オーディオドラマ「五の線」リメイク版

20,12月20日 日曜日 11時00分 金沢北署「熨子山連続殺人事件捜査本部」


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北署の大会議室に設けられた「熨子山連続殺人事件捜査本部」には捜査員が集結していた。
上座には松永を中心とした幹部組10名がずらりと並び、それと向かい合うように県警本部および所轄の捜査員総勢60名が座っていた。
上座の中には本部長の朝倉と警備課長の三好、金沢北署署長の深沢の三人の姿も見える。張りつめた空気の中でキャリア組とノンキャリア組がひとりひとりの顔を確認するかのように視線を動かしていた。捜査一課の片倉は松永の隣に座り彼の表情を横目で見ていた。
「それでは定刻となりましたので、始めます。」
上座に座っていた主任捜査官が大きな声で会議の開会を告げた。
「今日から本件捜査の指揮を執る松永だ。」
挨拶すらせず松永は切り出した。
「事件発生から半日を過ぎることとなったが、現在、マル秘(被疑者)の行方に関わる情報はこの場に一切もたらされていない。」
松永は自分の前に座る捜査員全体をゆっくりと見回した。おおよその捜査員は渋い表情である。中にはうつむいて彼と目を会わせないようにする者もいた。
「三好警備課長。」
「はい。」
三好は46歳で松永より年齢は上であるが、階級は下である。
「検問状況を報告しろ。」
松永は三好の顔を見ずに報告を命じた。
「えー警備部が刑事部から検問の要請を受けたのは午前0時50分。警備員が現着したのは要請から40分後の午前1時25分。現場に通じる県道熨子山線は県境から熨子町までの区間を完全に封鎖。熨子山線に繋がる県内主要道についても検問を実施。その間熨子山線を通ろうとした者および車輌はゼロ。その他の検問所に置いても本件に関する不審な人物等は確認されておりません。本日午前7時に捜査本部が設置されたのを受けて、現場付近の捜索を行った結果、凶器と思われるものを発見しましたが、それ以外のマル秘に関する手がかりはつかめていません。」
三好は手元にある資料に目を落としながら状況を報告した。
「わかった。じゃあ捜査一課。」
「はい。」
松永の隣に座っていた片倉は横目で松永をみて返事をした。
「捜査状況をひととおり報告してくれ。」
片倉は松永の態度と身なりに不快感を抱いていた。捜査本部に入ってきても所轄や現場の人間には挨拶ひとつしない。しかも身なりはジャケットにノーネクタイのクレリックシャツ。上から第二ボタンまで外している。
いくら自分のほうが階級が下だとは言え、こんな無礼者の年少者から命令口調で指示されるのは気持ちがいいものではない。
しかし、警察組織において階級は絶対だ。片倉は不快感を顔に出さないように従順に振る舞おうした。
「それでは報告します。本日午前0時2分。熨子町ハ20在住の塩島一郎から通報を受けました。その約25分後の午前0時30分。熨子駐在所の鈴木巡査部長が塩島の保護をします。その10分後の午前0時40分には所轄捜査員が合流。通報者保護の場所から徒歩で5分先の現場にて2体の遺体を確認。午前0時50分には本部捜査員も現場にて合流し、付近の捜査を行いました。同時間には警備部に付近一帯の検問を依頼。検問に関しては先ほど三好警備課長から説明があった通りです。私は午前1時半に現着。1時間程周辺の捜査並びに鑑識による現場の検証を指示しました。そこでマル秘のものと思われる車輌、被害者の遺留品等の物的な証拠品を押さえ、深夜のため一旦捜査を打ち切りました。そして本日午前6時半には新たに通報が入り、深夜の現場からさらに車で10分程先に行った熨子山山頂にある展望台で男女2名の遺体を確認する事となりました。」
「あーもういい。」
「は?」
現在までの捜査状況を全て報告しようとしていた片倉は、突然言葉を遮られた松永の顔を見た。
「これだから所轄は困る。」
この松永の言葉に緊張が走った。
「なぜ初動で熨子山山頂の捜査をしなかった。」
松永ははじめて片倉の目を見た。
「熨子山展望台の駐車場には車輌が止まっていなかったためです。普通はその駐車場に車を止めてそこから舗装されていない道を5分程歩いたところにある展望台へと向かうのですが、本日発見された男女2名の被害者はそこを車で突っ切って、展望台の傍に駐車しておりました。そのために当時の段階ではそこまで気が回らず、捜査しておりませんでした。それに深夜の山中にて発生した事件のため付近には灯りがありません。その中で隈無く熨子山を捜査する事も難しく、また深夜のため人員の確保も物理的に不十分となります。よって現場を押さえて検問体勢を維持し捜査を一旦打ち切ったものです。それに、現場からの主要な道路は警備が到着する前の午前0時55分には押さえております。ですからこちらとしてはマル秘の逃走経路の封鎖についてはできる限りの事をしております。」
「結果どうなった。」
「え?」
「いいか。」
松永は立ち上がってゆっくりと歩き片倉の前に立った。
「お前らは駒だ。機械だ。機械が勝手に判断するな。」
あまりもの上から目線の発言に、片倉の表情に不快感がにじみ出てしまった。
「つまり今後は指示された事だけをしろ。指示が出ていない事はするな。そういうことだ。何でも現場の判断が正しいと思うな。」
「といいますと?」
「お前ら現場としての判断が男女二名の尊い人命を失わせた可能性があるというとだ。少なくとも事件発生当時は夜を徹して山の中を隈無く捜査するべきだった。」
「お言葉ですが。」
合理的ではない意見を述べる松永にさすがの片倉もものを申さずにはいられなかった。
「先ほども申し上げた通り、物理的に考えて夜を徹してその時に熨子山全体を捜査するのは合理的ではありません。現場としてはできる限りの対応をしております。百歩譲って当時の捜査に誤りがあるとしても、今はその検証よりかは今後どのようにすればマル秘を確保できるかという事ではないでしょうか。」
片倉の目の前にある机を松永は右腕で力一杯叩いた。その力で机は歪んだ。
「黙れ、ノンキャリの分際で俺にいっぱしのことを言うな。貴様は捜査員としては必要ない。この捜査からは離れてもらう。その反抗的な態度も気にくわん。」
松永の突然の片倉外しに捜査本部はどよめいた。
今まで時として本庁の人間が捜査に加わった事があったが、ここまで理不尽な追求と合理性の欠く発言をする人間は見た事が無い。片倉は松永の目を睨みつけた。
「言っただろ。お前らは機械だって。」
「機械…。」
「ああ。壊れた機械は必要ない。産廃だ。消えろ。」
―だめだ、こいつ狂ってる。
そう思った片倉は手元に置いてあった捜査資料を片付けて捜査本部を後にした。
松永と片倉のやり取りを目の当たりに見せられた所轄捜査員は松永を睨み付けていた。
「おい、所轄。」
そう言うと松永は自分と向かい合って座っている捜査員60名の中から一人を指差して立ち上がらせた。
「お前、マル秘の名前を言ってみろ。」
捜査員の男は松永と目を合わせないようにした。
「一色貴紀です。」
「ほう。それはどんな男だ。」
「ど、どんなとおっしゃられても…。」
「じゃあ何のお仕事やってるんだっけ?」
「あの…警察官です。」
「役職は?」
「…県警本部刑事部長です。」
「あ?えーっと…それはお前らの親分だよな。」
「…そうであります。」
「ということは、お前ら所轄はマル秘の子分か。殺人鬼の子分か。」
松永は捜査員たちをあざけ笑った。
「座れ。」
捜査員は座り、その屈辱に肩を震わせていた。
「いいか、お前らの上司には重大な容疑がかけられている。そては現在の物証を見るに明らかなところだ。先ずはその事について恥と思え。そしてその汚名をそそぐためにもありとあらゆる手を尽くしてマル秘を確保しろ。そのためには一切の私情はこの捜査において挟むな。わかったな。」
先ほどまで狂人のように振る舞っていた松永は一転して捜査官の目になった。その変化に怪訝な顔をしていた所轄の人間達の表情は引き締まり、不思議と一体感を持った雰囲気となった。
「では、具体的な捜査の指示を発表する。」
そう言うと松永は着席し、関がその指示内容を発表した。
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