オーディオドラマ「五の線」リメイク版

25,12月20日 日曜日 13時52分 フラワーショップアサフス


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外を見ると先ほどまで振っていた雪は止んでいた。
アサフスに面した山側環状線では、断続的に何台ものパトカーが熨子山方面へ向かっていた。ついさっきも機動隊の車が走っていった。異様な光景だ。
何か事件に展開があったのだろうかと赤松はテレビをつけた。しかし事件の続報を報じる局はなかった。サスペンスドラマやバラエティ番組の再放送、テレビショッピング等、日曜の日常がそこにあった。テレビのスイッチを切った赤松は店内の時計を見た。
時刻は13時52分。15時頃には葬儀会場の方へ行って、飾り付けを始めなければならない。
―もうしばらくしたら、出んとな…。
心の中でそう呟いた赤松は、ふさぎ込んだ綾がいる二階の寝室へ向かった。彼女はベッドの中に潜り込んでいた。
「綾。」
返事が無い。
赤松は彼女のそばに寄って、再び声をかけた。しかし返事が無い。彼は返事を期待せずに話しかけた。
「今日は葬儀会場に美紀と行ってくる。…辛いと思うけど、店番頼めっかな。」
綾はベッドの中でごそごそと動いて、返事のようなものをした。
―だめか。仕方が無い。母さんに頼もう。
赤松は静かに寝室のドアを締めて階段を下りたところにある和室の襖を開けた。老眼鏡を掛けた文子が新聞を広げて読んでいた。
「母さん。」
「何だい。」
「ごめんやけど、店番頼めっかな。」
文子は新聞紙に目を落としたまま赤松に答えた。
「いいけど、綾さんはどうしたんけ。」
「ああ、ちょっと体調悪いみたいねん。」
赤松は頭をかきながら、気まずそうに話した。すると文子はかけていた老眼鏡を外し、赤松の方を見て言った。
「桐本さんのことかね。」
「…そうや。何せ突然のことやから。」
「剛志。私、今テレビで犯人やって言われとる人知っとるよ。」
赤松と一色は高校時代の同期。部活動のことは家でも両親によく話していた。顧問や監督は厳しく、部長はこんな奴で、仲間はこんな奴がいる。親というのは自分が何気なく話したことや、人間関係のことをよく覚えているものだ。「どこそこの誰々さんは元気か」と自分でも付き合いがあった事を忘れている人物の名前を挙げて、質問してくる事さえある。母の文子が一色のことを覚えているのは当然だ。赤松は文子に「あの人は一色君でしょ」と言われる事を覚悟した。
「ああ。」
「あの人、昔、お父さんが事故で死んだこと聞きに来とったわ。」
「え?」
「ときどき、私がひとりで店番しとる時、ここに来とった。まさか、あの人が警察の偉いさんやって知らんかったわ。」
赤松は胸を撫で下ろした。文子は一色が赤松と剣道部の同期であったことを覚えていないようだった。だが、一色が父の事故死について何かを聞きに来ていた事に引っかかるものがあった。
「なんか、私、誰も信じられんわ。結局、警察なんて当てにならんげんわ。」
諦めの表情を浮かべ、ため息をついた文子は再び老眼鏡を掛けて、新聞に目を落とした。
「母さん。」
「なんや。」
「あの…俺…、父さんの事故の事、母さんから何も詳しく話し聞いとらんげんけど、何で俺に話してくれんが。」
新聞紙をめくっていた文子の動きが止まった。
「綾と結婚して、京都で普通にサラリーマンして、向こうで安定した生活しようとしとった時に、父さんが事故で死んで、母さん元気無くしとったから、こっちの方に帰ってきて、何も知らん花屋継いで、今まで頑張って来たんに、何であの事故のこと何も話してくれんが。何でいつもあの事故の事になったら、話はぐらかすんけ。母さんが辛いのは分かっけど、俺だって父さんの子供やぞ。俺だって何も知らんで辛いんや。」
赤松の感情が爆発した。感情的になっている彼の言葉を文子は黙って聞いた。
「ほんで、何け。一色には話したんけ。息子の俺に話せん事を、人殺しにぺらぺらしゃべったんか。あぁ?ほんなだらな。やっとられんわ。」
しばらく二人の間に沈黙が流れた。そして文子が力なく口を開いた。
「…ごめん。剛志…。」
文子の頬に一筋の流れるものを確認した赤松は、感情的になっていた自分に気がついた。だが、一度振り上げた拳を簡単に降ろす事はできない。彼は黙って文子を見つめるしかできなかった。
「あんたには本当に感謝しとる。でもこれ…約束やってん。」
「約束?」
文子は頷いた。
「でも、その約束をした一色君が、何でか分からんけどこんな事になってしまって…。」
やはり文子は容疑者があの一色だとわかっている。だが、赤松は文子の言葉の意味が分からなかった。一色が約束をしたとはどういう意味なのか。事故のことを何故自分に詳しく話してくれないのかということを詰問しただけなのに、どうしてそこに一色が入ってくるのか。
「ちょ、ちょっと待ってや。父さんの事故のことと一色の約束って何のことけ。」
文子は壁にかけてある時計に目をやった。時刻は14時15分を回っていた。
「剛志、あんた仕事にいかんなんやろ。」
そう言われて赤松も文子と同じ時計を見た。
「今、聞きたいんや。」
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