オーディオドラマ「五の線3」

187.2 第176話【後編】


Listen Later

このブラウザでは再生できません。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら

バイクのエンジンを切った京子はそれから飛び降りた。
山小屋の入り口付近の状況は先ほどと何の変わりもない。あるのは今乗ってきたオフロードバイクだけだ。
小屋の入り口の前に立った京子はそこから再び三波の名前を呼んだ。

「三波さん。」

返事がない。
自分の声量が小さかったかもしれない。しかし大きな声を出すのは憚られる雰囲気をこの場は持っていた。京子は恐る恐る入り口扉を開いた。
暗い。壁板から漏れる明かりが中を所々照らしているが、そのほとんどが見えない。京子は中に入るために一歩を踏み出した。
すると踏み出した右足先に何かが当たった。瞬間、京子は触れてはいけないものに接触している感覚に襲われた。何かが見えるわけではない。足先の感覚だけでそのような感じを受けたのだ。彼女は咄嗟に右足を引っ込めた。

「見るな。見るもんじゃない。」175

三波が言っていたこの言葉を思い出した京子は思わず目を瞑った。

「三波さん。大丈夫ですか。」

目を瞑ったまま発されたこの言葉にも反応はなかった。
相手を気遣うような言葉が京子の口から出たが、それは自分を奮い立たせるための方便に過ぎない。そのことを京子自身は理解していた。

「三波さん。」

言葉を発することで京子はなんとか踏みとどまった。
京子はようやく目を開いた。右足に当たった何かをその目で確認しようと。
男の手の甲が彼女の視界に映った。
途端に腰から下の力が抜けた。
彼女はその場に尻餅をついた。
声が出ない。
身体も言うことを利かない。
ただ彼女の目だけは機能していた。
彼女の目はそこにうつ伏せになるように倒れる三波の姿だけを映していた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「熨子駐在所より本部。」
「はい本部。」

無線には富樫が出た。

「現場にて片倉京子を保護。」

富樫と側に居る片倉は安堵の声を漏らしたが、続いて報告を受けて二人は戦慄することになる。

「三波は心肺停止の状態です。」
「なんやって…。」
「頭部を撃たれた跡があります。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

数分前、駐在が現場に到着した。
そのとき京子は小屋の外で腰を抜かすように座りこみ、放心状態だった。とりあえず彼女の安全を確認した駐在は小屋の中に入ろうとした。そのとき京子がぼそりと呟く声が聞こえた。

「三波さんが…。」

足を止めた駐在が三波がどうしたんだと聞く。すると京子は泣き出した。
このとき駐在はマズい状況が発生していると理解した。彼は懐中電灯を手にして小屋の中に入った。
入った刹那、小屋内の惨状に彼は足がすくんだ。
入り口に頭を向けてうつ伏せになって倒れているひとりの男。彼の頭部は銃のようなもので撃ち抜かれている。それによってできたと思われる血液たまりもあった。
続いて小屋内の懐中電灯で照らすと、先ず先ほどの遺体と別の仰向けの遺体と思われる男が一体。続いて壁に寄りかかる男、小屋奥でうつ伏せで倒れる男と確認できた。

「お嬢さん!三波さんは!?」

京子は力なく、あなたの足下に倒れているその人ですというような事を言った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それで現場の安全は確保できとるんか。」

富樫が駐在に呼びかける。

「安全かどうかは分かりませんが、今のところ問題ありま…。」

駐在の言葉が途切れた。

「どうした。」

待ってくださいと言った駐在は壁に寄りかかる男を見る。男の手元で目がとまった。
拳銃を手にしている。
駐在は恐る恐るその男に近寄った。

「…息をしていない。」
「おい。大丈夫か。聞こえるか。」

あ、はいと駐在は応えた。

「ひょっとしたら、通報時にはまだ息がある奴がおって、それに気づかずにここにおったら撃たれた感じかもしれません。」
「三波のことか。」
「あ、はい。」

この駐在の推理のようなものを聞いて、富樫も片倉も状況が掴めたのか、お互いが同時に天を仰いだ。

「生存者はおらんのやな。」
「はい。全員死んでいます。」

もうしばらくすれば応援がそこに到着する。それまで片倉京子の安全と現場の保全に努めるように。そう富樫は言って無線を切った。

「片倉班長。」
「なんや…。」
「娘さんに声かけんでも良いんですか。」
「…。」

しばらく黙った片倉は、首を横に振って応えた。
...more
View all episodesView all episodes
Download on the App Store

オーディオドラマ「五の線3」By 闇と鮒


More shows like オーディオドラマ「五の線3」

View all
都市伝説 オカンとボクと、時々、イルミナティ by 都市ボーイズ

都市伝説 オカンとボクと、時々、イルミナティ

33 Listeners

きくドラ by きくドラ~ラジオドラマで聴く。名作文学~

きくドラ

18 Listeners

怪異伝播放送局/怪談語り by 原田友貴@声優・怪談

怪異伝播放送局/怪談語り

8 Listeners

オーディオドラマ「五の線2」 by 闇と鮒

オーディオドラマ「五の線2」

2 Listeners

ラジレキ 〜思わずシェアしたくなる歴史の話〜 by ラジレキ(ラジオ歴史小話)

ラジレキ 〜思わずシェアしたくなる歴史の話〜

4 Listeners

歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO) by COTEN inc.

歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO)

234 Listeners

「大人の近代史」今だからわかる日本の歴史 by 長まろ&おが太郎

「大人の近代史」今だからわかる日本の歴史

10 Listeners

さむいぼラジオ〜ニッポンのタブー〜 by さむいぼ太郎

さむいぼラジオ〜ニッポンのタブー〜

11 Listeners

昭和オカルト奇譚 by 昭和オカルト奇譚

昭和オカルト奇譚

8 Listeners

超リアルな行動心理学 by FERMONDO

超リアルな行動心理学

22 Listeners

あんまり役に立たない日本史 by TRIPLEONE

あんまり役に立たない日本史

35 Listeners

朗読のアナ 寺島尚正 by roudoku iqunity

朗読のアナ 寺島尚正

8 Listeners

丸山ゴンザレスの怖くて奇妙な物件の話 by 丸山ゴンザレス

丸山ゴンザレスの怖くて奇妙な物件の話

3 Listeners

【美しい日本語】《朗読》ナレーター 井本ゆうこ by ナレーター 井本ゆうこ

【美しい日本語】《朗読》ナレーター 井本ゆうこ

0 Listeners

朗読『声の本棚』 by 三浦貴子

朗読『声の本棚』

0 Listeners