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その頃、金沢市郊外に設置された第14普通科連隊臨時戦術指揮所。
川島一佐は通信卓の前で、剛直な男の顔をモニター越しに見つめていた。
「黒木群長。機動隊の撤収は完了したとの確認が取れた。」
画面の向こう、黒木為朝1等陸佐――特殊作戦群群長は、短くうなずいた。
口元には無駄な言葉が浮かばない。端的な一礼だけが彼の返答だった。
川島とは防衛大学校時代の同期。互いの才覚と癖を知り尽くしている間柄だった。 だからこそ、今、言葉少なに交わされるやり取りの裏にある“意図”も読み取れる。
「……分かってる、黒木。」
川島が小さく漏らした。
「この投入がただの戦術判断でないことくらい」
黒木もわかっていた。 形式上は陸上総隊の指揮下。
しかしこの作戦において、彼ら特殊作戦群が動く理由は、現場の必要性ではなかった。
命令は、もっと上――政治そのものから降りてきていた。
まるで、戦場を使った一種の“映像”を撮るかのように。
「我々は陸上総隊の指揮下にある……建前としては。だが。」
黒木は画面越しに静かに視線を送る。 その目に、わずかに陰が差した。
「今回はデモンストレーションだ。俺たちがどう動くかで、米国の出方が決まる」
「成功すれば、“同盟”は残る。失敗すれば、“責任”が残る」
川島の言葉に、黒木は無言でうなずく。
「10分後、一個中隊が金沢駅に到着する。」
「待たん。」
黒木が言った。
川島は目を細める。
黒木は静かに言った。
「来る。」
それだけを言い残し、黒木は通信を切断した。
モニターが無音に沈んだそのわずか2分後。
川島のもとに、走ってきた連絡兵が叫ぶ。
「副連隊長! 金沢駅南口で発砲! アルミヤプラボスディアと推定される武装勢力との交戦が開始されました!」
川島は小さく息を吐き、モニターを見つめ直した。
(……待たなかったか)
永田町、首相官邸地下の控室。 テレビモニターには『国営報道チャンネル第1』のニュース番組『ニュースフロント630』のトップ項目が映し出されていた。
「本日午後、天皇陛下による認証を経て、正式に特命担当大臣に就任した仲野康哉氏が、官邸で記者会見を行いました。」……仲野康哉氏の電撃入閣に、各界の波紋が広がっています。」
記者会見場のフラッシュが連続し、マイクを握る仲野の姿が画面に映る。
『国益のために立場を超えた行動が必要なときがある。それが今だ。』
それを黙って見つめていた櫻井官房長官は、ソファにもたれかかる姿勢のまま、微かに目を細めて吐息をひとつ漏らす。
「言ってくれたわね、康哉……」
リモコンで音量を絞った櫻井は、内ポケットからスマートフォンを取り出し、迷いなく番号を押す。
「放送、確認したわ。――柿沼さん、始めましょうか」
数分後、首相官邸地下の応接室。 官房長官の指示を受けた広報室長・柿沼が、すでに政治部デスク陣とのオンライン会議をセットしていた。
スクリーンには、主要報道機関の政治部デスク数名の顔が並ぶ。
「仲野大臣の発言について、各局で解説の角度が分かれるでしょうが――」
櫻井は、画面越しに語りかけるように続けた。
「“国益”と“超党派”という二つのワードを、視聴者に印象づけてください。繰り返しますが、これは党の話ではありません。国家の危機管理の話です」
黙って頷く顔もあれば、わずかに渋る者もいた。
「ここで迷えば、国民は本当に何が起きているのかを見失います。今日のニュースは、事実を伝えるだけでなく、方向を見せる力があります」
通信が切れた後、櫻井は深く息を吐き、椅子に体を預けた。
柿沼が再び端末を手にしたまま、声を潜めて言う。
「官房長官、金沢駅の件ですが……各局とも、そろそろ報道規制の解除時期を気にしはじめています」
「規制は継続。引き続き、速報ベースでの現地映像提供は控えさせて」
「いつまでと?」
「――いずれ」
一拍の沈黙。 スクリーン越しにうかがっていた報道各社のデスクたちが、わずかに視線を交わす。
「ネットメディアではすでに動き出しています。SNSでも現場映像らしき投稿が拡散されています」
櫻井は口元を歪め、薄く笑った。
「で? その情報、誰が裏取りするの?」
その一言に、画面の向こうで誰かが咳払いをした。反論ではなかった。沈黙の了承だった。
櫻井は椅子に背を預けたまま、目を閉じて呟くように言った。
「……騒がせておけばいいわ。本当の戦(いくさ)は、これからよ」
そのとき、控室の扉がノックされ、柿沼が再び顔を出す。
「上杉情報官が到着されました」
「通して」
すぐに、黒のスーツに身を包んだ情報官、上杉靖が入室する。
現職は内閣情報調査室(CIRO)のトップ、いわゆる“内閣情報官”。
元は警視庁公安部出身で、公安畑を一貫して歩んできた。
防衛省や外務省への出向経験もあり、内閣官房全体の動向と現場の情報戦をつなぐ、いわば政権の影の参謀である。警察出身らしく、情報の出し方には慎重さと独特の間合いが滲んでいた
髪を後ろでまとめたその姿には、長年諜報の現場にいた者特有の沈着さと緊張感が漂っていた。
「櫻井官房長官、現地からの情報を共有します」
手元のタブレットを操作しながら、上杉が端的に報告を始める。
「先ほどの爆発から、再度金沢駅エリアにて武装集団とウ・ダバとの交戦が発生。現時点で確認されている死者は民間人含めて数十名、負傷者は多数であり依然その数は不明。特殊作戦群の再投入準備は完了。第14普通科連隊が金沢駅に向かっており、10分後には到着の予定です。」
櫻井は黙って耳を傾ける。
「……武装集団の正体は?」
「アルミヤプラボスディアの残存勢力と断定するには時期尚早ですが、使っている火器、戦術、動線……すべて過去に自衛隊が把握していた傭兵部隊と酷似しています。」
「意図的な攪乱と見ていいわけね。」
上杉は静かに頷く。
「はい。しかも、彼らは“見せに来ている”。これは偶発ではなく、仕組まれた公開戦だと自衛隊からの報告です。」
櫻井は薄く目を閉じた。
「……黒木群長には、わたしからすでに次の可能性について伝えてあるわ」
「ならば、おそらく数分以内に火蓋が切られます」
「かまわない。報道はまだ抑える。映像が本格的に流れるのは、“結果”が出てからでいい」
上杉はタブレットを操作しながら、さらに一報を続けた。
「加えて、特殊作戦群の投入が成功した場合――米国政府からの公式対応が準備されています。ワシントンとの調整は内調と外務省を通じて完了済み。成功の報が入れば、即座に米国大統領が日本国民に向けた“哀悼と連帯の声明”を発出。加えて、在日米軍の支援態勢に関する確認文書が同時に官邸へ届けられます」
「……安全保障への再定義、というわけね」
「政治的には大きな意味を持ちます。日本が自らの手で一定の抑止力を示せるか、という問いへの――“答え”として」
櫻井は静かにうなずいた。