自分を支配してきた恐れや不確かさを手放す決意を固めていた。

彼女は深く息を吸い込み、過去の影を振り切るように立ち上がった。
姉のため、そして自分自身のために、彼女はツヴァイスタンの未来を変える戦いに身を投じる覚悟をしていた。

彼女はもう一度窓の外を見た。夜の東京は、無数の光で輝いていた。

その光は、彼女にとっての新しい始まりを象徴しているようでもあった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

隔離された部屋の中で、椎名賢明は過去を振り返り、自分の中に渦巻く感情に直面していた。
彼の心には、ツヴァイスタンに拉致された時の無力感が鮮明に焼き付いていた。
自分は日本の土を踏み、普通の生活を送る普通の日本人だった。
しかしオフラーナによってその平穏は一瞬にして奪われた。
彼は抵抗することも逃げることもできず、ただ連れ去られるのを受け入れるしかなかった。

ーあの時、俺はただの無力な人形だった。誰も俺を救うために手を差し伸べなかった。

椎名は心の中で呟いた。
彼の心の中では、日本政府に対する裏切られたと感じる怒りが、日々強まっていた。
彼は自分が拉致されたにも関わらず、日本政府が何も行動を起こさなかったことに深い失望を抱いていた。

しかしその怒りと失望による心の痛みはアナスタシアとの関係によって満たされた。
彼女との時間は、彼にとって唯一の光だった。
だがその彼女さえもオフラーナによって奪われ、彼は完全な孤独に陥った。

ーどうして全てを俺から奪う。

彼は悲しみに暮れた。

椎名の心の中では、過去に感じた無力感、裏切られたと感じる怒り、そして愛する人を失った悲しみが複雑に絡み合っていた。

部屋の一角にある、小さなカメラがこちらを向いている。
椎名(仁川)はその存在を意識しながらも、感情を抑える。
彼の周囲は静寂に包まれており、壁に掛かる時計の秒針の音だけが時間の流れを告げていた。

ーアナスタシアと過ごした時間だけは平和だった。

椎名(仁川)は心の中で呟いた。
彼女との散歩、共に笑った夜、そしてにこやかに答えてくれる彼女の声。
これらの幸せな瞬間を思い出す度に、彼の心は痛む。
彼女がオフラーナに連行された日、彼の世界は崩壊した。

ー光は消えた。

彼は悲痛に満ちた声で思い返した。

椎名の目は、目の前にあるラップトップに釘付けになっていたが、その表情からは何も読み取れないようにしていた。
心の中では、過去の記憶と未来への復讐計画が渦巻いている。

彼は日本政府に見捨てられ、ツヴァイスタンのオフラーナと人民軍の間で翻弄された苦い経験を繰り返し思い返していた。
部屋の中で、彼は深いため息をつきながらも、一切の感情を露わにしないように自己制御している。

ー勝利には、冷静であれ。

彼は心に誓い、表面上は落ち着き払った態度を保っていた。

日本とツヴァイスタン。この両政府に対する彼の復讐心たるや凄まじいものがある。愛するアナスタシアの喪失と自分を見捨てた世界への怒りが、彼の計画を推進する燃料となっていた。

監視カメラの視線を意識しながら、椎名(仁川)は計画の最終段階を心の中で見直していた。
自分の行動が、ひとつ間違えばすべてを台無しにすることを知っていた。

彼の冷静な表情の裏には、破壊と復讐への深い決意が隠されていた。
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